見出し画像

坪内隆彦「岸田総理よ、『国民経済』の視点を取り戻せ」(『維新と興亜』第9号、令和3年10月)

 岸田総理は「新しい資本主義実現会議」を設置し、二十年にわたって新自由主義の旗を振り続けてきた竹中平蔵氏やデービッド・アトキンソン氏が委員を務めていた成長戦略会議を廃止した。所信表明演説では、「新自由主義的な政策については、富めるものと、富まざるものとの深刻な分断を生んだ、といった弊害が指摘されています」と語った。一歩前進として評価したい。
 ただ、岸田総理は目玉公約として語っていた金融所得課税の見直しを撤回してしまった。ここで何とか踏みとどまり、初志を貫徹していただきたい。
 小泉政権以来、政府の経済政策は竹中氏らの新自由主義者たちによって奪われてきた。竹中氏は小泉政権で郵政民営化を強行し、竹中一派は第二次安倍政権では労働者派遣法改悪、残業代ゼロ法案、農協つぶし、種子法廃止、種苗法改正、水道民営化などを推し進めてきた。これらの改革が、格差の拡大、共同体の破壊、地方の疲弊の元凶だ。
 ところが、郵政民営化をはじめ、規制改革・民営化の結果は全く検証されていない。岸田氏は、自民党総裁選の最中の九月二十四日に、福島県内のJA関係者と国会内で会談し、「(農家の)現場のためにならないことが真の改革といえるのかと問題意識を持ってきた。規制改革を現場目線で検証する」と語っていた。ならば、竹中氏らが強行してきた改革の検証を早急に行い、種子法の復活をはじめとする法改正に着手すべきである。
 問題は、竹中氏らが主導してきた規制改革と民営化によって、大企業やグローバル企業だけが利益を得ている構造である。岸田政権は新自由主義からの脱却と積極財政への転換を果たし、グローバリストのための経済政策から国民のための経済政策に転換すべきである。
 国家の経済政策はグローバリストのために存在するのではなく、国民経済のために存在する。ところが、小泉政権以来の歴代政権はグローバリストのための政策を推し進めてきた。例えば、安倍総理は「世界で最もビジネスしやすい国を目指す」とアピールしていた。
 「国民経済」という視点を固めるために、今こそ岸田総理は宏池会の創設者池田勇人が掲げた所得倍増計画を練り上げた経済学者の下村治の声に耳を傾けていただきたい。下村は、最晩年の昭和六十二年四月に書いた『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』で、グローバル企業の意向に沿った経済政策に警鐘を鳴らしていた。
 「多国籍企業というのは国民経済の利点についてはまったく考えない。ところが、アメリカの経済思想には多国籍企業の思想が強く反映しているため、どうしても国民経済を無視しがちになってしまう。/では多国籍企業はどういう考え方をするのか。単純に言えば、勝手気儘にやらせてくれ、ということである」
 このように下村が指摘した通り、グローバル企業は日本で勝手気儘にビジネスができるように要求してきたのである。
 下村は優れた経済学者である前に、同胞を思うナショナリストだった。彼は、先祖の下村生運が鍋島家の重臣として活躍し、武士道の代表的著作となった『葉隠』に登場することに、心の拠り所を得ていたとされる。経済企画庁長官を務めた宮崎勇は、下村を「生粋の日本主義者だった」と評していた。
 そんな下村は、「この日本列島で生活している一億二千万人が……どうやって雇用を確保し、所得水準を上げ、生活の安定を享受するか、これが国民経済である」という言葉を残した。
 この当たり前すぎることが、長らく無視されてきたのではないか。今こそ岸田総理は「国民経済」という視点を取り戻し、新自由主義からの脱却を果たしていただきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?