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福山隆「情報機関なくして自立なし 日本の情報体制強化策 ① 幻の日本版CIA」(『維新と興亜』第6号、令和3年4月)

はじめに――日本の情報体制強化の好機到来?


 昨年半ばごろから米英から「日本をファイブアイズに加えシックスアイズにすべきだ」という声が高まり始めている。ファイブアイズとは、米・英・豪・加・新(ニュージーランド)が協力してシギント(通信、電磁波、信号等の諜報活動のこと)を行う枠組みの呼称である。
 米中覇権争いの中、五ヵ国は日本の情報体制を強化するという選択肢まで活用しようという魂胆であろう。日本にとっては情報体制強化の好機到来になるかも知れない。
 以下、三回にわたって、「日本の情報体制の強化」について連載することとした。

形は整っているが機能不全状態の日本の情報機関


 国家を人間に例えると、目や耳などの五感が情報機関に当たる。目や耳が不全なら生活に不便だ。他人の助けが必要になり、完全に自立することは難しい。国家にとっても同じで、情報機関と軍は「自立」するうえで不可欠だ。このことを知悉していた米国は、大東亜戦争敗戦後、日本占領連合国軍最高司令官のマッカーサーを通じて、日本が再び米国に仇をなさないように帝国陸海軍と情報機関を取り潰し日本の弱体化を図ったのだ。
 1952年に朝鮮戦争が勃発し、在日駐留米軍を朝鮮半島に投入せざるを得ず、日本国内の防衛・治安維持兵力が無くなるので、マッカーサーの命令で7万5000人からなる警察予備隊(陸上自衛隊の前身)が設立された。憲法も警察予備隊も米国の御都合だけで、建軍の理念についての国民的な議論もないままに無造作に作られたのだ。
 一方、情報機関も、何の理念や国家全体としての構想もなく無造作に「雨後の筍」のように誕生したと言えるのではないか。その結果、形は一応整っているが、まるでアクセサリーのようなもので、官邸首脳・政策部門はその成果を使う意思も能力も極めて低いと言わざるを得ない。従って、各情報機関は「機能不全状態」にあるのではないか。その原因は、情報センスに疎い日本人の性に根ざすほか、日米同盟(日米安保条約)にあると思う。
 パクスアメリカーナ(アメリカによる世界平和)を支えるアメリカの情報能力は圧倒的で、日米の情報能力の格差は、前述のように「アメリカは日本を顕微鏡と内視鏡で見ているのに対し、日本はアメリカを望遠鏡で見ている」状態なのだ。だから、日本は「はじめにアメリカの情報ありき」で、アメリカの情報操作に慣れ、その誘導に追従せざるを得ないのだ。

我が国の情報体制の現状


 我が国の情報体制の現状については、「国家安全保障会議創設に関する有識者会議」の第三回会合に提示された「我が国の情報機能について」と題する説明資料の一枚目の「我が国の情報体制」(次頁下段)が極めてコンパクトにまとめられており、分かり易い。
 世界各国の情報機関はインテリジェンス・サイクルに基づいて情報業務を行っている。インテリジェンス・サイクル(Intelligence cycle)は、政策決定者からの要求を受けて情報を収集および分析し、行動を起こすために必要な情報(インテリジェンス)を生産する一連のプロセスのことである。インテリジェンス・サイクルは、次頁図1に示すように、①カスタマー(情報要求・使用者)が情報サイド(情報機関)に情報(Intelligence)を要求すること(Intelligence requirement)に始まり、それを受けた情報サイドは②情報(インフォメーション)を収集し (Information gathering)、③情報(インフォメーション)を加工・分析し (Information processing)、④情報を作成して (Intelligence production)、⑤カスタマーに情報の伝達 (Intelligence dissemination)するまでの五段階で構成される。
 日本でも情報業務に関しては、インテリジェンス・サイクルに則っており、先ず①官邸首脳・政策部門から内閣情報会議・合同情報会議・内閣情報官(以下「会議等」とする)に対して「情報関心」が示され、②会議等は、情報サイドである情報コミュニティ(防衛省、外務省、警察庁、公安調査庁)と拡大情報コミュニティ(金融庁、財務省、経済産業省、海上保安庁)に対して「情報関心の伝達」を行う。③情報コミュニティ・拡大情報コミュニティはそれぞれの情報源から情報を「収集・分析」し、④これを「集約」したものを会議等に報告し、⑤会議等はそれに「総合的な分析」を加えて、⑥官邸首脳・政策部門に伝達する。

幻の日本版CIA


 この資料によれば、我が国の情報体制は順調・円滑に運ばれているように見えるがそれは形ばかりに過ぎないのではないか。その原因は以下の通りである。
 第一に、前述のように、日米同盟体制下では、日本独自で外交政策を決定する余地が少ないことである。重要な決定案件が無ければ、情報ニーズも生じない。
 第二に、カスタマーである「官邸部門・政策分門」の政治家や高級官僚が情報に関心が薄く、これを使い切るだけの見識・資質に乏しいこと。政治家や高級官僚は日本人一般と同様に情報についてのセンスに乏しく、政策決定や運用に情報が決め手となることを十分に理解していないのが現状であろう。それは、大東亜戦争当時、陸大を優等で卒業したエリート作戦参謀たちが、情報そっちのけで独善的に作戦計画を立案した愚行と似ている。
 第三に、内閣情報官が防衛省・外務省・警察庁・公安調査庁などから上って来たインテリジェンスをオールソース・アナリシス(集約分析)することになっているが、各省庁の情報コミュニティは縄張り意識が強く、重要な情報は内閣情報館をバイパスして総理大臣などに直接報告してポイントを稼ごうとする傾向が強いこと。私は情報本部の初代画像部長時代、関係省庁が重要な情報を得るたびに功を争うように総理大臣直通で報告していることを知った。
 第四に、内閣情報会議や合同情報会議はおざなりで、形骸化している可能性が高い。その理由は、政治家や高級官僚の情報センスが低調であることだ。
 前述の「我が国の情報機能について」の2枚目には「官邸における情報機能の強化の方針」が示されている。これについては「情報機能の強化」と「情報の保全の徹底」が明記されている。「情報機能の強化」で注目されるのは「対外人的情報機能の強化」という記述があるが、これは諸外国並みに海外にスパイを派遣してヒューミントを強化することを意味しているものと思われる。
 敗戦後日本陸海軍の情報機関は廃止を余儀なくされた。そのことが情報機能の劣化に繋がり、欧米や中国・ロシアなどのようにスパイを養成・運用する機関――いわゆる日本版CIA(JCIA)――は未だに存在しない。JCIAの創設は、我が国の情報機能強化にとって画期的なことである。
 余談だが、同じ敗戦国の西ドイツは日本とは対照的だった。第二次世界大戦中に対ソ連諜報を担当する陸軍参謀本部東方外国軍課の課長を務めたゲーレン大佐は、防水ケース50個に詰め込んだソ連軍事情報(飛行場、発電所、軍需工場、精油所等)を手土産に部下と共にアメリカ軍占領地域で投降した。冷戦構造が出現し米ソ対立が深刻化する中、抜け目のないゲーレンは、対ソ情報・諜報網を必要とする米国と取引してドイツ軍情報機関/諜報機関(アプヴェーア)のほか、国家保安本部(ドイツ本国およびドイツ占領地の敵性分子を諜報・摘発・排除する政治警察機構の司令塔)等のナチス党政権下での戦争犯罪容疑者をも免責させ、「ゲーレン機関」を設立した。「ゲーレン機関」は、米ソ対立の最前線の諜報機関として米国などから厚遇され、冷戦下のNATO諸国の主要情報源として成果を挙げ、1955年には西ドイツの連邦情報局(BND)として復活を果たした。情報機関と言っても、それを構成するのはプロの情報要員である。ヒットラー政権下の情報機関・要員・資産は、ゲーレンの才覚で生き残り、「ゲーレン機関」そして「西ドイツの連邦情報局」に姿を変えて情報資産(要員とノウハウなど)が引き継がれたのである。
 旧日本軍の将官の中にも、ゲーレンのような人物がいた。河辺虎四郎陸軍中将である。敗戦になった際に、参謀次長であった河辺中将は連合国と会談するため全権としてマニラに赴いている。このことが契機となって、河辺は戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)参謀2部(G2)部長のチャールズ・ウィロビー少将に接近し、1948年、軍事情報部歴史課に特務機関として「河辺機関」を結成した。駐英駐在武官以来、吉田茂の腹心だった辰巳栄一も「河辺機関」に関わった。河辺機関へのGHQからの援助は1952年で終了したため、河辺機関の旧軍幹部(佐官級)はG2の推薦を受けて保安隊に入隊している。河辺機関はその後、「睦隣会」に名称変更した後に、内閣調査室のシンクタンクである「世界政経調査会」になった。そのため、初期の内閣調査室には河辺機関出身者が多く流入している。ただ、残念ながら「河辺機関」はゲーレン機関のようにJCIAに発展することはなかった。
 我が国の情報強化のもう一つの柱である「情報の保全の徹底」については、前述の「我が国の情報機能について」の5枚目に「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」の骨子が提示され、その中に「特別秘密の管理」のやり方として、「適性評価(セキュリティクリアランス)の実施」が挙げられている。これについては、わざわざ「諸外国ではすでに実施」と注記され、我が国にとって喫緊の課題であることが強調されている。
 前にも述べたが、我が国が米国や英国・オーストラリアなどのファイブアイズ加盟国に加わるためには「日本に提供する機密情報が中国などに漏洩しない」という確証が必要である。そのための手立ての一つとして、日本にセキュリティ・クリアランスというシステムを導入する必要がある。セキュリティ・クリアランスとは、機密情報にアクセスできる職員に対して、その適格性を確認する制度、または機密情報に触れることができる資格のことだ。トップシークレット(機密情報)へのクリアランス(機密情報取扱許可)を得るためには、「スパイや機密漏洩の疑いが全くない」ことが条件だ。その条件を満たすためには、生い立ちや家族・親類・友人・異性関係から渡航歴(中国など「敵性国家」との接点が疑われないか)などに至るまで微に入り際にわたる徹底した身辺調査を行い、嘘発見器による検査などもクリアする必要がある。

「スパイ天国」日本


 防諜体制が厳しかった戦前においてさえゾルゲの諜報活動が可能だったのだから、今日の日本は遺憾ながらスパイは「野放し状態」である。レフチェンコ事件は日本が「スパイ天国」であることを内外に知らしめた。
 アメリカに亡命したレフチェンコは、1982年7月14日に米下院情報特別委員会の秘密聴聞会でソ連の対日工作活動を暴露したが、エージェントとして9人の実名とコードネームを明らかにした。実名を挙げてエージェントとされたのは、「フーバー」の石田博英元労相、「ギャバー」こと勝間田清一元社会党委員長、「グレース」の伊藤茂社会党代議士、「ウラノフ」の上田卓三社会党代議士、「カント」の山根卓二サンケイ新聞編集局次長、「クラスノフ」の瀬島龍三伊藤忠商事会長など9人(肩書きはいずれも1979年当時)。
 問題は、レフチェンコの暴露は米下院情報特別委員会での「秘密聴聞会」だったことだ。それゆえ、日本は全貌を知ることはできない。アメリカは日本を情報操作できる立場だった。アメリカ政府・CIA/FBIは、以下のような思惑で(日本に対する情報操作の目的で)都合の良い内容だけをリークしたのではないか。
①軍事と情報を駆使して日本を引き続き「アメリカのポチ」状態にする。
②「日本の対ソ防諜施策が甘い」という警告。(ただし、アメリカにとって「日本のスパイ天国」は織り込み済み)
③全貌を暴露しないことで、中曽根内閣に恩を売る。
④日本の政官官財界にアメリカの威信を高める(アメリカに睨まれると怖い)。
⑤実名をバラされた要人たちはもとより、合計33人(政治家、マスコミ関係者や大学教授、財界の実力者、外務省職員や内閣情報調査室関係者など)の「弱味」を握り、後でCIAなどに脅させて二重スパイ等で活用する。
⑥アメリカ情報機関が活動できる幅を広げる。
 レフチェンコは、中川一郎(中川は、元テレビ朝日専務の三浦甲子二(コードネームは「ムーヒン」)の仲介で親ソ派に取り込まれたと言われる)及び鈴木宗男の繋がりにも言及したと言われる。鈴木のコード名はナザールといわれる。これに関し鈴木は時の河野洋平外務大臣に対して2007年2月7日に質問主意書を提出した。
 これに対して河野は、「レフチェンコ氏の一連の発言のうち、コード名ナザールという者について調査し、記録を作成したが、御指摘のレフチェンコ証言全般の信ぴょう性について申し上げる立場にない。お尋ねの『KGBと不適切な接触』の意味が明らかでないため、外務省としてお答えすることは困難である」と逃げ、真実は明らかになっていない。つまり、鈴木は灰色のままだ。
 1999年に竣工した「日本人とロシア人の友好の家」(ムネオハウス)を巡り、2002年にムネオハウスについての利権疑惑が取り上げられ、公設秘書1人と地元建設業者5人の計6人が起訴され、全員が有罪判決を受けた。このような経緯を見れば、鈴木とソ連の関係についてはおおよそ想像がつくのではないか。また、グレイの鈴木と二人三脚でタッグを組んだ元外交官Sについても「ミイラ取りがミイラになったのでは」と疑う向きもある。防諜体制の緩い日本では文字通りスパイが大手を振って闊歩している可能性がある。
 スパイはソ連・ロシアだけではない。中国や北朝鮮のスパイ乃至はシンパも大勢いる。カジノを含む統合型リゾート(IR)汚職に絡む贈賄側への証人買収事件で、8月20日、衆院議員の秋元司容疑者が東京地検特捜部に逮捕され、中国による対日工作の一部が明るみに出た。この事件がらみだけでも、何らかの形でカネをもらったり、便宜を受けたリストに載っている議員は30人はいるといわれ、懐にした金額も秋元司容疑者の約700万円とは一桁違う議員もいると囁かれている。親中派議員は枚挙に暇がない。
 アメリカ大統領選挙の混乱の隙を衝いて中国の王毅国務委員兼外相が2020年11月24~25日の間訪日したが、親中派実力者の自民党の二階俊博幹事長とは25日、東京都内のホテルで昼食を取りながら意見交換した。平沢勝栄復興相や林幹雄幹事長代理、野田聖子幹事長代行らも同席した。米中覇権争いの最中、中国は二階幹事長を「切り札」として菅政権への浸透工作を強化するものと見られる。
 北朝鮮のシンパ乃至はスパイ工作を受けている可能性のある者は、金丸信(故人)、野中広務(故人)、山崎拓、武村正義、菅直人、平岡秀夫、日森文尋、辻本清美、福島みずほ、山本太郎などの噂も広く聞かれるところである。いずれも、これまでの北朝鮮との関りや言動を子細に見れば首肯できる。
 日本には北朝鮮の軍事・諜報の拠点である朝鮮総連が存在する。朝鮮総連は、朝鮮半島有事には北朝鮮による日本とアメリカ(在日米軍)に対するテロ・ゲリラ・攻撃の司令塔となることが想定されている。これまで朝鮮総連は、北朝鮮による日本人拉致やスパイの支援などを行っている。北朝鮮からの朝鮮総連に対する諜報・工作の指令・指導は、かつては新潟港に入港する万景峰号に乗った北朝鮮の諜報担当の幹部などが総連幹部を船内に呼びつけて行っていた。また、北朝鮮は、2000年以前までは、日本や韓国に潜入したスパイに対して乱数放送により指令などを伝えていた。2000年以降は電子メールへ移行したものと見られる。

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