鈴木宗一郎 小説家

有限会社白河馬の代表取締役社長。日本文芸創作協会理事。「月刊アヒル」にて怪奇小説「ひゃ…

鈴木宗一郎 小説家

有限会社白河馬の代表取締役社長。日本文芸創作協会理事。「月刊アヒル」にて怪奇小説「ひゃくやっつ」を連載中。趣味は休日に息子とふたりで海釣りに行くこと。好きな食べ物はシュークリーム(極度の甘党)。最後に、このプロフィールはフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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雑文(55)「なにをされているんですか?」

「なにをされているんですか?」  自宅に帰ってきた私は、居間の絨毯の上に屈み、馬乗りの恰好で息子の、その首を両手で絞める弁護士の男に、そうたずねた。  男は顔だけ…

雑文(13)「脂肪発電」

「円安が進みすぎたせいよ」と、妻は言った。 「会社の先輩がそれで連行されたんだぞ」と、おれは言った。 「減量する機会はあったでしょ」  いつに増して妻の指摘は鋭い…

雑文(12)「檻」

 鼻のちょうど右横、ちいさなイボのある上らへんだった。  人差し指を伸ばして、後ちょっとだが、後ちょっとがものすごく遠くに感じられ、絶望にわたしは額に汗を滲ます…

雑文(11)「デリバリーサービス」

 デリバリーサービスは、便利だ。  自宅のソファに座ったまま、スマートフォンの画面をタップするだけで商品を注文できる、便利さだ。  支払いだって現金払いじゃなくて…

雑文(10)「クローズ・ユア・アイズ」

 目覚めると私は、まず目に入ったのが、真っ白な天井だった。  頭を左に傾けると、窓際の白いカーテンがさわさわ揺れていて、視線をさらに下げれば、黒い背広姿の男性が…

雑文(09)「びよういん」

「長さはどのくらいにしますか?」  指名した女性美容師がそうたずねたから、おれは、「毛先を整えるだけで」と、女性美容師に言った。 「かしこまりました」と、女性美容…

雑文(08)「たんぽぽの綿帽子」

 たんぽぽの綿帽子だろう。  河川敷きで、たんぽぽの綿帽子をたくさん見かける季節だから、穏やかな春の風に乗って、綿毛は遠くへ遠くへたんぽぽの種を運んで、不時着し…

雑文(07)「わたしは本です」

 本棚の内側に立って、わたしは手に取られるのを待っていた。  お隣さんは、いつからそこに立っているのか、髪の毛はほこりを被って、顔の色は日に黄ばんで、嗅いだら漂…

雑文(06)「プールから上がれない」

「足攣ったらお終いだな」と、足攣ったらお終いそうな表情を伊藤舞花(いとうまいか)に向けて、高部瑞希(たかべみずき)は言った。 「三人共泳ぐのが得意でよかったよ」…

街に出ると、異国の言葉が飛び交って、海外旅行に来たのかと、であればここはどこの国なんだろう、いや、ここはいまも日本だろう。あの頃から予兆は薄々あって、誰もが一抹の不安を抱き、アンザイエティが少しあった。が、エスケープだ。アメリカ合衆国第51州、ザポン州、いまではそう呼ばれている。

雑文(05)「ゴールデンウォーク」

 ゴールデンウィークだから、ゴールデンレトリバーのゴールデンは、旅に出た。  ゴールデンレトリバーだから、ゴールデンって名前は安直すぎないかって、ゴールデン自身…

AI技術の進化が凄いっ

アナログな私からすると最近のAI技術の進化が凄いっ、と、唸ります。文字を入力するだけで映画が撮れる技術も絶賛開発中らしいです。近い将来、レジ打ちはもはやそうですが…

雑文(04)「禁文令」

 文章の価値を高める、文章を禁じるのがほんとうに最良なんでしょうか、僕はたまに、ふとした瞬間に、たとえば、僕はまあ思うんです。  近ごろでは禁声令っていうんでし…

雑文(03)「中学生の宇宙」

 小学生の時から宇宙に興味があったので、宇宙学が学べる本学に入学しました、と、さわやかに笑って、ことし受験して合格した、生徒代表が取材記者の男に笑窪を作って、輝…

雑文(02)「兄貴は姉貴で、姉貴は兄貴」

「薄々だけどさ、気付いていたよ」  実弟が、実兄にそう言って、実兄は、驚いた容子で、「驚かないのか」と、実弟の冷ややかな態度に驚いた。 「有名私立大学卒で、スポー…

雑文(01)「未来指向型リニアモーターカー」

 名古屋に行くのは、名物の手羽先を食べて、酔いたい、というのもあるのだけれど、それだけじゃなかった。  俺が、いや、妻が、妻は窓側の席に座っていて、俺は通路側の…

雑文(55)「なにをされているんですか?」

雑文(55)「なにをされているんですか?」

「なにをされているんですか?」
 自宅に帰ってきた私は、居間の絨毯の上に屈み、馬乗りの恰好で息子の、その首を両手で絞める弁護士の男に、そうたずねた。
 男は顔だけを向けて、答える。「首を絞めているのです」
 だから、と言いかけたら、首を絞められる小学生の息子が、声をしぼり出すように、聞き取りにくいかすれ声で、私に教える。
「お父さん、こうして遊んでいるのです。あくまでも、これは遊びなのです」
「そ

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雑文(13)「脂肪発電」

雑文(13)「脂肪発電」

「円安が進みすぎたせいよ」と、妻は言った。
「会社の先輩がそれで連行されたんだぞ」と、おれは言った。
「減量する機会はあったでしょ」
 いつに増して妻の指摘は鋭い。
「厳しくないか?」
「他人事じゃないでしょ、あなたも」
 おれは、おれの腹まわりを見て、顔をまた上げた。
「まだ燃えたくないよ」
「燃料がないんだから」
「政治家みたいな口ぶりだな」
「事実よ」妻はそう言って、痩せた頬をさすった。おれ

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雑文(12)「檻」

雑文(12)「檻」

 鼻のちょうど右横、ちいさなイボのある上らへんだった。
 人差し指を伸ばして、後ちょっとだが、後ちょっとがものすごく遠くに感じられ、絶望にわたしは額に汗を滲ます。
 脂汗だろう。きっとイボの澱に汗が溜まって、かゆみのある炎症を肌におこして、わたしを苦しめる、きっとそうだろう。
 後ちょっと、後ちょっとだった。檻を被っているから、檻のわずかな隙間に人差し指をねじ込み、人差し指の爪の先の先で、掻いてや

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雑文(11)「デリバリーサービス」

雑文(11)「デリバリーサービス」

 デリバリーサービスは、便利だ。
 自宅のソファに座ったまま、スマートフォンの画面をタップするだけで商品を注文できる、便利さだ。
 支払いだって現金払いじゃなくて、クレジットカード自動引落しだ。便利だ。
 ソファに座って、三十秒毎に更新されるマップを見ながら、商品到達を待つのだ。
 無論、サービスは割増し料金だが、外着に着替えて外出する、行き帰り階段をのぼりおりする労力を差し引きすると、無問題なの

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雑文(10)「クローズ・ユア・アイズ」

雑文(10)「クローズ・ユア・アイズ」

 目覚めると私は、まず目に入ったのが、真っ白な天井だった。
 頭を左に傾けると、窓際の白いカーテンがさわさわ揺れていて、視線をさらに下げれば、黒い背広姿の男性が、おやっという表情を私に向け、そこに立っていた。
 ベッドに横たわる私は上体を起こそうと腹に力を加えたが、男は慌てて、というか慌てる素振りを見せずに冷静に、「重力に逆らわずに寝ていた方が身体に負担がない」と、穏やかな声を響かせ、中途半端に起

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雑文(09)「びよういん」

雑文(09)「びよういん」

「長さはどのくらいにしますか?」
 指名した女性美容師がそうたずねたから、おれは、「毛先を整えるだけで」と、女性美容師に言った。
「かしこまりました」と、女性美容師は畏って言った。
 女性美容師は、カットし出した。チョキチョキと、ハサミを、いや、ザクザクとか、鏡に映るおれの毛を見ながら、毛先を整えていく。
「動かないでください」と、笑いながら女性美容師は言うから、おれは動くまいと我慢し、動かない。

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雑文(08)「たんぽぽの綿帽子」

雑文(08)「たんぽぽの綿帽子」

 たんぽぽの綿帽子だろう。
 河川敷きで、たんぽぽの綿帽子をたくさん見かける季節だから、穏やかな春の風に乗って、綿毛は遠くへ遠くへたんぽぽの種を運んで、不時着したそこでたんぽぽは芽吹くだろう。
 自転車のペダルを漕ぐと、たんぽぽの綿帽子が麗らかに、わたしに向かって来て、それがたんぽぽの綿帽子だろう、と、気づくとわたしは、ほっこりした。
 ハンドルを右に切って、ト字路を右に曲がると、なだらかな上り坂

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雑文(07)「わたしは本です」

雑文(07)「わたしは本です」

 本棚の内側に立って、わたしは手に取られるのを待っていた。
 お隣さんは、いつからそこに立っているのか、髪の毛はほこりを被って、顔の色は日に黄ばんで、嗅いだら漂うその匂いは黴臭く、わたしよりだいぶ古くなって、そこにいた。
 わたしと同じく誰かの手に取ってもらい、パラパラ数ページを試し読んでもらい、好まれてレジに持ってもらうのを、ずっと、わたしより長く、そこで待って来たんだろう。
 わたしの前任者は

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雑文(06)「プールから上がれない」

雑文(06)「プールから上がれない」

「足攣ったらお終いだな」と、足攣ったらお終いそうな表情を伊藤舞花(いとうまいか)に向けて、高部瑞希(たかべみずき)は言った。
「三人共泳ぐのが得意でよかったよ」と、三人共泳ぐのが得意でよかったそうな表情を高部瑞希に向けて、伊藤舞花は言った。
 二人の会話に交じらず鈴木真由(すずきまゆ)は会話の始まりから終わりまでずっと上を向いて、二人の会話に興味がない、とは言わずに、二人の会話に興味がなさそうに、

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街に出ると、異国の言葉が飛び交って、海外旅行に来たのかと、であればここはどこの国なんだろう、いや、ここはいまも日本だろう。あの頃から予兆は薄々あって、誰もが一抹の不安を抱き、アンザイエティが少しあった。が、エスケープだ。アメリカ合衆国第51州、ザポン州、いまではそう呼ばれている。

雑文(05)「ゴールデンウォーク」

雑文(05)「ゴールデンウォーク」

 ゴールデンウィークだから、ゴールデンレトリバーのゴールデンは、旅に出た。
 ゴールデンレトリバーだから、ゴールデンって名前は安直すぎないかって、ゴールデン自身そう思うんだけど、ペットショップの何度も値下げ、安っぽいチラシ裏紙モロバレの値札が赤いごく太マーキーで何度も修正された、人だけがいい店長さん曰く売れ残りエリアに好奇心か気まぐれか知らないけれど、ひさしくんがとことこ前にやって来て、ガラス越し

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AI技術の進化が凄いっ

アナログな私からすると最近のAI技術の進化が凄いっ、と、唸ります。文字を入力するだけで映画が撮れる技術も絶賛開発中らしいです。近い将来、レジ打ちはもはやそうですが、イラストレーターやアニメーター等、映像制作に関わる職業が廃業する、そんな未来がやって来るかもしれません。でも。AIのアウトプットは人間がインプットした文字列。どんな文字列を選んで入力するかは人間のセンス、文字選びのセンスだけはAI機械に もっとみる

雑文(04)「禁文令」

雑文(04)「禁文令」

 文章の価値を高める、文章を禁じるのがほんとうに最良なんでしょうか、僕はたまに、ふとした瞬間に、たとえば、僕はまあ思うんです。
 近ごろでは禁声令っていうんでしょう、発声までなぜか禁じちゃって、いったいなにをしたいのか、誰か教えてほしいんだけど、僕にはわかりません。
 文章を禁じて文章は売れたんでしょうか。僕は正直ぜんぜん売れていないと、まあ思うわけです。お国の偉い方たちが、だから庶民の僕があーだ

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雑文(03)「中学生の宇宙」

雑文(03)「中学生の宇宙」

 小学生の時から宇宙に興味があったので、宇宙学が学べる本学に入学しました、と、さわやかに笑って、ことし受験して合格した、生徒代表が取材記者の男に笑窪を作って、輝かしい未来の自分像を語って、彼の将来性ある姿はマスメディアで大々的に放映され、お茶の間で視聴した団塊世代の引退世代を乾いた拍手と共に感嘆させた。
 全国初の全寮制公立中高一貫男子校は、宇宙学に精通した、優秀な宇宙飛行士、あるいは宇宙機関の職

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雑文(02)「兄貴は姉貴で、姉貴は兄貴」

雑文(02)「兄貴は姉貴で、姉貴は兄貴」

「薄々だけどさ、気付いていたよ」
 実弟が、実兄にそう言って、実兄は、驚いた容子で、「驚かないのか」と、実弟の冷ややかな態度に驚いた。
「有名私立大学卒で、スポーツ万能でルックスもいい。なのに四十すぎても今まで誰とも付き合ったことがないなんて弟目線の甘々で見ても有り得ないだろ?」
「そういうもんかな?」
「そういうところだよ」
 実兄は、実弟をぼんやり眺める。
「それはね、僕からしたら、友だちに自

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雑文(01)「未来指向型リニアモーターカー」

雑文(01)「未来指向型リニアモーターカー」

 名古屋に行くのは、名物の手羽先を食べて、酔いたい、というのもあるのだけれど、それだけじゃなかった。
 俺が、いや、妻が、妻は窓側の席に座っていて、俺は通路側の席に座っているのだけれど、妻は席に座ってから、未開封でもいい匂いを漂わす崎陽軒のシウマイ弁当に目をくれず、座ってからずっと窓の外の横流しの景色を眺めており、今か今かとその時を、妻と俺はうずうず待っていた。
 開通後、中々抽選で選ばれない日々

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