鈴木宗一郎 小説家

有限会社白河馬の代表取締役社長。日本文芸創作協会理事。「月刊アヒル」にて怪奇小説「ひゃ…

鈴木宗一郎 小説家

有限会社白河馬の代表取締役社長。日本文芸創作協会理事。「月刊アヒル」にて怪奇小説「ひゃくやっつ」を連載中。趣味は休日に息子とふたりで海釣りに行くこと。好きな食べ物はシュークリーム(極度の甘党)。最後に、このプロフィールはフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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雑文(55)「なにをされているんですか?」

「なにをされているんですか?」  自宅に帰ってきた私は、居間の絨毯の上に屈み、馬乗りの恰好で息子の、その首を両手で絞める弁護士の男に、そうたずねた。  男は顔だけを向けて、答える。「首を絞めているのです」  だから、と言いかけたら、首を絞められる小学生の息子が、声をしぼり出すように、聞き取りにくいかすれ声で、私に教える。 「お父さん、こうして遊んでいるのです。あくまでも、これは遊びなのです」 「そうか」  こんな遊びを教えたことはない、と思いつつも私は、苦しそうに悶える息子を

    • 雑文(09)「びよういん」

      「長さはどのくらいにしますか?」  指名した女性美容師がそうたずねたから、おれは、「毛先を整えるだけで」と、女性美容師に言った。 「かしこまりました」と、女性美容師は畏って言った。  女性美容師は、カットし出した。チョキチョキと、ハサミを、いや、ザクザクとか、鏡に映るおれの毛を見ながら、毛先を整えていく。 「動かないでください」と、笑いながら女性美容師は言うから、おれは動くまいと我慢し、動かない。  女性美容師が位置を移動するたびに気になるのだ。気になるな、気になるな、って、

      • 雑文(08)「たんぽぽの綿帽子」

         たんぽぽの綿帽子だろう。  河川敷きで、たんぽぽの綿帽子をたくさん見かける季節だから、穏やかな春の風に乗って、綿毛は遠くへ遠くへたんぽぽの種を運んで、不時着したそこでたんぽぽは芽吹くだろう。  自転車のペダルを漕ぐと、たんぽぽの綿帽子が麗らかに、わたしに向かって来て、それがたんぽぽの綿帽子だろう、と、気づくとわたしは、ほっこりした。  ハンドルを右に切って、ト字路を右に曲がると、なだらかな上り坂だったから、サドルから腰を浮かせ、わたしは立ち漕ぎの恰好で、ペダルを漕いだ。  

        • 雑文(07)「わたしは本です」

           本棚の内側に立って、わたしは手に取られるのを待っていた。  お隣さんは、いつからそこに立っているのか、髪の毛はほこりを被って、顔の色は日に黄ばんで、嗅いだら漂うその匂いは黴臭く、わたしよりだいぶ古くなって、そこにいた。  わたしと同じく誰かの手に取ってもらい、パラパラ数ページを試し読んでもらい、好まれてレジに持ってもらうのを、ずっと、わたしより長く、そこで待って来たんだろう。  わたしの前任者はたぶん、誰かの好みに合って、買われたんだろう。あるいは、古くなりすぎて、誰にも買

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        • 雑文 Vol. 6
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          雑文(06)「プールから上がれない」

          「足攣ったらお終いだな」と、足攣ったらお終いそうな表情を伊藤舞花(いとうまいか)に向けて、高部瑞希(たかべみずき)は言った。 「三人共泳ぐのが得意でよかったよ」と、三人共泳ぐのが得意でよかったそうな表情を高部瑞希に向けて、伊藤舞花は言った。  二人の会話に交じらず鈴木真由(すずきまゆ)は会話の始まりから終わりまでずっと上を向いて、二人の会話に興味がない、とは言わずに、二人の会話に興味がなさそうに、鈴木真由は思うのだ。  プールから上がれないのに、わたしはどうしてプールに入った

          雑文(06)「プールから上がれない」

          街に出ると、異国の言葉が飛び交って、海外旅行に来たのかと、であればここはどこの国なんだろう、いや、ここはいまも日本だろう。あの頃から予兆は薄々あって、誰もが一抹の不安を抱き、アンザイエティが少しあった。が、エスケープだ。アメリカ合衆国第51州、ザポン州、いまではそう呼ばれている。

          街に出ると、異国の言葉が飛び交って、海外旅行に来たのかと、であればここはどこの国なんだろう、いや、ここはいまも日本だろう。あの頃から予兆は薄々あって、誰もが一抹の不安を抱き、アンザイエティが少しあった。が、エスケープだ。アメリカ合衆国第51州、ザポン州、いまではそう呼ばれている。

          雑文(05)「ゴールデンウォーク」

           ゴールデンウィークだから、ゴールデンレトリバーのゴールデンは、旅に出た。  ゴールデンレトリバーだから、ゴールデンって名前は安直すぎないかって、ゴールデン自身そう思うんだけど、ペットショップの何度も値下げ、安っぽいチラシ裏紙モロバレの値札が赤いごく太マーキーで何度も修正された、人だけがいい店長さん曰く売れ残りエリアに好奇心か気まぐれか知らないけれど、ひさしくんがとことこ前にやって来て、ガラス越しに目が合って、人だけがいい店長さんから、「最後のチャンスだぞっ」って、念を押され

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          AI技術の進化が凄いっ

          アナログな私からすると最近のAI技術の進化が凄いっ、と、唸ります。文字を入力するだけで映画が撮れる技術も絶賛開発中らしいです。近い将来、レジ打ちはもはやそうですが、イラストレーターやアニメーター等、映像制作に関わる職業が廃業する、そんな未来がやって来るかもしれません。でも。AIのアウトプットは人間がインプットした文字列。どんな文字列を選んで入力するかは人間のセンス、文字選びのセンスだけはAI機械に奪われたくない。AIの危険性を遠回しに警告する、AIが絶対に書かない、欠点だらけの人間の書く文章でした。by AIを最後に付け足すセンスも完璧で真面目なAIには、不真面目な私と違ってない。

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          雑文(04)「禁文令」

           文章の価値を高める、文章を禁じるのがほんとうに最良なんでしょうか、僕はたまに、ふとした瞬間に、たとえば、僕はまあ思うんです。  近ごろでは禁声令っていうんでしょう、発声までなぜか禁じちゃって、いったいなにをしたいのか、誰か教えてほしいんだけど、僕にはわかりません。  文章を禁じて文章は売れたんでしょうか。僕は正直ぜんぜん売れていないと、まあ思うわけです。お国の偉い方たちが、だから庶民の僕があーだこーだ言うのはおかしいのだけれど、言っちゃうとですね、禁文令はあかんと思う、あく

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          雑文(03)「中学生の宇宙」

           小学生の時から宇宙に興味があったので、宇宙学が学べる本学に入学しました、と、さわやかに笑って、ことし受験して合格した、生徒代表が取材記者の男に笑窪を作って、輝かしい未来の自分像を語って、彼の将来性ある姿はマスメディアで大々的に放映され、お茶の間で視聴した団塊世代の引退世代を乾いた拍手と共に感嘆させた。  全国初の全寮制公立中高一貫男子校は、宇宙学に精通した、優秀な宇宙飛行士、あるいは宇宙機関の職員を育成する目的に巨額の資金を投じて開校した。  がしかし、26年度の春より本学

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          雑文(02)「兄貴は姉貴で、姉貴は兄貴」

          「薄々だけどさ、気付いていたよ」  実弟が、実兄にそう言って、実兄は、驚いた容子で、「驚かないのか」と、実弟の冷ややかな態度に驚いた。 「有名私立大学卒で、スポーツ万能でルックスもいい。なのに四十すぎても今まで誰とも付き合ったことがないなんて弟目線の甘々で見ても有り得ないだろ?」 「そういうもんかな?」 「そういうところだよ」  実兄は、実弟をぼんやり眺める。 「それはね、僕からしたら、友だちに自慢できるいい兄さんだけどさ、兄さんがそれでいいなら僕は全然構わないんだけどさ、兄

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          雑文(01)「未来指向型リニアモーターカー」

           名古屋に行くのは、名物の手羽先を食べて、酔いたい、というのもあるのだけれど、それだけじゃなかった。  俺が、いや、妻が、妻は窓側の席に座っていて、俺は通路側の席に座っているのだけれど、妻は席に座ってから、未開封でもいい匂いを漂わす崎陽軒のシウマイ弁当に目をくれず、座ってからずっと窓の外の横流しの景色を眺めており、今か今かとその時を、妻と俺はうずうず待っていた。  開通後、中々抽選で選ばれない日々が続いたのだけれど、ようやっと抽選に当たって、その晩俺は妻と喜び合ったのを今も憶

          雑文(01)「未来指向型リニアモーターカー」

          雑文(99)「晴れ風、新発売」

           コマーシャルで、僕の好きな女優さんが、美味しいですよって、そう宣伝していたから、「晴れ風」を見つけた僕は、美味しいですよって、僕の好きな女優さんが、画面越しに僕の目を見て言ったその言葉を信じて、並んでレジ待ちする僕のカゴの中に「晴れ風」が、僕はまた、「一番搾り」をあきらめた。    有料レジ袋から「晴れ風」を取り出して、ウォールナット材のローテーブルの上に、「晴れ風」の500mlロング缶を立てた。  仔細な描写を省き、僕は「晴れ風」を掴み、胸元まで持ち上げると、もう片方の手

          雑文(99)「晴れ風、新発売」

          雑文(98)「文豪AI」

           国家予算の半分を注ぎ込んで開発した文豪AI、しかし想定外の不具合があった。  プログラムを起動して数日後、自らを壊してしまうのだ。  服毒自殺、入水自殺、割腹自殺、ガス自殺。  開発陣は頭を抱える他なかった。

          雑文(98)「文豪AI」

          雑文(97)「スプリングコートの女」

           孝之の馬鹿。  わたしは声に出さず、自分の内側に、そう叫んでいた。  内側にある殻はもろく、わたしが叫んだだけでそれはもうノックアウト寸前だった。  別に、孝之が、自分のたるんだ身体を鍛え直すためにフィットネスボクシングに通っていたから、わたしは、ノックアウト、って表現を採用したんじゃなくて、孝之から強烈な一撃を、もちろん左アッパーとか、右ストレートとか、暴力沙汰じゃなくて、孝之の放った短い、とても短い言葉にショックを受けて、わたしはノックアウト寸前だった。  わたしにセコ

          雑文(97)「スプリングコートの女」

          雑文(96)「或る神童」

          「そう言えば」  僕は、妻に言った。妻は、右向かい、モスグリーンのカウチソファに腰掛けて、長い髪を梳かしてちゃんと乾かさず、与謝野晶子よろしく、みだれ髪のままうつむいて、携帯ゲーム機端末の液晶画面に映る架空の森で暮らす架空の動物たちの暮らしを充実させるのに、必死だ。 「仕事でさ、群馬に帰ったんだけど、そこで、たまたま会ったんだよ。誰に会ったと思う?」 「妻夫木聡?」興味なさげに、架空の森に建てたお家の内装を考えるのに、妻の脳みその半分が、いや、九割近くが家具の配置決めに費やさ

          雑文(96)「或る神童」