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【連載小説】「愛の歌を君に」#10 胸騒ぎ


前回のお話(#9)はこちら

前回のお話:

命の終わりを意識する拓海は、麗華と智篤にはこれ以上いがみ合って欲しくないと願い、「これからは二人で仲良くやってくれ」と言う。しかし二人はその言い方に腹を立て、拓海のための歌を急ぎ作り始める。
一方の拓海は、いよいよ自分の声を残す準備を始めるため、音楽スタジオに向かう。

28.<麗華>

 強氣の発言をし、奇跡を信じる一方で、胸の内は不安と恐怖で満たされつつあった。智くんが、怒りをぶつけることで拓海の「旅支度」を拒んだのも分かる。だってそうでもしなければ恐怖に押しつぶされてしまいそうだもの。

 先を歩く智くんは、部屋を出たときからずっとあたしの手を握り続けている。ずんずんと進むその足取りは、未だ拓海への怒りを表しているようにも、恐怖をかき消そうとしているようにも見えた。

 拓海のための曲は一応、完成している。まだ一度も通しで弾き語りしていないし、荒削りだから、せめてあと一日は曲作りに当てたいところ。それでも智くんが拓海に聞かせたいと言い張る理由があるとすればやはり、彼の命がいよいよ残り少ないと感じているからに違いない。

「拓海から聞いているの? あとどのくらい時間、、があるかを……」

 すぐに返事はなかった。が、数秒の後、彼は前を向いたまま答える。
「そんなことを問うこと自体、無意味だ。人の寿命など誰にも分からない」

「そうだね、ごめん……」

「だけど、分からないからこそこうして急いでいるのも事実だ。……ちっ。また赤信号か」

 駅に向かう道中で信号に引っかかるたび、智くんは苛立ちを顕わにした。その焦りようから、一秒でも早く拓海のために歌いたいと思っていることが分かる。そしてそれだけ二人で作った歌に賭けていることも。

 奇跡なんて簡単に起こせるもんじゃないと言ってしまえばそれまでだ。智くんもはじめはそう言っていた。けれど今の彼は、現実から目を背けて何もしないよりはマシだと思って動いているように、あたしには見える。

 必死すぎる智くんの姿は、端から見れば痛々しく映るだろう。しかし、何十年にもわたり支え合ってきた相方を救う手立てがあるのだとしたら、たとえ非現実的だと言われるようなことにだってすがる。だれもがきっと。

 信号待ちの間、空いている方の手でギターにぶら下げたお守りを握った。正月に三人で近くの神社に赴き、拓海の病氣が快復するよう祈願した際に買い求めたものだ。

(神様、どうか拓海のために歌う時間を下さい……。そして歌に病氣を治す力を与えて下さい……。お願いします。お願いします……。)

 祈る声が聞こえたはずもないが、智くんがあたしの手を強く握った。まるで「大丈夫だ」と伝えるかのように。


29.<拓海>

 ここに来ることはひと言も告げなかったのに、付き合いの長い智篤には俺の居場所が分かってしまったようだ。まあ、いい。幸いにして録音作業は無事に終えている。すぐに退室の手続きを済ませてちょっと走れば多分、間に合う。

 電話口の智篤がひどくご立腹だったのが氣になった。怒られることには慣れているが、今回は状況が状況だけに軽く受け流すことが出来なかった。

(これ以上怒らせると後が面倒だな……。早く帰ろうっと……。)

 ところが受付に向かうと、数人の男がイライラした様子で声を張り上げていた。聞き取れた会話から、どうやら予約したはずの部屋が取れていなかったことに腹を立てているらしかった。受付の人は一方的に責められる格好になり、萎縮している。

(面倒なことになったな。あいつらの話が済むまで待ってたら智篤にどやされちまう……。ちょっと交渉するか……。)

 出しゃばるのは好きじゃないが、こっちは時間がない。俺は一つ咳払いをして受付に向かう。

「俺が使ってた部屋でよければ空くよ。だからさ、そんなにこの人を責めるなよ。な?」

 男たちは顔を見合わせたが「一番デカい部屋を使う予定で来てんだよ、こっちは!」と声を荒げた。

「まぁ、氣持ちは分かるよ。だけど、練習するだけならどの部屋でも同じだろう? そうやってごねてる時間がもったいないと思わない?」

「…………! 同じじゃねえよ、オッサン!」
 本当のことを言っただけなのに相手を怒らせてしまったようだ。男たちは俺を巻き込んであーだこーだと文句を言いはじめた。

 五分ほど押し問答が続いたところでようやく事務所の奥から支配人らしき人が出てきて不手際を詫びた。そして、今日の使用料はタダにするから空いている部屋を使ってもらえないかと交渉し、ようやく男たちを黙らせたのだった。

 騒動の後で退室手続きを済ませることになった俺は、時間が押したことでかなり焦っていた。よりによって「三十分以内に戻れ」と命令された日に限ってトラブルに巻き込まれるとは。

(理由を言っても信じてもらえないだろうけど、何も言わずに遅刻したら絶対に怒られるよなぁ……。)

 しかたなく、言い訳じみてしまうのを承知でスタジオの前からメールを入れる。

「よし……。遅れるかもって言っといて間に合えば文句は言われないはず……!」

 せめて誠意は見せようと、人が押し寄せる道をダッシュで駆け抜ける。最近はほとんど走ることがなくなった上にギターを背負っているから足取りが重い。病氣も相まって息苦しい。それでも俺は走った。あいつらの元に帰るために。

 だが一分も走ると、聞いたことのないゼェゼェという呼吸音が肺の奥の方から聞こえ始めた。ついに肺までおかしくなったのか……? そう思った直後、喉と肺を同時に切り裂かれるような痛みに襲われ立ち止まる。痛みのあまり膝をつくが、その時にはもう息が出来なくなっていた。

(マジかよ……。こんなところで俺は死ぬのか……。)

 道路に倒れ込むと周囲の人が悲鳴を上げ、俺から離れて輪を作った。勇敢な人が二人ほど俺に声をかけたり救急車を呼んだりする声が遠くの方で聞こえた。その声に紛れて麗華からの着信音が鳴る。慌てて手を伸ばそうとするが身体はピクリとも動かない。 

(待ってろ、麗華……。今、そっちに向かうから……。)
 しかし電話に出ることは出来ず、意識もそこでついえた。


30.<智篤>

『音楽スタジオでトラブル発生。今出たところだから間に合わないかも……? 一応、ダッシュで駅に向かうけど🏃‍』

 最寄り駅に着く手前で拓海からメールが入った。トラブルと聞いて、お人好しの拓海のことだから人様の問題に首を突っ込んで巻き込まれたに違いないと予想する。

「智くん。拓海の到着が遅れても怒らないであげて。……って言うか、三十分で戻ってくるのは、何もなくても結構ぎりぎりだと思うんだよね」

「僕の怒りが伝わればそれでいい。五分や十分遅れたところで本当に怒るような男じゃないよ、僕は」

「拓海もそう思っていればいいけど……」

 駅に着くと改札口が妙に混雑していた。どうやら下り線で人身事故があり、遅れが発生しているようだ。下りは拓海が乗るはずの路線だ。事故は十分ほど前に発生したらしく、駅員が対応に追われていた。

「やれやれ。この様子じゃ三十分以内には来そうにないな……」

「……どうする? 拓海に連絡して、ゆっくりおいでって伝えとく?」

「……レイちゃんから伝えてくれ。僕はそういうことを言うキャラじゃない」
 レイちゃんは小さくため息をついたあとで拓海に電話をかけた。しかし、繋がらないのか何度も首をかしげる。

「……でないわ。変ね」
 一度電話を切り、再度かけ直したがやはり繋がらないようだ。

「もしかして、電話に出られないような出来事があったのかな……?」

「まさか」
 そんなわけないだろうと言おうとしたとき、妙な胸騒ぎがした。氣のせいだと思い込むことも出来たが、どうも落ち着かない。

「ちっ……。繋がらないんじゃしょうがない。こっちから出向いてやるか」

 遅れると分かっているのに、いつ来るとも分からないあいつを待つほどの忍耐力はない。不安も募る一方。だったらこっちから動いた方がまだマシだ。僕らは混雑する改札口をかいくぐり、ホームに入線してきた上り電車に飛び乗った。


 帰宅時間に重なったのか、車内も混んでいた。学生、社会人、老夫婦。いろんな人の姿が見える。なのにみな、その目は手元の小さな画面に釘付けで生氣の欠片もなかった。そうでない人は外の音を遮断したいのか、もれなくイヤホンをしてうつむいていた。

 誰もがみな、この現実世界に嫌氣が差し、逃避している。嫌だ嫌だと言いながらも、そこしか生きる場所がないからと自分に鞭打って生きている。そう、これが現実。僕もそんな世界で長らく生きてきた。変わらない現実を憂いながら……。

 あと一駅というところでたくさんの人が車内に乗り込んできた。僕らはその人たちに押され、身体をぴったりと寄せ合う格好になる。背負ったギターが身体に食い込み、苦しい。レイちゃんも苦しそうに顔をゆがめている。

 僕は仕方なく近くの人を少し押して壁になり、彼女を抱き寄せた。

「あと数分の辛抱だ……」

「うん、ありがとう……」

 動き出した電車の揺れに身体を持って行かれそうになるが必死に耐える。揺れに身を委ねた人たちに押しつぶされまいと踏ん張る。

(流されてたまるか……! 僕の世界の中心は僕なんだ……!)

 流れを妨げる人間は時代を問わず排斥されてきた。それでも抵抗し続けた人たちが新時代を切り開いてきたのもまた事実。そのことに氣付かせてくれたのは奇しくもレイちゃんと拓海のコンビだ。

 あのときサザンクロスの再結成に同意し、レイちゃんとの共同生活を受け容れていなければ卑屈な人間のまま一生を終えていただろう。だけど、手を取り合った二人がまさに僕を「ニューワールド」へいざなおうとしてくれている今、差し出された手を振り払ったり、変化を止めようとするもっともらしい言葉に耳を傾けたりしてはいけないのは、ひねくれ者の僕でも分かる。

 ――間もなく到着します。ご乗車ありがとうございました。

 車内アナウンスが聞こえ、降りる準備を始める。ドアが開き、出口へ向かう人がけるのを待って最後に降りる。せっかちな老人が僕らにぶつかるようにして乗車してきたが、構わず押しのけて下車する。ぎろりと睨まれたが、「降りる人が先だろ!」と言い返してやると老人は顔を背け、慌てて空いている席に身体を滑り込ませたのだった。



 向かい側の下り線ホームは相変わらず混んでいた。まだ運転再開のめどが立っていないようだ。拓海はあの人混みの中にいるのだろうか。とりあえず一旦改札を出て開けた場所で再度、電話をかけてみよう。

「……ねぇ、あそこ見て。何かあったのかな?」

 レイちゃんに言われてホームから見える駅前広場の端に目をやると、確かに妙な人だかりが出来ていた。よく見ればその中心には救急車が止まっている。事故か、事件か……。

「嫌な予感がする……」

 呟いた瞬間に走り出していた。電話が繋がらなかった理由が倒れたからだとしたら……? 倒れた原因が僕が急かしたせいだとしたら……?

 ――落ち着け、あそこにいるのが拓海だと決まったわけじゃないだろう?

 こんなときに内なる僕が、冷静になれと訴えかけるように声を発したが、無視する。いや、止めどなく不安が押し寄せてきて反論するどころではなかった。

 冷や汗が止まらない。

 なぜ止めなかったのだろう。大病を患っている拓海が走って駅に向かうとメールしてきた時点で。なぜ急かしてしまったのだろう。急いで戻ってこなければいけない理由などこれっぽっちもなかったのに。

(冷静に考えれば分かったものを、僕と来たら怒りにまかせて拓海に無茶を……。)

「どけっ……! どいてくれっ……!」
 自分でも驚く速度で階段を降り、改札を通り抜けて駅前広場の人だかりをかき分ける。悪い予感は的中し、そこには顔面蒼白の老人と化した拓海がいて、今まさに救急車に乗せられるところだった。

「拓海っ……!」
 そばに駆け寄ると救急隊員に止められた。

「一刻を争う状況です。離れてくださ……」

「友人……いや、家族なんですよ、こいつは!」

「ご家族ですか? もし病状などをご存じでしたら同乗して詳細を教えてください。我々もその方が助かります」

「乗せてください。何でも話します」
 そこへ息を切らせたレイちゃんが到着した。拓海の姿を見るなり悲鳴を上げる。

「なぜこんなことに……」

「僕は拓海についていく。レイちゃんは?」

「あたしも……」
 言いかけたレイちゃんは地面に目を落とし、置き去りにされた拓海のギターを拾い上げた。それから乗り込もうと一歩踏み出したが隊員に止められる。

「その荷物を持ったままでは無理です! ……もう行きます!」

「……なら、あたしはタクシーで追う!」
 レイちゃんはギターをギュッと抱え込み、近くのタクシー乗り場へ走った。それを見届けた救急隊員はすぐにドアを閉め、サイレンを鳴らしながら発車した。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを修正して使用しています。

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