色街乙女™

西暦2073年。とある街に形成された巨大な色街。性風俗業界は遠い昔のようにふたたび閉鎖…

色街乙女™

西暦2073年。とある街に形成された巨大な色街。性風俗業界は遠い昔のようにふたたび閉鎖的となっていた。そんな街で生まれた4人の乙女。出生を明かし消えない烙印を背負いながら人生の悲哀を歌う。

最近の記事

【短編】トリックのない推理小説

エアコンの光学  カンカンカン、と激しい下駄の音を立てながら、葛飾区にあるマンションの階段をのぼってくる男がいた。夏真っ盛り、8月上旬のことだった。青空の真ん中から、人を馬鹿にするように強い日差しが降り注いでいた。 「いやーすみません。遅くなりました。バス乗り遅れそうになって、下駄を脱いで裸足で道路走っちゃいましたよ。あっあっは」  カンカン帽をかぶり、黒ぶちの眼鏡をかけた赤いTシャツ姿の男が、あるマンションの一室を覗きこむようにあらわれた。彼が語尾につける喉から空気を

    • 立待月 最終話 (22/22)

      二十二〈手紙〉  千影へ  利口な千影のことですから、言わなくても気づいているかもしれません。こんな手紙は必要ないかもしれません。それでもこんな手紙を書いたのは、わたしが後悔をしないためという自分勝手な理由と、もし何かに苦しんでいるなら、千影が楽になれればという願いと、お父さんがまた写真の裏に変な詩を書かないようにするためです。  お父さんと話し合って、受験が終わるまでは、死期がせまっていることを千影に伝えないようにしようと決めていました。また、この手紙はわたしが死んで

      • 立待月 第二十一話 (21/22)

        二十一〈セイ〉  欽ちゃんに夕闇が訪れると、欽さんは橙色の電球をつけ、看板の蛍光灯をともし、いつもと同じ夜営業の体制になる。僕は荷物を抱え、のれんを首から肩へ流し、ガラス戸を開けて店内に入った。まだ店内には誰もいない。誰もいない欽ちゃんは、人の存在感にごまかされることがないぶん、いつもより煩雑に見える。 「これです」  と言って、僕は大きな箱を欽さんに渡した。 「けっこうデカいね」  欽さんは上半身をすこし反り返して箱を受け取った。 「ひなちゃんこれが欲しいらしい

        • 立待月 第二十話 (20/22)

          二十〈あやめ〉  セイは数日間、自宅にいる時間や仕事の合間を縫って仇をとるような思いで暗号文と戦い、ついに二十三文字の謎を解いて、決然としてわたしのところに知らせにきた。顔は明らかに悩みを雲散した人のそれであった。清々しく眩しさがあった。  木曜日なので雑貨屋アイリスは休みだった。セイは忙しい時期にもかかわらず休暇を取ってきていた。いかにこの問題について熱い思いを傾けているかがわかった。  セイはなぜかウォーキングをするような格好であった。スポーツジムにでも行ってきたの

        【短編】トリックのない推理小説

          立待月 第十九話 (19/22)

          十九〈セイ〉 「さて、なにが必要?」  僕は家の近所のスーパーで、買い物カゴをぶら提げて店内を回っていた。 「麻辣火鍋にするからぁ、豆板醤、鷹の爪、食べるラー油――」  ルミちゃんが必要な食材を列挙していった。  今夜は同僚のルミちゃんとカスミちゃんと三人で、うちのマンションで火鍋をやることになっているのである。同僚といってもふたりとも年下である。本来、僕の歳ならもっと出世していてもおかしくないのだが、いまの地位と環境がしっくりきているので、出世を拒否しているのであ

          立待月 第十九話 (19/22)

          立待月 第十八話 (18/22)

          十八〈あやめ〉  つぎの日の夜、わたしは雑貨屋アイリスを閉めたあと、セイのマンションに来ていた。今日はこれからアイナメを釣りに行くのである。夜釣りだ。昼間釣ることができないサイズのアイナメが、夜なら釣れるらしい。全長30cm~40cm程度のサイズが針に掛かってからの引きは、日中の釣りではなかなか味わえないということだ。 「さあて、そろそろ釣りに出かけますか」   とセイが言ったところで、わたしのもとに山崎くんから電話がかかってきた。  わたしはセイのベッドで本を読んで

          立待月 第十八話 (18/22)

          立待月 第十七話 (17/22)

          十七〈セイ〉 「今日ね、沙々ちゃんが女の子と手をつないで歩いてたの。夏に好きな人はいるのって聞いたら、いるけど女の子って言ってたんだよね。本当だったんだなと思って」  あやめは女性らしい、しとやかな声で言った。 「好きにもいろいろ種類があるからな」  僕は千影のことを思い出していた。彼女のことは人として好きなだけだ。誰にどう言われようと恋愛ではない。しかし好きという言葉に敏感になっている自分に驚く。 「あたし、セイのこと好きなのかな?」  その言葉が意味するところ

          立待月 第十七話 (17/22)

          立待月 第十六話 (16/22)

          十六〈あやめ〉  今日は木曜日なので雑貨屋アイリスは定休日である。メンバーの都合で木曜会も休みだった。暖かく穏やかな晴天であった。  最近、駅前のロータリーから一本道を入ったところに、一軒の焼肉屋ができた。ひとり焼肉の専門店である。わたしはそこに焼肉を食べにきた。  店員に案内されて席に着くと、斜め向かいの入口付近には先客がいた。やたら美人の女子高校生だった。牛ホルモンを無闇に食べている。わたしはバラカルビ&牛タンセットであった。 「これ焼けた? まだだな。あ、これ焼

          立待月 第十六話 (16/22)

          立待月 第十五話 (15/22)

          十五〈セイ〉  金曜日の欽ちゃんである。今日はひさしぶりに店にきたエリカちゃんとロックンロール氏が手前の同じテーブルに、カウンターには僕と山崎くんとあやめ、スーツを着たどこかの会社の男五人グループが奥のテーブル席に座っていた。 「ホストに狂ってるか、バンドマンに金使ってるかそんな感じだよね。店じゃまじめな顔してても、遊んでるときはパッパラパーな感じだかんね。風俗嬢とまじめにつき合おうなんて無理無理。絶対彼氏いるし。クソみたいな生活を、たまに会う彼氏で癒して仕事してんだよ。

          立待月 第十五話 (15/22)

          立待月 第十四話 (14/22)

          十四〈あやめ〉  わたしは管轄の保健所に、衛生管理責任者講習を受けにきていた。雑貨屋アイリス内で、カフェを営業するためである。知らない人も多いが、飲食店を営業するのに調理師免許は不要なのである。  講習は公衆衛生学一時間、衛生法規二時間、食品衛生学三時間の合計六時間を一日で行う。それはもう退屈で、眠気との勝負になった。午前中の講習が終わると昼休みになり、弁当が支給された。弁当を食べながら、講習室の窓から見える必要以上に青い空を見て、こんなことをしている場合じゃないという気

          立待月 第十四話 (14/22)

          立待月 第十三話 (13/22)

          十三〈セイ〉  美しい月が出ている、十二月にしては寒さの厳しい夜だった。あやめと僕は欽ちゃんを出たあと、そのままお互いの自宅に帰ろうということになっていたのだが、あやめが家の鍵を雑貨屋アイリスに忘れていることに気づき、一緒に電車に乗って取りに来たのである。最初あやめは、勤務先だし慣れた道だからひとりで取りに行くと言っていたのだが、夜も遅いし酔っているしで心配なので、連れ立ってやってきた。家に帰って調べ物をしようとしていた自分の酔い覚ましにも丁度いいとも考えていた。  あや

          立待月 第十三話 (13/22)

          立待月 第十二話 (12/22)

          十二〈あやめ〉  ある木曜日の午後、ちょっと栄えたあたりまで出るので、結構ちゃんとした服装をして、古本屋に文庫本を買いに行った。夏のときと同じく、本屋のおっさんが万引きを警戒しているのか何度もわたしに視線を向けていて気持ち悪かった。  探していたのは太宰治の津軽だった。太宰の作品はいくつか持っていたが、津軽は持っていなかった。太宰が自分のルーツにせまっているという話を文壇バーのお客さんから聞いて、気になって探しにきたのである。個人店なので分類が不完全らしく、探すのにしばら

          立待月 第十二話 (12/22)

          立待月 第十一話 (11/22)

          十一〈セイ〉 「いやあ、いいねえ。めでたいねえ」  日曜日の晴れた昼前、きれいに陳列された商品ときれいに清掃された店構えを見て欽さんがかみしめるように言った。風はおだやかで、入口の一間のれんがかすかに揺れていた。角にあるお店なので、もう一辺にも入口があり、そこにも同じのれんがかかっていた。欽さんはお祝いを置いて、早々と帰っていった。  本日、ついにあやめが店長をつとめる「雑貨屋アイリス」が開店したのであった。アイリスの名は当然、菖蒲から取られた。命名はあやめだ。  レ

          立待月 第十一話 (11/22)

          立待月 第十話 (10/22)

          十〈あやめ〉  ブラジャーはしばらくノンワイヤーを使っていたのだが、前職の後輩から最近のはワイヤーブラのほうがいい! と聞いたのでしばらくワイヤーブラにしていた。しかし痛い。胸を強調する服なんか着ないから、やっぱりノンワイヤーでいいのかなという気がしていた。ちょうど木曜会なので、女子高校生の意見を聞いてみようと思った。  今回の木曜会には三人の女子高校生がきた。話題になったのは香水の話だったので、わたしにはチンプンカンプンだった。そこで例の彼を呼ぶことにした。彼は典型的な

          立待月 第十話 (10/22)

          立待月 第九話 (9/22)

          九〈セイ〉 よく晴れた日の昼頃、ある作業を手伝うために欽ちゃんに行った。 「なんだい、文学少年かい」 会うなり、欽さんが僕の持っている内田百閒の随筆を見てそう冷やかした。 「最近、内田百閒にハマっているんですよ。まとめて五冊くらい買っちゃいました」 「聞いたことない作家だなあ。ちょっとさ、商品の補充とかしちゃうから適当に座って待ってて」 「了解しました。百閒は夏目漱石の門下生なんですよ。独特の文体が面白いんです。頓知がきいていて。ああ、こんな言い回しができたらなぁ

          立待月 第九話 (9/22)

          立待月 第八話 (8/22)

          八〈あやめ〉 「セイくん、今日ガールズバーに行ってるってよ」  欽ちゃんがいつもの調子で言った。わたしは今日も欽ちゃんで飲んでいる。 「はあ? なんで?」  いつもの調子で言ったつもりだったが、攻撃的な口調になってしまった。そりゃ知らない女ばっかりいるところに飲みに行ってたら腹も立ちますよ。 「わからない。さっき飲みにきて、これから行くって言ってたよ。理由を聞く前にさらっと一杯飲んで出ていった」 「なにそれー。それってさあ、気つけで飲んでいったんでしょ。セイがそん

          立待月 第八話 (8/22)