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Malen

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絵のない絵本。
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記事一覧

blue flower

ぼくの頭の中に広がっている海の中に、きみの声がおちる

ベルーガは灯台を越えて先へ

貝殻になったいくつかの夜が、爪先をかすめて波間へといそぐ

心臓の中にはいつだって夕暮れがつまっていたし

それが恋だと気づくには、あの子は少しばかり歩きすぎていた

「砂浜に咲くのは白い花だけだよ」

そのくちづけはあの青い花柄のスカートに似ていた

にんげん、と

呼ぶにはあま

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ブレックファースト

AM10:02の月明かりで服を編む
寝癖のうしろで魚が鳴く
豆の入ったスープと、遠くへ行った恋と
蜥蜴は蒲公英の根をよけて歩きながら
腰から羽が生えるのを待っている
前髪に腰掛けた昨日が頬杖をつく
だれかの言葉だけがその部屋に溢れていて
私の鼓膜はずっと凪いだまま
3334階のビルの屋上で
視界の端を猫が横切る
蕩けた沈黙にパンを浸して
ミルクと、

MILKY WAY

生まれることのできなかった涙が宙に凝って碧く光っている

列に遅れた紫陽花が七月の影を踏んで

悲しみの上澄みだけを黄昏に縫い止めている

帰ってこない手紙の返事が白く下唇をなぞって

かつて少女だった何かが、繋がろうとする熱を赤く隔てた

老人は燻されて銀に変わった骨を杖にして露店を眺める

虹彩から飛び立った鳥は夜に溶けていつかの笑い声になった

「ねえ、私たち、ま

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メイ

初夏
すべらかな白い二の腕をはしる
幼い溜息が屋根の上にのぼって
ミント・グリーンを街に降らせた
静寂ほど騒がしいものは他になく
サンダルに溜まった透明を濁らせる
ゆれる白昼夢
そう思っていたものこそが世界
かつて誰かに背中を刺された人が、愛に名前をつけた
そのときからずっと私の幻肢痛は消えない
唇に拒まれたままの声は
死にかけの昆虫のように脊髄の周りを回っている
足裏を青が脈打つ
生命は皆、何か

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鶏頭

少女/頭、には火が灯っていた
少女/暗
少女/舌の上でアマニガを転が、す
少女/(別たれず)
少女/人、の、言葉
少女/削られて
少女/赤紫の天井
少女/に
少女/黒いプリーツは悲鳴
少女/「すべてはとうにておくれでした」
少女/固まった脚
少女/反転
少女/強風、と
少女/120円
少女/…返り血なのだ、わたしは
少女/"まあ"
少女/うつくしいものうつくしいひとうつくしいこと
少女/融
少女/

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越冬

遠雷

グレイ・スカイ
海鳴り

束の間の陽光
窓を叩く

熊蜂

ハマダイコン
砂、砂、砂
貝殻
白い地球

水上の線路

揺れる瞳孔
遠くへ

遠く、へ

故郷よ
間延びした語尾よ
海の冷たさよ
空の高さよ

憎んだこともあった
お互いに
けれど
もう、征くのだ

最後まで大声で泣き続ける

あなたを残して

キスをするときの息遣いに混ざる

湿った白がすきだ

耳のすぐ上

絡む襤褸切れのような夜を

幾つもの縦線が入った爪が

何かを探すようにかき混ぜる

愛を噛む歯ざわりは切ない

絵画が淡く灰色がかる

首すじに肩が

わき腹に腿が

生き物の境界が擦れる度に

わたしたち、輪郭を亡っていく

目は、もう開けなくていい

ここにいるのだ

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夕と白雪

写真を撮ろうと思っていたのに、てのひらが冷気に押されてポケットに戻ってしまった

冬は沈黙が一番うつくしく歌う

重力の片隅でおどる白は視界を甘く満たすのに

口に吸い込んだとたん、咽をひっかいて咳をさそう

とおく、彼らの故郷に

いとしい人のおもかげのような朱がさす

「ああ、君らは春からきたんだね」

その奥に冬をかくした、甘く、やわらかなかたちに

薄紅をの

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