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情報世界と人生


せきぐち あいみ(VRアーティスト)

 「XR? メタバース? そんなこと言ってないで現実を生きろよ!」

 そんな声を聞くことがあります.

 では日頃,その現実とやらで全身が震えるような喜びの瞬間にどれほど立ち会ってるのかと問いたい.

 私は介護施設などでご高齢の方々にVRで作った作品を体験いただくことがあります.

 最初は得体の知れない機械を拒絶する方もいらっしゃるが,見たあとは皆さん物凄く喜んでくださる.

 「普段ね,ちょっとした段差があるところでさえ行けないの.なのに,こうして見たこともない世界や思い出の場所に行けるなんてすごく嬉しい」

 目を輝かせ,温度の乗った言葉が返ってくる.顔色が変わり,時には涙を流してくれる方もいる.

 改めてなんて素晴らしい技術だろうと再認識します.

 もちろん,物理的に行きたい場所に行ければそれが最高である.その場の空気を肌で感じたい.

 でもそれが叶わないとき,擬似的にでも行きたい場所に行け,擬似的にでも愛する人に会える.

 それは人生にとってどれほど豊かなことだろう.

 そこには擬似ではなく確かな喜びが実在する.年齢や障害を超え,国境や文化を超え,ルッキズムを超え,現実世界でのあらゆる制約を超え……挙げればキリがないほど人生を拡張してくれる可能性に満ちている.

 私自身も想像力と創作活動を解放され,人生を拡張された1人です.XRやメタバースを語る際,枕詞に次のようなワードが用いられることがあります.

 「ブルーオーシャン! ビジネスチャンス!」それはあくまであとから付随してくるほんの一部の話であり,私たち人類の可能性そのものをあらゆる側面から広げてくれるとてつもないものであると私は体感しています.人類というと主語が大きいように感じるかもしれませんが,むしろ使いようによっては環境も大きく変えていけるので地球という主語にしてもよいくらいではないでしょうか.

追伸
 中卒で生きてくとゴネる私を情報処理科の高校に行かせてくれた両親のおかげでこの世界に触れられました! 感謝です.

(「情報処理」2024年6月号掲載)

■ せきぐち あいみ
 2016年よりVR空間に3Dアートを描くアーティストとして活動.世界11カ国からオファーを受けアート制作やライブペイントのパフォーマンスを行う.2021年,Forbes JAPAN 100選出.