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障がい者が主体的に楽器演奏学習を継続するための支援に関する研究

2022年度研究会推薦博士論文速報
[アクセシビリティ研究会]

西ノ平 志子 
(三重大学 リサーチフェロー/曽野幼稚園 主任/音楽療法士)

■キーワード
障がい者/楽器演奏学習/上肢機能リハビリテーション

【背景】楽器演奏学習に主体的に取り組むことで,生きがいができ,豊かな人生になる
【問題】障がいがあるのでやりたい楽器ができない,楽器演奏学習が継続しない
【貢献】演奏支援装置を開発し,主体的な楽器演奏学習の支援方法を示した

 一人ひとりがより豊かな人生を送ることができる持続可能な社会づくりを進めるためには,障がい者が主体的に学び続けるための支援が必要である.本論文では,上肢身体障がい者が自分の弾きたい楽器をすぐに演奏できて,かつ演奏の上達を実感できるように配慮した,楽器に装着する支援装置を提案し,障がい者による主体的な楽器演奏練習の継続を検証することで,障がい者の楽器演奏学習支援の在り方を明らかにした.
 
 まず,障がい者が楽器演奏をするために,従来からある支援方法を,楽器演奏に必要な身体機能に着目し分類した.これらの支援方法における課題から,障がい者が演奏したい楽器を主体的,継続的に演奏練習するための要求として以下を挙げた.

  • 弾きたい既存の楽器をすぐに弾くことができる

  • 本来の演奏動作と似た演奏動作になるよう支援することで,既存の情報を共有できる

  • 演奏スキルの支援をせず,演奏動作の支援のみにすることで,楽器演奏の上達を実感できる

 これらの要求を満たす支援装置をF-Ready(フレディ)と定義し,F-Readyの一例として,アコースティックギターの演奏支援装置を開発した.また,この支援装置に対して障がい者11名を対象に上記の要求の検証をした.F-Readyを使ったギター演奏練習は,既存の楽器(ギター)の本来の演奏動作に似ていることから,ギターを弾きたいという希望を叶え,すぐに演奏できて,さらに演奏スキルを支援していないことから,上達のポテンシャルが残っており,障がい者にもっと練習したいと思わせるものであることが示された.さらに,障がい者1名を対象に,長期にわたり,頚髄損傷の重度障がい者にF-Readyを装着したギターを自由に練習してもらう実験を行った.その結果,その重度障がい者は1年以上,主体的な練習を継続した.体性感覚の向上や上肢動作の巧緻性が向上し,上肢を自ら上げたまま維持できる時間が長くなるなどの上肢機能の回復が見られた.日常生活においても,自主的に人前での演奏披露をするなど,演奏学習に意欲的である姿が見られた.このように楽器演奏練習へのモチベーションが維持されたのは,F-Readyは上達を実感できる演奏支援であるからだと考えられた.
 
 楽器演奏練習は,音楽に合わせて演奏動作を繰り返すことである.そのため,演奏練習を継続することで,身体のリハビリテーション効果も期待できる.

 ギター弦を押さえる手の動きを可視化できるようF-Readyを改良し,被験者1名に対して,楽器演奏によるリハビリテーション効果検証をした.3カ月間の自主的な演奏練習により,手の動きの巧緻性が向上したことが示された.F-Readyを使用することで,主体的な楽器演奏練習や意欲的な音楽学習を支援できる可能性が示された.さらに,回復維持期である障がい者でも,F-Readyが装着された楽器による練習により,リハビリテーションの効果が期待できる可能性が示唆された.

(2023年5月30日受付)
(2023年8月15日note公開)

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 取得年月:2023年3月
 学位種別:博士(学術)
 大学:佐賀大学
 正会員

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推薦文[メディア知能情報領域]アクセシビリティ研究会
障がい者の楽器演奏学習の支援手法を提案し,ギターに装着する支援装置を開発した.長期使用実験では,上肢障がいのある対象者が主体的に練習を継続し,リハビリテーションの効果も明らかになった.本研究は楽器演奏学習の支援の在り方に一石を投じることにより,生涯学習や生活の質の向上にも貢献できることを示したといえる.

研究生活  障がい者デイサービスで,脳性麻痺の障がいがある若い男性2人が,私が持参したアコースティックギターを見て「かっこええなぁ,やってみたいなぁ」と…….

この研究は,障がい者の「アコースティックギターを弾きたい」という気持ちを叶えたいという現場の声が始まりです.施設では,障がい者のほかにも介助士,理学療法士,作業療法士など,さまざまな職種の方が一緒に生活されています.研究を進める過程で,それぞれの立場や知見を尊重し,私自身も専門的な知識や現場での声から学ぶことを重視しました.そのおかげで,現場でのリアクションを感じながら長期的な検証ができました.
 
 博士課程では社会人学生として,仕事と研究活動を両立するために多くの方々に助けていただきました.昼夜問わず,親身になってご指導いただいた,佐賀大学の中山功一准教授,三重大学の松井博和助教,大島千佳博士をはじめ,ご協力いただいた皆様に感謝いたします.