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カルタフィルスかもしれない人たち

 「さまよえるユダヤ人」は作家たちの創作意欲をかきたてる題材のようで、彼の伝説を耳にした作り手は作品にせずにはいられないらしい。

シュレーゲーもシャミッソーもウージューヌ・シューもE・キネも、さまよえるユダヤ人を題材に作品の構想を練ったし、フランスの挿絵画家ギュスターヌ・ヴ・ドレは木版画に靴屋のアハスエールスを描いた。ボルヘスの『不死の人』にはカルタフィルスなる人物が登場するし、マチューソンの『放浪者メルモス』の基底にはさまよえるユダヤ人の存在がある。ゲーテは『詩と真実』の中で「永遠のユダヤ人」の構想について回想している。日本では芥川龍之介も作品化した。

聖書を創作と呼ぶつもりはないけれど、ここにもアハスエールスが登場する。ところでアハスエールスは、もとはペルシアの名前だから歴史にならうならクセルクセスと呼ぶのが正しいかもしれない。
で、その一人というのがアケメネス朝ペルシアのクセルクセス一世。ダニエル書9章に登場するメディア人、ダリウルの父にあたる人物。
それから、エズラ記に登場するバビロン捕囚からイスラエルを解放し、帰還を許可したペルシア王の後継者(彼はカンビュセス二世との説もある)で、王の子孫(あるいは隠し子?)。これこそ靴屋のアハスエールスではないかとの説。

世界各地に姿を見せるこのユダヤ人は同一人物なのだろうか。
あるいは、安住の地を与えられることなく世界各地に散らばることを余儀なくされたユダヤ人の歴史や運命を読みとることもできるかもしれない。歴史家のポール・ジョンソンもさまよえるユダヤ人の伝説の背景にユダヤ人の流動化の歴史があると指摘していた。

最後にもう一人、さまよえるユダヤ人(かもしれない人物)を紹介しておこうかな。
シュロモ・イブン・ヴェルガ(1450-1525年頃)はマラガに生まれ、スペイン、ポルトガルを追われてイタリアにたどり着いた。最終的にどこに落ち着いたかは分からないけれど、しばらくローマにいたとの情報がある。つまるところ、放浪者だ。付け加えるなら、ヴェルガは『イェフダの血統』なる本を書いていて、ここには64件におよぶユダヤ人の迫害が記されている。人はなぜユダヤ人を嫌うのか、ヴェルガは読者に問いかける。

もしかすると彼こそがさまよえるユダヤ人だったりするのだろうか。

(終)


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