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百二十六話 敵に地の利

 湖南省は山が多い。道路は山間にあり、平坦だった河南省とわけがちがう。そのため、十メートルくらい間隔を空けて中隊は進んだ。
 なぜなら、敵が見通せないからだ。地の利がある國府軍は、山の上の両側に陣地を構え、適宜迫撃砲を射ち込んで来る。油断も隙もあったものではない。直撃は勿論、破片や土砂を浴びても死に直結する。
 さらに、湖南省に入ってからは敵の制空権下だ。これまでは、友軍の制空権下だったため、上空からの掃射後に地上攻撃を始めたり、偵察機で航空写真を撮って地図を作ることも出来た。
 しかし、敵制空権下と在っては、そのような芸当は一切通用しない。というか、出来ない。逆に、米空軍機から掃射を受ける身に在る。
 中隊は、地図なき道を進み、身を研ぎ澄ませた。

 夜になると國府軍は、山頂で松明を燃やす。連絡を取り合っているのだ。 その間を抜ける時など、気持ち悪くてならない。
 一方、こちらが、飯盒炊飯で火を燃やす時も気が気ではない。制空権下で、かつ地の利のある國府軍がいつ近付いて来るかわからないからだ。
 見つかったら最期。いずれにしても一斉にチェコ機銃を射ち込んで来る。したがって、腹が空いても飯を焚くことが出来なかった。
 
 そんな極限の空腹&精神状態の中、行軍は遅れていた。しかし、遅れは先で戦う友軍の死、果ては内地に危機を招く。
 何が何でも遅れていた分を取り戻さなければいけない。聯隊一同、おびただしい数の戦死体を残しながらも敵を追い、山合の小道を急進した。

 源塘、白竺を通過。しかし、上村部落南方一キロの梨樹庙なしじゅびょうに通ずる隘路あいろで、一歩も前に進めなくなる。
 敵七十三軍三個師団が、標高七、八十メートルの山の上に何基もトーチカを作って待ち構えていたのだ。
 兵力約四十万。我が聯隊の十倍近い。
 敵はここぞとばかりに逆襲して来た。トーチカから、山砲や迫撃砲、チェコ機関銃が一斉に火を吹く。必死の進撃を見せていた友軍の先頭は、猛然なる掃射を浴びた。

 一メートルたりとも進めない。
 左右にクリークがある。地形上通らざる得ない隘路――敵は要所を締めていた。満を持して、我が軍をみなごろしにしようとしている。
 聯隊は、またも死傷者を出しつつ、無我夢中で山の上に布陣。手前に芋畠がある二百メートルほどの野原を挟んで、両軍が対峙する。進みようのない最悪の状態となった。

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