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模擬面接(プリントゴッコの思い出)

中学3年の冬休み前、漫画を買いに本屋に行こうとすると、母に「プリントゴッコのイラスト集を買ってきて」と頼まれた。
もう年賀状づくりに取りかからなければならない時期だった。

プリントゴッコとは、年賀状をつくるための家庭用の印刷機だ。2000年代にパソコンが普及するまでは、みんなプリントゴッコで年賀状をつくっていた。その仕組みはつぎのようなものである。

原稿を炭素(カーボン)を含んだ筆記具で書き、本体に原稿と原版用のフィルム(マスター)をセットし、フラッシュランプを外側にセットして押しつけ、ランプを光らせてその熱でフィルムに転写させる。転写させた部分は細かい穴を持つ半透過のスクリーンとなる。

マスターの上に、チューブに入った専用のインクを盛り、再び本体にセットして押すことで、インクがマスターに開いた細かい穴からしみ出して、はがきなどに印刷することができる。

ニコニコ大百科より

当時、プリントゴッコのイラスト集というものが売っていた。わざわざ下手くそな絵や文字を書かなくても、さまざまなイラストやテキストが用意されていた。

夕食のあと、買ってきたイラスト集をパラパラとめくった。私もそろそろ年賀状の準備をしなければならなかった。来年は寅年とらどしであり、なかには趣向を凝らした虎のイラストがならんでいた。

「お母さんはどれにするん?」

すると、母は焼いたもちがふくらんで虎の顔になったイラストを指さした。

ページをめくっていくと、新年の抱負を箇条書きにできるイラストを見つけた。
受験の決意表明にぴったりだった。進路調査票を出したばかりで私は燃えていた。

  • M高絶対合格!

  • M高の軽音部に入ってバンドを組み、文化祭のステージで演奏して女子にキャーキャー言われる。

  • ファンに告られる。原付の免許をとって彼女をうしろに乗せ、呉までドライブして呉ポー(呉ポートピアランド)でデート。

  • 童貞卒業!


私は新年の抱負を年賀状にしたためると、プリントゴッコで印刷して友人に送った。

7色のインクをならべてレインボーカラーにし、「童貞卒業!」の部分だけ金色のインクを使った。アホまる出しだが、当時の私は真剣だった。

年が明けると、学校で模擬もぎ面接が行われた。
M高校の試験に面接はなかったが、第2志望のK高校には面接があり、私も受けることにした。

「なぜあなたはわが校を志望したのですか?」

一礼して着席すると、面接官役の担任の先生に質問された。

「はい」と大きく返事をして、私は「御校は私のあこがれであり、ずっと目標にして勉強してまいりました」とハキハキと答えた。

「嘘はよくないですねえ」

先生は顔をくもらせて言った。「あなたの第1志望はM高校のはずですが」

たしかに進路調査票にはそう書いたが、この場で持ち出すことはないだろう。K高校の面接官にはわからないのだから。

「本校に入学してやりたいことはなんですか?」

先生はつぎの質問に移った。私は気をとりなおし、

「英語の勉強をがんばりたいです。英検2級の取得をめざして勉強したいと思います」

「ほかに取りたい資格や免許は?」

「ほかには……とくにありません」

「原付の免許」と言いかけたが、面接で口にするのはまずい気がした。話をそらして、

「あと御校に入学したら、ESS(English Speaking Society)部に入って、より実践じっせん的な英語を学びたいと思います」

「ん?」

先生は眉をひそめた。「軽音楽部に入りたいんじゃなかったのか?」

そんなこと進路調査票に書いたっけ? 私が冷や汗をかいていると、

「ほかにやりたいことは?」

「体育祭や文化祭の実行委員会に入って――」

「実行委員じゃなくて、文化祭のステージで女子生徒にキャーキャー言われたいんだろ?」

先生は私の発言をさえぎり、1枚のはがきをかざした。蛍光灯の下、「童貞卒業!」の文字が金色に輝いている。私は血の気を失った。

「こんなふざけた年賀状を教師に送ってくるな!」

先生は顔をまっ赤にし、声を荒らげた。

年賀状を出すとき、母に「先生には送らないの?」とかれ、「テキトーに送っといて」と言っていた。
「母の年賀状を出しといて」という意味だったが、なにか手違いがあったようだ。

「……すみません」

私は平謝りにあやまった。

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