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代理告白(ゴールデンウィークの思い出)

中学生になると井本くんと一緒に登校するようになった。
毎朝、井本くんが家に迎えにきてくれたが、もともとは田島くんも入れた3人で登校していた。3人ともクラスは別だった。

井本くんと一緒に田島くんのマンションに行くと、田島くんはいつも準備ができておらず待たされた。
井本くんとは小学校のころから仲がよかったが、田島くんとは家が近所というだけだったので、しだいに井本くんと2人で登校するようになった。

井本くんは中学に入ってから眉毛をるようになり、小学生のころは決してしなかったエッチな話をするようになった。

異性に興味が芽生めばえるのはみんな同じで、私のクラスでも好きな人の話で持ちきりだった。
厄介やっかいなのはクラスの仲間うちで〝代理告白〟が流行はやったことだ。

代理告白とはその名のとおり、本人になり代わって勝手に告白するいらずらだ。「Aさんのことが好きだって、Bが言いよったで」といった具合に。私もその被害者だった。

となりの席になった女子といい感じになっていたが、あるときから急によそよそしくなり、話してくれなくなった。
彼女のことが好きだと私が打ち明けていた友人が、代理告白したことが原因のようだった。

失意のうちに学校から帰っていると、家の近くで田島くんとはち合わせをした。
「朝、まだ井本と一緒に学校行っとん?」と田島くん。そうだと答えると、「あいつ、お前のクラスの西沢さんが好きらしいで」と教えてくれた。

なぜ親友の私には内緒にしておいて、田島くんにだけ話したのだろう。裏切られた思いだった。

5月に入ると、井本くんがフラワーフェスティバルに誘ってきた。フラワーフェスティバルとは、毎年ゴールデンウィークにやっている広島の一大イベントだ。
私は小学生のころから行っているので飽きていたが、井本くんの熱意に押されて行くことにした。

家に迎えにきてくれた井本くんは、はじめ誰だかわからなかった。

「なんか目が変じゃない?」

目の細い井本くんが二重まぶたになっていた。「気のせいだろ」と井本くんは答えたが、まぶたがキラキラと光っている。セロハンテープのようなものが貼ってあった。

フラワーフェスティバルの会場に入ると、シンボルの〝花の塔〟が見えてきた。9000鉢の花をならべた円錐えんすい形の塔だったが、そんなものには目もくれず屋台をはしごした。

焼き鳥を食べていると、「パレード見に行こうで」と井本くんが言った。

「それよりステージ見ようで。今年のフラワー歌手はマルシアなんと」

芸能人なんてめったに見られないのに、井本くんは聞く耳をもたない。パレードが行われている平和大通りへずんずん歩いていった。

さまざまな花車やマーチングバンドが行進するなか、きらびやかなバトンの一団が道をやってくる。
井本くんの目が釘づけになった。新体操のようなメイクと衣装で、一糸乱れぬ演技を披露ひろうする。バトンが宙を舞うと初夏の日射しを受けて光った。

いつか西沢さんが机にバトンケースをかけていたのを思い出した。
この一団は西沢さんが通っているバトン教室なのだろう。井本くんは西沢さん目当てでフラワーフェスティバルに行こうと言い出したのだ。

派手なメイクのせいで、私にはどれが西沢さんかわからなかったが、井本くんはセロハンテープががれるくらい、熱心にパレードの一団を見つづけた。

フラワーフェスティバルの最終日の夜、〝花の塔〟の鉢植えが市民に無料で配られる。私は園芸好きの祖母に頼まれて列にならんだ。

パンジーやカーネーションの入った袋を両手にさげて帰ろうとすると、西沢さんに出くわした。彼女も鉢植えを抱えていた。

「箱男くん、今年フラワーフェスティバル行った?」とかれ、「初日に井本と行った」と答えた。そこから井本くんの話題になると、代理告白のことを思い出した。

西沢さんが好きなことを田島くんだけに話して、私には教えてくれなかったことがショックだったので、お返ししてやろうと思った。

「井本が西沢さんのこと好きなんだって」と口にすると、西沢さんは黙ってうつむいた。表情は宵闇よいやみのなかに沈んでいる。

「パレードんときも西沢さんのことずっと見よったわ」とつけ加えると、西沢さんは「あたし、パレードなんか出とらんけど」と顔をあげた。

机にかけていたバトンは、1学年上の姉のものを預かっていただけだという。井本くんが好きなのは別のバトンの人だったのだ。別れを告げると、私はそそくさと家に引き返した。

次の日も井本くんは迎えにきたが、私は罪悪感でいっぱいだった。好きでもない人に代理告白してしまった。このときの井本くんはいつも通りだったが、翌朝には事態は急変していた。

「きのうお前のクラスの女子から告られた。ほら、西沢さん」と井本くん。私は口をあんぐりさせた。西沢さんは井本くんのことが好きだったのだ。

「なんて返事したん?」

西沢さんに申し訳ないことをしたと反省していると、井本くんは「断る理由ないだろ。彼女おらんし」と答えた。

びっくりして「バトンのパレードに出とった人が好きなんじゃないん?」と訊くと、井本くんは「はあ? パレードは衣装のハイレグ見たかっただけで……」と照れくさそうに言った。

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