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7年前に好きだったあの子からの手紙

引っ越しのための片付けをしていると、7年前の手紙が出てきた。差出人は当時好きだったあの子。7年前の夏、僕は恋をしていた。あの頃の僕は進路に悩むどこにでもいる高校生で、彼女は別の高校に通う中学の頃の同級生だった。

まさか7年後、再び将来に悩むことになろうだなんて、あの頃には思いもしなかった。僕は新卒で入った会社を辞めたばかりだった。文書を書く仕事がしたくて、小さな広告制作会社にコピーライターとして就職した。仕事はとても忙しく、日に日にストレスが積み重なっていった。ある日、カードローンのサイトの文章を書いているとき、仕事中、何度も襲われるあの言葉が振ってきた。
「僕は何をしているのだろう」
いつもはこう思ったとしても、その思いはすぐに頭の片隅に追いやって続けてこれた。だけどあの日は、なぜかふと「辞めよう」と思ったのだ。そして僕は会社を辞めて、実家に帰ることにした。

7年前のあの子からの手紙には、僕が書いた小説の感想が書いてあった。それは僕が初めて書いた小説で、彼女が最初の読者だった。読み返すと、恥ずかしくも嬉しい内容で、当時の思い出が蘇る。高校生の頃、僕は小説家になりたかったのだ。

中学の同級生だった彼女とは、高3の夏から通い始めた予備校で再会した。2年半ぶりに会った彼女はすっかり大人びていたけど、あの屈託のない笑顔が変わっていないことに安心を覚えた。地元が一緒の僕たちは、予備校で勉強をしたあと、一緒に帰るようになった。TSUTAYAに寄って、好きな映画を薦め合ったり、進路関連の本のコーナーで勉強の話をしたり、将来の話をした。

「私、『リリイ・シュシュのすべて』みたいな映画に出ることが夢なんだ」
彼女はTSUTAYAのレンタルコーナーでDVDを見ながら、そう言った。彼女は既に役者として活動していて、インディーズ映画で主演を務めてもいた。そんな彼女の語る夢は、明確な道筋のある夢のように見えた。彼女の姿を見て、僕は漠然と抱いていた憧れを思わず口に出していた。小説家になりたい。それは今思えばただの見栄だったのかもしれない。だけどその見栄を本当にするために、僕は実際に小説を書いた。ただ彼女に見せるだけのために。

新学期が始まった頃、彼女はAO入試で希望の大学に合格した。彼女が予備校に来る必要はもうなかった。あの夏、僕は告白するべきだったのかもしれない。だけどできなかった。そのかわりに、夏のあいだに書き上げた小説を渡した。夏が終わり秋になって、彼女から手紙が届いた。長くなるから、という理由でメールではなく、手紙で感想を書いてくれていた。そこには率直な感想のあとに「続きが読みたい」と書かれていた。続きを書こう。書き上げたら、彼女に渡し、そのときこそ告白しよう。そう思っていたけど、結局、僕は続きを書き上げることはできなくて、手紙に返事を書くこともなかった。

そして7年が過ぎて、いま僕の手元にあのときの手紙がある。彼女とはあれから会うことはなかった。僕も彼女も高校卒業後、東京の大学に行った。それからしばらくして、彼女は芸能事務所に所属し、ある映画に出演、一躍、人気女優となった。彼女の姿はたまにテレビや映画で目にする。SNSだってチェックしている。もう、どこかで偶然、彼女と会ったとしても気づかれないかもしれない。僕は手紙に返事を出さず、あの頃の夢を叶えることはできなかった。

もしあのとき、小説の続きを書き上げて、手紙の返事を書いていたら? 何かが変わっていたのだろうか? わからない。7年越しの後悔がこみ上げてくる。平成最後の夏は、既に終わりつつあった。ダンボールが積まれた部屋の中で、僕はノートパソコンを机に開く。いま書かなければいけない。そう思った。

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