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『宇宙船地球号 操縦マニュアル』フラーのデザインサイエンスはスティーブ・ジョブズのミーム(技術の歴史)

 バックミンスター・フラーが生きた時代は1895年から1983年だ。本書が出版されたのは1969年。アメリカでは、北ベトナムへの空爆が強化され、アポロ11号が月面に着陸した。日本では東大の安田講堂が占拠され、新宿西口で機動隊と学生が衝突した年だ。

 ジュブズのハーバード大学の演説で有名になった「stay hungry, stay foolish」は『ホール・アース・カタログ』の裏面に掲載されていた。この雑誌の立ち上げメンバーであるJ・ボールドウィンが19歳のとき、彼のいた大学の建築科がフラーの講演会を催した。

 夜7時にはじまったフラーの講義は、猛烈な勢いでしゃべりまくり、話はどんどん飛ぶ。植樹するようにビルを建てる方法、空飛ぶ車、2、3リットルしか水を使わないシャワー、オクテット・トラスなど、つぎつぎと自分のアイデアを語っていった。なんと、講義は真夜中まで続いた。600名ほどいた聴衆は1ダースになったとき、フラーはみんなにまだ続けて欲しいかと尋ねたという。

 そこから彼は、『宇宙船地球号 操作マニュアル』『シスナジェティクス』『クリティカル・パス』などに書かれた彼の考えのエッセンスを学生たちに伝えた。質問に答え、意見を求め、気がついたら朝日が差し込む、連続14時間の講義だった。

 人類の目的はエントロピーのバランスを保つことだから、エントロピー的な仕事につくことは避けなければなたないとした。この地球の存在理由を理解し、その役割を果たしていれば、宇宙が面倒を見てくれる。自分には貯金もないし、保険も退職金ない。金は全部仕事につぎ込んだ。そういって空のポケットを見せた。学生たちはフラーの朝食代を払ってやったという。「stay hungry, stay foolish」はこのフラーのエピソードから生まれたのだろう。

 フラーは、私たちの偏狭な近視眼的な専門分野だけに終始している日常を船が難破したときに例えている。救命ボートもなく、見るとピアノの上板が流れてくる。これが思いがけない救命ボートになる。このような思いつきを解決策としている私たちは、長期的なデザインサイエンスを必要としている。デザインサイエンスとは一般システム理論をベースにした考え方だ。これによって、25年程度ならそれなりに正しい未来が予測できる。どんな発明という金属も25年で世界に溶け込み、その後、新たな使われ方を見出して、再び世界を回りはじめるからだ。

 フラーは私たちの失敗の要因を、専門分野が包括的な思考を妨げることに気がつかず、この社会が、専門文化こそ、成功の鍵と考えていること、としている。大学はすべて、ますます細かく細分化するように組織化され、それが望ましいことだと社会は思い込む。けれど、小さな子ども見れば明らかなように、彼らは何でも興味をもち、すべてを理解し、すべてを統合しようとする欲求をもつ。人生の生の輝きとして、それ以上のものがあるだろか、と。

 王立師範学校をつくり、あらゆる者の仕事を心にとめるのは、ただひとり、私だけでいいと、大海賊の統治者である王はいう。これこそが、学校や大学のはじまり、専門分化のはじまりだ。専門分化とは、奴隷状態のおしゃれな変形にすぎない。エキスパートは社会的、文化的にみて好ましい、かなり安全な生涯続く地位にあるという幻想をもたされ、奴隷状態を受け入れることになる。生物においても同系交配と専門分化は、常に適応能力を殺してしまう。

 人間は生来の「包括的な能力」を復旧し、活用し、楽しむように求められているのだ。「宇宙船地球号」と宇宙の全体性に対処することが、私たちすべての課題となるだろう。とりわけ重要なことは、宇宙船地球号には、取り扱い説明書がない、ということだ。

 太陽から貯めるのに何十億年もかかった化石燃料を燃やしてそのエネルギー貯金だけに頼って生きるのか、あるいは宇宙船地球号の原子を燃やして、私たちの資本を食いつぶして生きるのか、どちらにしても、それでは後の世代の人間に対して、まったく無知、完全に無責任というものだ。宇宙船地球号に積み立てられた化石燃料は、自動車で言えばバッテリーにあたる。メインエンジンのセルフスターターを始動させるためのエネルギーを貯えておかなければならないものだ。

 私たちのメインエンジン、つまり、生命の再生プロセスは、風や海の満ち引き、水の力、さらには直接太陽からやってくる放射エネルギーを通じて、日々膨大に得られるエネルギー収入だけでのみ動かなければならない。私たちが原子炉からのエネルギーに頼り、自分たちの宇宙船の本体や装備を燃やしてしまう愚さえ犯さなければ、宇宙船地球号に乗った乗客がお互い干渉し合うこともなく、他人を犠牲に誰かが
利益を得たりすることもなく、この船全体を満喫することは十分実現可能だ。

 「宇宙船地球号」と、放射供給船「太陽号」と、重力によって地球を揺さぶる交流発生機「月号」があり、これらが一緒になって、私たちの生命維持システムの基本的発生機、再発生機が構成されている。太陽から私たちの宇宙船にやってくる放射エネルギーをうまく貯えていかないかぎり、生命を維持することなんかできないじゃないか、ということもわからなければならない。

 本書は2回読んだ。これからも読むだろう。つまり、名著である。


 

 


 


Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。