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諸不思議とは 130

明治に活躍した「南方熊楠」という人を知っているでしょうか?
彼の興味は動物学や植物学の科学だけでなく宗教、哲学、社会制度、慣習、性風俗、心霊現象まであり、森羅万象を知り尽くそうというエネルギーに溢れていたそうです。

★南方熊楠について

生年月日: 1867年5月18日
没年月日: 1941年12月29日
概要: 南方熊楠は、日本の博物学者、民俗学者、宗教研究者、粘菌研究者として広く知られています。彼の業績は多岐にわたり、特に粘菌の研究で国際的に評価されました。
業績
・博物学
: 南方は、植物学、動物学、菌類学などの広範な分野で顕著な研究を行いました。特に粘菌(Myxomycetes)の研究で有名で、多くの新種を発見しました。
民俗学: 日本の民俗伝承や風習についても深い洞察を持ち、数多くのフィールドワークを行いました。
宗教研究: 仏教や神道に関する研究も行い、特に日本の宗教文化に対する理解を深めました。
環境保護: 南方は自然保護活動にも関心を持ち、森や湿地の保存に努めました。

彼は早朝から那智の大自然の中で植物採集をして、自分の研究を話す相手もいない毎日を過ごし、彼を理解できる人はほとんどいなかったようです。
そのなかで唯一彼が心を開いて話せたのは、栂尾(とがのお)高山寺の住職をしていた(後の真言宗・高野山管長)土宜 法龍(とき ほうりゅう)でした。

★土宜法龍について

生年月日: 1867年10月12日
没年月日: 1947年5月18日
概要: 土宜法龍は、浄土真宗の僧侶であり、文学者としても著名です。彼は宗教家としての活動と同時に、日本の伝統文化の保護と振興に貢献しました。

業績:
宗教活動: 浄土真宗の教えを広める活動を行い、寺院の運営や教育にも力を入れました。
文学: 多くの詩や随筆を執筆し、文学界においても一目置かれる存在でした。
文化保護: 日本の伝統的な文化や風習の保存に努め、文化財の保護活動を推進しました。

★南方熊楠と土宜法龍の関係

南方熊楠と土宜法龍は、同時代に生きたことから互いの活動に影響を受けることもありました。具体的な交流の記録は多くありませんが、以下の点で共通する部分があります。

  1. 文化保護への関心: 両者ともに日本の伝統文化や自然環境の保護に強い関心を持ち、それぞれの立場から活動を展開しました。

  2. 学際的なアプローチ: 熊楠が科学と宗教を結びつけた研究を行ったのに対し、法龍も宗教家でありながら文学や文化保護に貢献した点で、学際的な視点を持っていました。

結論

南方熊楠と土宜法龍は、それぞれ異なる分野で活躍しながらも、日本の文化と自然を守り、後世に伝えることに尽力しました。彼らの業績は現代においても高く評価されており、その影響を広く与えています。
ロンドン時代に2人は出会い、帰国後離れていましたが1903年7月~8月の間、密度の濃い書簡を交わしています。

有名な南方曼荼羅の思想が生まれたのは、土宜 法龍(とき ほうりゅう)との書簡によってです。もし、熊楠の書簡が破棄されていたなら南方曼荼羅は世に知られることはなかったそうです。

熊楠は、いかに心と物がまじわって事が起きるのか真実を究めようとしました。世間の科学者や哲学者のように、心と物をバラバラに見ていては本質をつかむことはできません。

「さて物心事の上に理不思議がある。これはちょっと今はいわぬ方よろしかろうと思う。右述のごとく精神疲れおれば十分に言いあらわし得ぬゆえなり。これらの諸不思議は、不思議と称するものの、大いに大日如来の大不思議と異にして、法則だに立たんには、必ず人智にて知りうるものと思考す。」

熊楠書簡

熊楠は、世界で起きている現象を、諸不思議といっています。
真言密教では、究極の悟りを開くことを即身成仏(そくしんじょうぶつ)といっています。
空海はそれを「重重帝網なるを即身と名づく」といいました。

曼荼羅は、あらゆるものすべてに仏性が含まれることの理解と体験を助けるために、象徴的に表現されました。

マンダラ(曼荼羅)
マンダは、サンスクリット語で「本質」「真実」の意味があり、ラは所有なので、曼荼羅は本質を得るという意味になります。
漢訳は、輪円具足(りんえんぐそく)と訳され「円」「全体」の意味もあります。
「道場」という悟りをうる場所の意味にもなっています。

南方曼荼羅は、カテゴリーが異なる物不思議、心不思議、事不思議、理不思議どうしが、たがいにつながり結びあって多元的な重層構造をなす大日如来の大不思議、という全体構造になっています。

粒子が生成消滅を繰り返し「非存在」と「存在」の間をゆらいでいる無の状態から、物質宇宙が誕生すると現代物理学が説明しているように、熊楠は大日如来の大不思議から、「心」と「物」が同時に生まれてくると言っています。

大日如来(Mahāvairocana)は密教の最高位の仏で華厳経の毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ・Vairocana)と同一視されています。

大日如来は三つの性質を持っています。
・除闇遍明( じょあん へんみょう) はあまねく宇宙を照らして闇を取り除き
・能成衆務(のうじょうしゅむ)はあらゆる物事を生起させ
・光無生滅(こうむしょうめつ)は尽きることのない永遠の光
闇というのは光の不在のことで、仏教で煩悩に囚われていることを無明といっています。
煩悩を打ち消す光のことを智といってます。
般若心経の般若(プラジュニャー)智慧のことです。

あらゆる事象が泡のように、はかなく実体がないことを洞察する智慧(プラジュニャー)によって、すべての悩みや苦しみは解放されます。
光は全宇宙をあまねく照らしていますが、自我は常に思考という雲で光を覆っているので大日如来の光に気がつかないのです。

熊楠は大日如来に過去や未来はなく、空間もないと理解していました。
熊楠が語る大日如来とは、人間の知性の産物の概念ではなく、「心」と「物」を生み出す力であり宇宙全体を内包して、さらにすべての不思議を超えた実在のことだと言っています。

「大日如来は天然に宇宙のみならず、宇宙を包蔵してなんとも感ぜぬほどの大なるところに存するものなり」南方熊楠

物とは自然科学の対象となる物質世界のことで、心は人間の精神の作用です。熊楠は、心と物が関係して交わるところに事が生じると言っています。理不思議はそれらの不思議を超えたところの世界のことです。
諸不思議が一番多く交じわる点を、熊楠は萃点(すいてん)と言っています。

『(因果は断えず、大日は常住なり。心に受けたるの早晩より時を生ず。大日に取りては現在あるのみ。過去、未来一切なし。人間の見様と全く反す。空間また然り。)故に、今日の科学、因果が分かるが、縁が分からぬ。この縁を研究するがわれわれの任なり。しかして、縁は因果と因果の錯雑して生ずるものなれば、諸因果総体の一層上の因果を求むるがわれわれの任なり』熊楠書簡

熊楠によると、科学は因果をわかっているが縁をわかっていないという。
時空を超えた現象は通常の科学では捉えられないから。
全ての現象は、複雑に関連しあい未知の存在は内在する「理不思議」の力によって、予測することができるのです。
そのことを
「事物心一切至極のところを見んには、その至極のところに直入するの外なし」
と言っています。

大日如来の大不思議の説明は
・インド哲学のアートマン=ブラフマン
・カバラのアイン・ソフ
・万物の根源である道教の無、あらゆるものを生み出した神、新プラトン主義の一者(the One)
とよく似ています。

「布団かぶりあるに目の前明るし、それにあるものを見るに見えず、また布団のシワ等の影もなし、明るきこと水銀の如し」南方熊楠

思考が静まって瞑想状態に入ると、臨死体験者が語るような光の体験をします。それは尽きることのない永遠の光です。熊野の森に住む無数の生き物の姿は、無数の大日如来の化身が法を説いている姿でした。南方曼荼羅は驚きと喜びに満ち、宗教と科学が一体となった世界でもあったと語られています。

「左手がつかるる感覚よりいわば、右手は物にして左手は心なり。右手の感覚よりいわば、右手は心にして左手は物なり」南方熊楠

左手は右脳と右手は左脳とつながっています。人はその相互作用によって世界を認識しています。全ての事象は、無関係に存在しているようにみえますが、目に見えないところでは因果と縁により複雑に絡み合い、相互に繋がり結びついています。

こうして、物・心・事を理解していたなら、生き方にも変化が出てくるのだと、冥想をとおして強く感じています。

忙しい昨今、「静」なる時間を過ごすこと、
大自然に身を寄せる時間を過ごすこと、
大切に使われたらよいと強く感じています。

この命がある時間は、思うよりも短く早いでしょう。
明日がある、次があると思わないこと。
イマココを大切に、自分のハートを感じて聴いてお過ごしください。


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