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上を向いていた君と出会ったあの日


「陣痛が来てるような気がする…」

夜22時。奥さんが、自宅のソファーで踏み足昇降を始めた。4度目とはいえ、談笑しながら、エクササイズする余裕まであるのだから、大したものだ。

私が連休だったこともあり…

「今日、産んじゃいたいよね!」

今日、天気いいからバーベキューしたいね!ぐらいの勢いで軽快に話す奥さんは、入院の準備も1週間前に万全に済ませていた。

追いついていかないのは、私の気持ちだけ。

はぁはぁ言いながら黙々と昇降を続け、陣痛の間隔が10分ぐらいと短くなったところで、お義母さんに子どもたちを預け、病院へ向かう。

しかし、病院へ行っても一向に陣痛の感覚が短くならない。少し早かったのだろうか。。

翌朝10時。医師と相談し、少しずつ陣痛促進剤を入れていくことになった。徐々に陣痛の間隔が短く、奥さんの息遣いも荒くなってくる。

子宮の収縮を計測する機器を見ながら「そろそろ来るよー」と伝え、そのタイミングにあわせ、腰を押したり、さすったり、手からパワーを送る。

あまりに真剣になり過ぎたせいか、自身の呼吸までラマーズ法になっていたようで

「ヒッ、ヒッ、ハーー」

「ハー」じゃないから…「フー」だから……

奥さんに笑いうめきながらツッコまれる。

こう見えたそうだ

邪魔しちゃいかん。冷静になり、押す、さするを繰り返す。奥さんも相当苦しくなってきたようで、3分に一度ぐらいのペースで陣痛が来るようになった。



「そろそろ分娩室に行きましょう」

12時。年配の医師、助産師と共に分娩室に入る。不安からか、分娩室にある全てのものが色を失ったかのように無機質に見える。

「4人目だからスッと出ると思います」

白髪で眼鏡をかけた、いかにもベテランな佇まいの先生が声をかけてくれたおかげで、少しリラックスすることができた。

ここが歓喜の場所に変わりますように。

奥さんの手に力が入りいよいよお産が始まった。

奥さんの叫び声を聞きながら、両拳を強く握りしめ、手にじわりと広がる汗を感じながら祈り続けることしかできない。

でも、さっきからなにやら様子がおかしい……。



先生が何度も首を捻っている……。



「手が挟まってるみたいなんだよね」



普通なら頭頂部が見えるはずなのに、その上に手が挟まっているかもしれないとのこと。

分娩前は、完全に頭が胎盤にセットされているように見えていても、ごくまれに胎児が動き、このような体勢になることがあるそうだ。

「こうなると帝王切開しか方法がないんだよね」

他に選択肢はない。奥さんと目をあわせ、先生に「お願いします」と伝える。

その後、5分ほど状況を観察していた先生が、急に眼鏡の奥の目をパッと見開き、大きな声を出した。


「違う…、この子は上を向いている!」


もう何がどうなっているのやら…呆然としている私たちに先生は丁寧に説明をしてくれた。

何千分の一の確率で、このように上を向いて産まれてくる子がいるそうだ。

状況を把握してからというもの、先生や助産師の動きに一切の迷いがなくなった。もう一名の医師をヘルプで呼ぶ。

しかし上を向いている為、思うようには出てきてくれない。

すると、高齢の先生が突然、分娩台の上に身軽に登り、ひじかけの上に立って奥さんのお腹をグイグイ力強く押し始めた。

そのたびに奥さんから聞いたことのない咆哮のような叫び声。

想像を絶する光景に、正直、奥さんは無事ではないかもしれない。と思った。

でも今は奥さんと先生を信じるしかない。

何とか、何とか無事でいてくれ。


先生が力を込め、奥さんのお腹を押した瞬間……

「出たっ!」

すぐに助産師が、へその緒を切って体中に包まれた羊膜を手際よく剥がし、軽く背中をさする。

ぅんぎゃーあああああああああ


大きな鳴き声が分娩室に響き渡る。


奥さんの意識もしっかりしていることを確認した瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出してきた。

壮絶な出産を終え、青白い顔の奥さんの胸の上にそっと置かれる娘。

憔悴しきった顔を見て「ありがとう。頑張った」と伝えると、奥さんは精一杯の笑顔で微笑んでくれた。感謝と感動でまた前が見えなくなった。

奥さんも同じように泣いていたが、どこか表情が晴れない。

娘を何度も確認している。

産まれてきた娘は、激しいお産の影響か、頭部は傷だらけ、顔は真っ黒に腫れあがっていた。奥さんの様子を察した助産師が私たちに声をかけてくれた。

「2日で綺麗に戻るから安心して。早くパパとママに会いたかったから上を向いていたんだろうね。カワイイよねぇ」

「本当にカワイイです」

それを聞いて奥さんも安心したのか、また泣き始めた。


退院のときには、見事に顔の腫れも引き、みるみる顔のアザもなくなり、1か月後には何もなかったかのように驚異的な回復を見せた。

あれから7年。

今日は娘の誕生日。

大きくなった娘は、今日も空を見上げ、奥さんが吹いたシャボン玉を元気に追いかけている。


出会わせてくれて、出会ってくれて

ありがとう。


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漢気があってチャーミング、敬愛するコッシーさんの「出会った日」企画に参加させていただきました。

締め切りすぎたけど、海のように広い心を持つコッシーさんならきっと許してくれるかな。


風化させたくない記憶、あらためて想う家族への感謝。コッシーさんのこちらの素敵な記事を読ませていただいて、過去の記事をギュッと凝縮してリライトしてみました。


コッシーさん、素敵な企画をありがとうございました。



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