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次世代につながる農業を、稲とアガベと考える──安井径さん

未来まで続く持続可能な酒造りを目指し、農薬や肥料を使わない自然栽培米を原料としたお酒を造る稲とアガベ。そのお米を育てているのが、秋田県能代市で米農家を営む安井径(やすい・けい)さんです。

農業を始める前は消防士であり、アルペンスキーの国体選手という多彩な一面を持つ安井さん。お米を育てる大地のようなおおらかさで稲とアガベを支える安井さんにお話を聞きました。

消防士から秋田の酒造りを支える農家へ

──安井さんは、以前は消防士をされていたんですね。どうして農家に転身したんですか?

安井:高校を卒業して消防士になったんですが、もともと両親が農家で、当時から休みの日に少し手伝ったりしていました。父が歳をとって、兄が継いだんですが、面積が結構あるので、いずれ一人ではやって行けなくなるだろうなと。

とはいえ、自分も子供がいるし、消防の仕事をしながら農業もやるっていうのは現実的じゃなかったので、2020年に消防士をやめて、家族と一緒に農業を始めました。

──ご実家ではずっと酒米を作っていたのですか?

安井:「農醸」という「農家と日本酒をつくるプロジェクト」で大潟村松橋ファームさんと一緒に作り始めてからです。最初に山本酒造店さん、次に新政酒造さんに卸すようになって、新政酒造さん向けの無農薬米を作り始めたのが2020年。今は、「山本」(山本酒造店))や「新政」(新政酒造)に加えて、「ゆきの美人」(秋田醸造)、「春霞」(栗林酒造店)、「飛良泉」(飛良泉本舗)などに使ってもらっています。

──秋田県内の酒蔵さんと取引しているんですね。稲とアガベとの取引はどのように始まったんでしょうか。

安井:新政が注目され始めてきたころ、Twitterで「面白いことを喋っている子がいるな」と思って見ていたのが岡住くんでした。私から日本酒イベントに誘ったら来てくれて、そこから交流が始まりました

それから久しぶりに会ったのが、僕が自然農法で酒米を作り始めたころです。「もう少したくさん作って勉強したい」と思っていたタイミングで、岡住くんが自分の蔵を作って、無農薬米で酒を作りたいと考えていることを知りました。

そこから岡住くんに連絡を取って、家族を交えて話をして、田んぼの一部をお貸しすることになって。僕が社員として稲とアガベに入れてもらって、2021年から一緒に農業をすることになったんです。彼自身がよく言っていることですけど、本当に岡住くんは「持ってる」なと。すごいタイミング(※1)でしたね。

※1 農家の安井さんがコミットしたことで、稲とアガベ創業の重要な資金となる「スーパーL資金」の融資を受けることができた。

──本当にすごいタイミングです。一緒に無農薬米を作ってみてどうでしたか?

安井:無農薬での米作りは酒造りと同じで正解がなくて、その時や場所によって条件も違うので手探り状態でした。岡住くんは基本的に作り方も金額も全部任せてくれて、ほぼ言い値で買い取ってくれるので、すごくやりやすい分、収穫量が少なかったり、品質が良くないと、なんとかしないといけないというプレッシャーもあります。2023年には水害もあって大変でした。どうやっていくべきなのか、今でもずっと考えながら取り組んでいますし、未だに答えはわからないですが、岡住くんが頑張っているのを見れば、自分も頑張れます。

難しい自然農法に挑戦する理由

──やはり自然農法は大変なのでしょうか?

安井:始めてみると本当に大変でした。肥料を入れず、もとの土壌にある栄養分で栽培をするんですが、農薬を使わないので雑草も生えてくる。そうすると雑草に養分を取られてしまって、稲が大きく育たないんですよ。収量が5分の1から、ひどい時は10分の1まで落ちます。

なので、いかに草が生えてこないように抑えるかを考えなければいけない。できたお米も慣行栽培(※2)のものに比べて、痩せていて、出来が悪いように見えてしまいます。でも品種によっては自然農法が合っていると思うものもありますよ。例えば「亀の尾」は昔の米なので原種に近くて、肥料を与える前提で作られてないので、自然農法でも美味しいです。

※2 法律で認められた農薬、肥料を基準の範囲内で使う一般的な栽培方法

──品種によっても違いがあるんですね。稲とアガベにはどんな品種を納めているんですか。

安井:「亀の尾」と「改良信交」です。改良信交は作っている農家が少ないので、うちの売りにしている品種です。作りづらく、倒れやすいので育てるのは大変なんですが、長年のノウハウがあって、価格も安定しているので、一つの収入源になっています。

少し前までは新政しか使っていなかった酒米ですが、いいお米で美味しいお酒ができるから、もっと改良信交で造られた日本酒を飲んでみたい、もっといろんな蔵に使ってもらいたいという思いが強いです。そっちの理由の方が大きいですね。

──安井さんからみて、稲とアガベのお酒はどうでしょう。

安井:何でも美味しいと思いますけど、「交酒 花風」は特にうまい。これまでホップを使ったお酒は、開けた後何日か経つと味がへたってしまうイメージがありましたが、「花風」は1週間以上経っても美味しかった。岡住くんのお酒造りはすごいですよ。本当はもっと好きに酒造りしたいんじゃないかって思いますね。

次の世代に繋げる農業を秋田で

──安井さんは稲アガが男鹿で始めた自社田にも関わっていらっしゃるんですか。

安井:最初は少し手伝っていましたが、今は君夏くん(※3)が仕切っています。彼は若手なのに視野が広くて、任せて大丈夫だと感じます。稲アガにいるメンバーはみんな変わった人しかいなくて(笑)、社員として働きながら、各々自分たちのやりたいことができる雰囲気でいいですよね。

※3 保坂君夏さん。稲とアガベの農業担当スタッフ。

──変わっているといえば、安井さんはスキーの国体選手なんですよね!

安井:3歳の頃からアルペンスキーをやっていて、高校の時はワールドカップを目指していました。今も毎年国体を目指していますが、一つ目標があって。

国体って、所属している会社の名前が出るんですが、僕は「稲とアガベ」で登録しているので、8位以内に入賞したら、稲とアガベのバンダナを持ってアピールしたいなと思っています。

──稲とアガベを宣伝するまたとない機会ですね!楽しみです。農業でこれからチャレンジしたいことはありますか?

安井:岡住くんが蔵の生産量を10倍にするとか言っているので、自分も米を10倍作らなきゃいけないのかなと思っています(笑)。きついなとか思いますが、今こうしてやらせてもらえるのも稲とアガベのおかげなので、協力できる限りは努力して、頑張って増やしていきたいですね。

それから、将来に残せる形で、農業を続けていける環境を秋田に作れればと思ってます。地元はどんどん人がいなくなっていて、もし自分の子供たちが農業を継いでくれたとしても、今から残せるものがないと続けていけないと思うので。

SNSとかを見ていると、意外と新規就農者自体は増えていて、若い人も入ってきていますが、どうしても続かないというイメージがある。この辺りでも30代、40代の人は増えていますが、受け皿が少なかったり、家族経営だったりという課題があります。高卒で「バリバリ農業やるぜ!」みたいな人が増えてくれたらいいなと思いますし、そういうヒントも岡住くんや周りの人からもらえたら嬉しいですね。

【岡住代表コメント】
いつも優しく僕らの背中を支えてくれる安井さん。安井さんがあの奇跡的なタイミングで連絡くれたから、今の稲とアガベがあります。これからも二人三脚でより良いお米、より良いお酒を造るためにがんばりましょう。恩返しできるように頑張ります。

この記事の担当ライター

熊﨑 百子
燗酒から日本酒にハマったお酒好き。JSA SAKE DIPLOMA、チーズプロフェッショナルを取得。現在は日本酒とチーズのペアリングを研究中。オカズミードは山羊チーズとの相性が最高です!再販してください!!
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