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スナフキンの墓じまい(戯曲)

登場人物

  • 幽霊(孫の祖父)

  • 母親(孫の母親)

  • 娘(幽霊の孫)

  • カフェのマスター

カフェ。母親と娘がお茶を飲んでいる。 その脇に佇んでいる幽霊。普通の服装。暇そうに頭を掻いたり、貧乏ゆすりしたりしている。カウンターではマスターがコーヒーを入れている。音楽が静かに流れている。

母親 …………。あー。
娘  ……
母親 あーー。
娘  ……
母親 疲れたーーー。
娘  (聞き流してお茶を飲んでいる)
母親 あのさ。
  ……
母親 ねえ。
  なに。
母親 疲れたっていってんじゃん。
  おつかれさまでした。
母親 あーー。これでやっとお爺ちゃんの魂抜きが終わった。
  よかったね。
母親 まだやることあるんだよー。お墓の撤去と整地でしょ。改葬手続きでしょ。それで共同墓地で魂入れでしょ。あーー。
  そんなに嫌なら墓じまいなんてしなきゃいいじゃん。
母親 だってさー。
  お婆ちゃんに会いたくないってだけじゃん。
母親 きっとさあ、わたしとお婆ちゃんは前世で犬と猿だったんだよ。
  人間じゃないんだ。

幽霊、娘の隣にいき、娘の前で手を振る。娘は無反応。

母親 トムとジェリーでもいい。
娘  人間じゃないじゃん。

幽霊、娘の頭を持ちぐらぐらさせる。娘、ぐらぐらする。だが反応はしない。

母親 私だけじゃないよ。あの人、お爺ちゃんのことも嫌いだったしさー。
  ふーん。

幽霊、あきらめずに娘の袖を引っ張る。かなり強い。娘、邪険に腕を振りほどく。母親、気づかない。

母親 お爺ちゃん、なんでバンドなんか始めたんだろうなあ。急にギター買ってきてさ。 家にもほとんどいないし。
幽霊 なあ。(袖を引っ張る)
母親 もう、お母さん、毎日お婆ちゃんから電話で愚痴を聞かされてたんだよう。
  (幽霊を敢然と無視)
母親 あんただってライブ観にいったでしょ。
幽霊 なあ。(袖を引っ張る)
娘  去年の夏のでしょ。『サマーライブ九十九(つくも)』。
母親 そうそう。バンドが九十九個も出るやつ!
幽霊 なあなあ!(袖を引っ張る)
娘  うるさいなあ!
幽霊 (飛び跳ねる)
母親 なによ!
娘  あ…ごめん。
母親 びっくりするじゃない。
娘  ごめん。考え事してた。
母親 なに考えてたのよ。
娘  別にいいじゃん。
母親 教えてよ。
娘  いいじゃん。
母親 教えてって言ってるじゃん。
娘  うるさいなあ。…トムとジェリーの次は何かなあって。
母親 ああー。何があるかねえ。猿と犬、トムとジェリー…
娘  (考える振り)
母親 (ガタッと立って)トイレに行ってくる!

トイレに向かう母親。 幽霊、母親を目で追って、娘に話しかける。

幽霊 無視するなよ。
娘  話しかけないでよ。
幽霊 さみしいだろ。
娘  話しかけないでって言ってるでしょ。
幽霊 お前なあ。家族だろうが。孫なんだから。
娘  家族なのは生きてるまでです。
幽霊 ひでえ。お前…それはひどいぞ。
娘  お母さんと話せばいいじゃん。娘じゃん。
幽霊 だってあいつ、ぜんぜん見えてないじゃん。おれ父親なのに。
娘  知らないよ。じゃあ、お婆ちゃんのところに行けばいいじゃん。妻じゃん。
幽霊 嫌だよ。こわい。死んでまで嫌味言われたくない。
娘  なんかさ、お婆ちゃん、みんなに恐れられてるよね。
幽霊 悪い人じゃないんだけどな。むしろ正しい人過ぎて怖いというか…。
娘  私は怒られたことないけどね。
幽霊 お前はずるいからなあ。猫かぶって。一度お前に説教しようと思っていたんだ。
娘  いいよ。幽霊になっても説教しないでよ。もう帰りなよ。
幽霊 帰る所をお前らがなくしたんだろうが。
娘  もうー。面倒くさいなあー。
幽霊 おれだってなあ、急に起こされたんぞ。わけわかんなかったぞ。
娘  だよねえ。お母さんさ、新聞読んでたら「墓じまいってのが流行ってるんだって!お母さん、これする!」って言って、三日後にはこれだよ。
幽霊 そんな簡単に墓じまいを決めたのか!
娘  はあー、なんでいっつも深く考えないで行動するんだろう、あの人…離婚だってさあ。
幽霊 あれもなあ。寝耳に水だったぞ。婆ちゃんなんて怒って大変だったんだからな。
娘  あれはねー、図書館で村上春樹の本を四、五冊借りてきたなー珍しいなーと思ってたら、 全部読み終わって、「わたし、離婚する」って。
幽霊 あれ、村上春樹か!
娘  そうだよ。
幽霊 村上春樹で離婚決めるなよ。
娘  お父さんなんて超びっくりだよ。急に離婚したいって言われて。訳わからなくて、 理由を聞いたら、借りてきた村上春樹をドカッて渡されて「読んでちょうだい」って。
幽霊 おお。浩二君、ドキドキしただろうな…
娘  お父さん、とにかく一週間で全部読んで、読んだって答えたら「そういうことよ」って。
幽霊 わけわかんねえな。あいつのそういうところ、誰に似たんだ。
娘  お爺ちゃんじゃないの。音楽とかやる人だって訳わかんなそうだし。
幽霊 いやいやいやいや。ちがうちがう。ぜんぜんちがう。

母親、トイレから帰ってくる。

母親 わかった!ポパイとブルート!
娘  なんかちがう。
母親 えー。
幽霊 源氏と平家だろう。
娘  うるさい。
母親 は?
娘  ああ、えーと、源氏と平家?
母親 ああ。それはうまいねえ。驕る平家は久しからず。
娘  どっちが平家なの。
母親 それはお婆ちゃんでしょう。私が義経で。
娘  ふーん。お爺ちゃんは?
母親 お爺ちゃんはスナフキンかなあ。
娘  スナフキン!
幽霊 スナフキン!
母親 なんていうかなあ。家にいる人じゃなかったんだよね。結局。家にいるときは居心地悪そうにしていて、お婆ちゃんに散々嫌味いわれて。でも、なんていうか気になるんだよね。
娘  ふーん。
幽霊 ふーん。
母親 スナフキンてさ、ムーミン谷の住民じゃないじゃん。いつ戻るかわからない旅に出て、ふらっと帰ってきて。旅で見たり聞いたりしたことをムーミンにちょっとだけ話してさ。
娘  うん。スナフキンってあんまり旅の話をしたがらないんだよね。
幽霊 そうなの?
娘  (うるさそうに眉をしかめる)
母親 そうそう。でもムーミンは聞きたがるじゃない?お爺ちゃんはそんな感じだったなあ。 家では居心地悪そうにしていたけれど、きっと外で私やお婆ちゃんの知らない景色をいっぱい見てきてるんだろうなあって思ってた。音楽なんて本当にそうだったよ。
娘  ふーん。
幽霊 ふ――――ん。
母親 ライブが近づくともう家でもオーラが違うんだよね。練習ばっかりしてるし。なんていうか、同じ屋根の下で暮らしていても全然違う世界を見てるって感じで。気になったなあ。
幽霊 そうかなあ。
娘  でも、それってむかつかない?
幽霊 (ぎょっと娘を見る)
母親 むかつくむかつく!お婆ちゃんなんてそれでイライラしてたもん!
幽霊 え!
娘  だよねえ。あれって本人には分からないのかなあ。
幽霊 わからないよ!言ってくれよ!
娘  きっと本人はなんでイライラさせてるか分からないで「居心地悪いなあ」って思って たんだよね。
母親 うん。お婆ちゃんなんてぜったい教えてやらないって思ってたと思う。
幽霊 え…おれ、すごく悩んでたのに。

じたばたしてる幽霊を横目で見る娘。

娘  あのさ、もしお爺ちゃんが生きてて、「言ってほしかった」て言ったらそれ教えてあげる?
母親 えー。うーん。言わないんじゃない?
幽霊 なんでだよ。言ってよ!
母親 (メニューを見ながら)すみませーん。紅茶のお代わりください。あんたはいいの?
娘  うん。いい。
幽霊 お前もさあ、ちょっとは味方してくれよ。
母親 たぶんさ、けっきょくお爺ちゃんにとって家は居場所じゃなかったんだよね。でもそれって家族はさみしかったり傷ついたりするじゃん。居心地悪いくらいなんだって思うよね。 それくらいは感じでもらわなきゃ。
  まあね。女をなめんなって感じ。
母親 よく分かってるじゃない。
幽霊 君たちそれはちょっとひどくないか。
娘  (口だけの形で)う・る・さ・い。
母親 でも、ライブを観に行くのはいやじゃなかったんだよね。くやしいけど気になるんだよ。
娘  まあね。
幽霊 そんなこと言わなかったじゃん。
母親 死ぬ前に最後にやったあの曲はかっこよかったんだよなあ。お爺ちゃんが作った曲で。 全然意味わからなかったけど。
幽霊 そんなこと言わなかったじゃん。
母親 なんて曲だっけ。
娘  なんだっけ?
母親 マッチ…なんとか?
幽霊 『街とマッチ売りの少女たち』です…
娘  街とマッチ売りの少女たち。
母親 あ、そうそう!あれ、かっこよかったよね。
娘  うん。あのときのお爺ちゃんはかっこよかった。
幽霊 二人ともそんなこと言わなかったじゃん。お前だってライブ観た後は何にも言わないでぷいって帰ったくせに。
娘  女なめんな。
幽霊 なんだよそれ!

店主が紅茶のポットを持ってテーブルに来る。

店主 お待たせしました。(母親に紅茶を注ぎながら)あのライブ、私も行きました。
母親 あ、そうなんですか。
店主 面白かったですね。
母親 私の父も出てたんですよ。『ユパ』ってバンドで。
幽霊 『あの男、ユパです』だよ。
店主 あ!宗助さんですね。ということは娘さんですか。
母親 ええ。こっちは孫です。

娘、頭を下げる。 幽霊は恥ずかしそうに頭を掻いている。

店主 そうですかー。そうでしたかー。あのあと宗助さん、急に亡くなっちゃって…。 ぼく、ライブはよく行ってたからさみしかったです。(頭を下げる)
母親 (頭を下げながら)ありがとうございます。
店主 宗助さん、若い人とバンド組んだときはちょっと心配だったんですよ。もう七十歳すぎてたし。
母親 もう、はずかしくて。
店主 いやいやいやいや。そんなことないです。宗助さん。あんなに一生懸命やるなんて、 誰も思ってなかったですよ。かっこよかったです。作る歌もかっこよかったし。 あ、正確には『あの男、ユパです』って名前ですけどね。
幽霊 よく知ってるなあ。
母親 あ、そうそう。変な名前よねー。歌ってる途中でどんどん着替えて。しかも、いちいちちゃんと畳むし。わけ分かんない。
店主 歌の途中で正座して畳むのがいいんですよねえ。
母親 最後の変な服、あれなに?
店主 ユパですよ!ユパ!(手をクロスにしてポーズ)これがいいんじゃないですか!
幽霊 (娘の袖を引っ張りながら)なんか、おれ、恥ずかしいよ。
娘  (幽霊の耳に口を近づけて)公開プレイだね。
母親 わかんないけど。(笑)最後なんて本当に訳わかんなかったなあ。
店主 よかったですよねー。もともと歌いながらの手振りが大きかったですけど、それがどんどん大きくなって。
母親 そうそう!こんなで!(大げさな手振り)
店主 そうそう!こんなで!(別の大げさな手振り)
幽霊 ちょ、ちょっとちょっと。
母親 こんなで!(興奮してきて更に別の大げさな手振り)
店主 そうそう!それで最後に(手振りをつけて)「ジャン・コクトーも言っている。目に見えないモノを浮かび上がらせる覚悟こそが重要だと!」と叫ぶところなんて、もう 本当に素晴らしかったですよ。
幽霊 ひゃー!!!
母親 そうそう!こうね!(立ち上がって振り付きで叫ぶ)「ジャン・コクトーも言っている。 目に見えないモノを浮かび上がらせる覚悟こそが重要だと!」
幽霊 ちょっとちょっと!
娘  うわあ。こうなったらお母さん、止まらないよ。
店主 いやいや、もっとこう、アジるように!「ジャン・コクトーも言っている。目に見えないモノを浮かび上がらせる覚悟こそが重要だと!」
幽霊 あなたもやめなさいよ!
母親 ジャン・コクトーも言っている。目に見えないモノを浮かび上がらせる覚悟こそが重要だと!
店主 もうちょっと甲高いんですよ!「ジャン・コクトーも言っている。目に見えないモノを浮かび上がらせる覚悟こそが重要だと!」
幽霊 やめろ!やめろ!
娘  外に行ってくれば?
幽霊 行く!

母親と店主の台詞の応酬の渦の中、店の外に走り去る幽霊。 目で見送る娘。そんな娘にふと気づく母親。ぜいぜい言いながら娘に声をかける。

母親 あんた、さっきから何やってるの?
娘  え?
母親 なに?
娘  ん?
母親 なによ。
娘  なんて言えばいいんだろう。(店の外をのぞいて)目に見えないものを?浮かび上がらせてた。 


2015年に書いたまま眠っていた戯曲を9年ぶりに発見したのでここに日の目を見せて成仏させようと思います。

下記は長野市のライブハウス『ネオンホール』で2014年に上演してもらった別の戯曲です。こちらは天寿を全うしている。

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