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Infinite Music Odyssey_011

Prelude…

小さいときはいつも木に登って遊んでたよ、という人がたまにいる。
朗々と笑いながら当時を述懐する彼らの掌はなるほどたくましい、気がする。
腕っぷしもまた、ぼくのそれを二つ束ねたぐらいの太さがある、気がする。
ソウジャナイ幼少期を送ったぼくの目つきには多量の羨望が含まれている。

小・中学生のとき何してた、と問われると困る。
夏休み、学校のプールからの帰り道、永劫つづくかのように思われた直線道路をアツイアツイと呻きながら遠く向こうに立ち昇る入道雲を見つめていた、という答えが浮かぶけど、これだとたぶんちょっと的外れ。きっと、一瞬の原風景ではなくて習慣を訊ねられているわけで。
ちょい待ち、考えるわと目をつむる。体育の授業中、高橋先生がたったいま吹いたばかりのホイッスルを渡されて「しばらくこれ使って代わりにみんなをまとめてて」とだけ言い残し職員室に消えた事件。昼の陽を受けて高橋の唾液が光ってたな……算数の授業中、九九が言えなくって佐藤先生に「ばか」となじられた事件。震災により水道が使えないからと給水作業に励んでいたとき二頭のゴールデン・レトリーバーに挟撃された事件。などなど、習慣として一般化しにくい思い出ばかりが脳裏をよぎる。こりゃだめだ。なんだか悲しくなってきた。

「むむう」ぼくは眉間にシワを寄せる。やはりあれしかないか……
「どう、思いついた?」相手が焦れったく急かすので観念する。
「——毎日ゲームしてたよ。ゲーム」

穂村弘ばりにいろんなユニークな習慣が昔からあったことを誇示したいイヤラシイ虚栄心が先行するから、「毎日ゲーム」以外の答えをガンバって探してみるのだが見つかったためしがない。点描も散歩も読書もマラソンもまだ知らない頃のこと。
寝食を忘れるほどに生活の大半をゲームに捧げていた事実は揺るがない。

第11回を迎えたInfinite Music Odyssey、今回はぼくの児童生活をあまねく覆ったゲーム狂時代の主題歌ともいうべき音曲を五つご紹介する。1999年生のぼくと歳の近い読者であればきっと馴染み深いセットリストとなるだろう。木に登ることをついに発想せず、いつもつるつるでスリムな手指を、日夜キーに叩きつけて摩耗した友に捧ぐ。

💿けけボッサ/とたけけ

任天堂が送り込んだ赤帽子の魔の手に幼くしてつかまり、茸や亀を見境なく屠ったあと、事の残忍さに気づき「どうぶつの森」に逃げ込んだ。誤って無辜の羊を切りつけてしまい、以後モンスターを「ひと狩り」する気力を失ったことのあるぼくは、もう無用な刃傷沙汰に辟易していた。あの任天堂が開拓したとは思われぬほど「森」は心地よいところだった。姫を助けるとか世界を救うとかいう大義を負わずに、日がな一日釣竿と虫取り網を振り回していられる。世にも珍しい虫魚を蒐めるもよし、自宅の調度品にこだわるもよし。長閑に日を暮らしながら、どこからか越してきた「どうぶつ」諸君と悲喜こもごもを楽しむ。それだけ。それだけなのに、なぜか、味噌汁を注いだお椀を両手で包むような幸せがある。
「森」いちばんの楽しみを振り返ると、シンガーソングライターとたけけの単独公演がすぐに思い浮かぶ。夜、ほの明るい場所にギターを携えて悠然と現れるが早いかとたけけはシンプルな椅子に腰掛け、朗々と一曲を歌い上げる。こちらも口ずさみたくなるキャッチーなフレーズがどの曲にも盛り込まれていて、聴く者の心を捉えて離さない。ぼくはとりわけ「けけボッサ」が大好きだ。のびやかに奏でられる音色に、つよく味噌汁お椀的安心を誘われるうち、「森」の夜は更けゆく。
♫ オー、ナミホー、オナミホー、ナミホー、ウェイウェイウェイ……

💿ボス戦闘曲2/大乱闘スマッシュブラザーズXのBGM

任天堂は静謐な「森」だけではなく、スマブラという名の汗臭い闘技場も開いているから恐ろしい。副交感神経を働かせる安心(=幸福)と交感神経を働かせる刺激(=快楽)の両方を貪欲に求める小中学生の行動原理をよくよく見抜いている。
血湧き肉踊る(今の今まで「肉湧き血踊る」だと誤解していたのはヒミツである)スマブラが大好きだ。世界救済(!)を全面に押し出したストーリーとクリストファー・ノーラン作品のようなノワールな色調がゾクゾクと興奮させてくる「亜空の使者」をやり込むのも楽しい。「亜空」に登場する強力なボスと連戦する過酷な「ボスバトル」もいいし、襲い来るスマブラ全キャラクターをわずかな回復アイテムのみで制圧する「オールスター」も力量試しに持ってこいだ。友人や家族と一つの画面を睨んで、ときにお互いを睨みつけながら対戦するのも、思わぬ発見に富んでいて楽しい。相手のガメツサや自分のイヤラシサを見出してしまうなど、決して善玉な発見だけじゃないのが小中学生らしいところ。なんど喧嘩したか知れぬ。
さて、今回スマブラから選んだ一曲は最強の敵、タブーとの対戦BGM。
T-REXのあの曲を彷彿するような、慎ましい、しかし爆発力が濃縮されたギターが堪能できる。小中学生のとき「アッ!このギター垂涎」と悠長に噛み締めていた訳ではないけれど。瞬間移動、それも時にはこちらが攻撃できない場所への移動を難なくこなす強敵との熾烈な戦いを予見させる緊張感は当時から感じ取っていた。
そういえば。タブーの並々ならぬ強さがよほど印象に残ったのだろう、ぼくは幼馴染の矢口とともに果てしなく長い通学路の坂道を登りながら「これタブーだね」と言い合ったものである。ここはタブーの肩、そろそろタブーの心臓、ついにタブーの頭部、やっとぼくたちの家に着いた!という按配に。

💿Nitro Witch/Ridge Racer 7 BGM

車好きの父が買ったPS3用ソフトを引き継ぐ形で始め、ハマりにハマった。
細かなミスを繰り返し走り込むなかで分析し、得た知見を次のドライビングに反映させると如実にスコアが変わり映えするから面白い。とはいえその知見は「この曲がり角でニトロ(加速装置)を解放しよう」云々とシッカリ言葉にして意識した上で走ると、たいてい失敗する。身体にとことん叩き込んでアタマは無にならなくっちゃ、レースの王国リッジステイトでは生きて行かれない。時速300キロどころか30キロが制限速度の原付に乗っている現実のぼくにも、その身体知は息づいていると思う。言葉で逐一確認しているようだと出遅れる。
肌に合った車種を見つけ、エンジンから車のペイントまで好きなようにカスタマイズできるのも醍醐味。ちなみにぼくの愛機はGNADE社のMAGNIFICOだ。以下にMAGNIFICOの画像を掲げるが、これを天道虫のようなフォルムに改造し、紅から紫へと光の加減で色彩が変わる特殊ペイントを施していた。高馬力と小回りを兼備したMAGNIFICOを思うさま駆って、リッジステイトを統べる双璧の猛獣、ANGELUSとCRINALEを撃破するのは無上の快感があった。ナムコのリッジレーサー7公式サイトで名機の数々をご覧あれ。
悦に入りすぎて音楽の話をすっぽ抜かすところであった。リッジレーサーは疾走感を演出する音楽もまた名物だ。BPMの異なる曲を選ぶと身体を震わせる律動も同時に変わり、律動に合わせて呼吸するドライバーのドライビングは強く影響される。だからことリッジレーサーにおいて音楽は、「気分を上げる」以上の効果があると信じている。五感で愛機とシンクロし、時速300キロ超で駆け抜けよう。

愛機GNADE MAGINIFICO(公式サイトより引用)

💿Great Future War/Little Blue boX

中学生のぼくはダンボール戦機抜きには語れない。
毎日PSPのゲームをやり込んでいただけではなく、ダンボール戦機からアタマに流入してくる語彙(いえ、厳密にカッコつけてヴァキャビュラリーと申しましょう)で脳味噌を満杯にして日々を生きていたのだから、ぼく即ちダンボール戦機という有り様だった。ファンクションとか、グレネードとか、アルティメットとか。これでどうやって日常生活を営むのか気になるが、中学生は夢想だけを糧に活きられる稀有な生き物だからきっと無問題だ。夢想は夢想を呼び、一定量を越えた夢想は聞き手を想定しない独り言として溢れ出る。口にするとその語感に興奮し、さらに夢想が湧き立つ。で、たまらずつぶやく。嬉しい。そうやって生きていた。
アルティメットにディテールまでカラーリングされたアタマのブレインのまま、ぼくはPSPゲームもし、プラモデルを組み立て、ときに塗装し、コロコロコミックの漫画(藤異秀明作)を読み耽り、ときに暗誦、ときに模写した。漫画を手がけた藤異の引く線が大好きだった。精密なロボットのはずなのに肉感が宿っていた。
夢想無双で自活していたぼくの当時の主題歌もまた、もちろんダンボール戦機の挿入歌である。おお奮い立て勇者の自分!みたいなリリックが濃縮還元された上で噴き出し花火のごとく絶唱される。おお、マグニフィコ!

💿エンディングBGM/ドラゴンクエスト9のBGM

1・2・3、9とドラクエをプレーした上で、ダントツでお気に入りが9。
やはりここでも寝食を忘れてのめり込んだ。と言いたいところだが、賢明な両親がプレー時間を制約して厳守させたので、なかなか寝食は忘れ得なかった。しかし、時間を決められたからといって従順に守ることを童心が許すとは限らない。とにかく必死に規定時間を充実させるべく心血を注ぐし、あの手この手、思いつく限りの手練手管を弄して無血延長を図る。秘蔵のポテチを棚から持ち出して母の前に提示し、「どうです、パァっとやりましょうよ」と持ちかける。ここで同意が示されればなし崩し式の延長の可能性も開ける。「ポテチは食べるが延長はだめ」と突っぱねられれば急ぎポテチを棚に戻し、ゲーム画面に戻る。ちなみに父を説得するのは諦めていた。なんたって時速300キロを乗りこなす男である。頭の回転が速いから詭弁なぞたちまち見抜かれてしまう。だから彼が在宅の日は潔く時間を守る。

が、どうしても超過しなくちゃいけない日というものはあって。
ドラクエ9をクリアすると、箱舟に乗りながら世界の上空を飛び回るエンディングがある。これをぜんぶ見ないことにはデータの保存ができないというのに、運悪く規定時間を超過しそうだ。ポテチを翳して宥めすかしても「だめ」、あとで肩を揉みますというと「じゃお言葉に甘えて。でも延長はだめ」、八方塞がりのなか悠長にエンディング曲が流れる。ジリ貧でエンディングを観終えようかとも考えたが、それにしても長い。やむにやまれず個室トイレに駆け込んだ。施錠ののち、不毛と分かっていながらボタンを連打する。早く箱舟着陸せい、早く。ガチャガチャとトイレの鍵が鳴る。あっという間もなく解錠。トイレ不可侵条約の禁を破って母、参戦。DSを素早くぼくの手から奪い取り、電源ボタンを的確に厳密に残酷に押す。ああ母さん、世界救済にぼくは失敗したのである、ラスボスの堕天使エルギオス倒したのに。最強の黒幕は時間を盾に我に迫る母であった。押すべきコマンドもなく、振るうべき剣も持たず、ぼくはトイレットペーパーを顔に広げ慟哭した。

ちなみに後日、またエルギオスに勝利したにも関わらず、こんどは不覚の充電切れにより世界救済に敗れた。長〜いエンディングも敵。


不必要なまでに繰り返し倒されるエルギオス(画像引用元はこちら


Postlude…

横隔膜が熱を帯びて迫り上がってくるような五曲を振り返った。
懐かしさの過剰分泌に伴って吐き気を催したが、口から出たのは幸い言葉だった。
次回も奮ってインフィニットなミュージックのオデッセイにレッツ・アデランテ!
それでは、この曲でお別れです。ここまでのお相手はI.M.O.でした。

♫ オー、ナミホー、オナミホー、ナミホー、ウェイウェイウェイ……



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ゲームで学んだこと

I.M.O.文庫から書物を1冊、ご紹介。 📚 東方綺譚/ユルスナール(多田智満子訳)