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渦中を抜けた今思うこと。

4月に入って、ついに正式に肩書きを無くした。
無職のニート。
こう言うと聞こえが悪いですね。うん。

決別


休学していたが、ついに大学を辞めた。冷静な判断だったかと聞かれるとあまり自信はない。
退学の理由を簡潔に答えるのであれば、適応障害を発症したからだ。
何事も続けることは大事だと飽き性だからこそ分かっているけど、大学を続ける自分はあまりにも健康的に見えなかった、などとほざいておく。
適応障害がなぜ発症したかと問われると、これまた難しい話なのだが、自分があまりにも自分らしく生きていられなかった、のだと思う。
同期が頑張っている姿を見たりすると、もう少し頑張れたかもなんて妄想もたまにするが、総じて平和な日々を過ごしている。
中学で海外というものに出会ってから、水を得た魚のように、というかマグロのようにノンストップで今まで走ってきた自分にとってはとても久しぶりのお休み。
大学に入ってからは一年先の予定まで埋まっていて、まる1日予定のない日は月一あれば良い方みたいな生活をしていたのでこんなに予定のない日々は少し新鮮で、そういえば読書もゲームも趣味だったな、なんて気持ちでいる。
ずっと外に向けていたアンテナが、やっと自分に向いたような感覚だ。

振り返り

あいにく時間は沢山あるし、アンテナは自分に向いているし、と最近は自己反省をよくしている。決して自分を卑下するものではなく、過去の自分にとってはそれが最適解だったけど、今考えたらこうだったなあ、というものである。

マルイチ。約3年間大学に在籍していたわけだが、在籍中私はずっと学部生の中に溶け込もうと努力をしていた。そして、志望校に決めるときから思っていたことではあったが、学部の雰囲気は私とは違った。(なぜ入ったのかと言われるとその時の学術的方向の知的好奇心に従ったとしか言いようがない:()
ここでの問題は、私と学部が合っていなかったことではない。合わないということを最初から分かっていたはずなのに、私が周りに頑張って合わせようとしたことだ。
私は自他ともに認める変人で、自分の欲求をかなり純粋に追い求める。良く言えば芯があるし、悪く言えば周りに合わせられない。
そう、周りに合わせられないのだ。そんなやつが、入学してからずっと、周りにどうにかして溶け込もうと合わせようと頑張っていた。
アホすぎる。そりゃ気力をなくす。
学部的にもグループ活動を主としていて、人脈がモノを言う学部だったのは否めない。元々社交的ではない人が学部に多い中でグループに誘ってもらうには仲良くしていなければいけなかったし、別に溶け込もうとするのが不正解だったわけではないと思う。
ただ、もう少し周りの顔色を窺わずにナシ然としていたら、キャパの容量は食わなかったかも。

マルニ。純粋に、学部の雰囲気が合わないと分かっていたのに好奇心を優先したのがそもそもの敗因だった。
自分はどうも興味を持ったモノに突っ走っていく傾向がある。海外に興味を持った時もそうだが、中学で海外文化を知ってからは他に熱中するものもなく、留学するまで一直線に道を進んでいた。大学で何しようと考えた時にその時の好奇心に従って進んだは良いが、学べることだけを注視して学生生活はあまり気にせずに学校説明会などを聞いていた気がする。
高校生はやはりまだ考えが足りていなかった。

マルサン。同い年に対して上から目線で接していたように思う。
溶け込もうとしてたのに上から目線って酷い話だが、当時は上から目線になっていることすら気付いていなかったので、かわいそうな話である。
ナシは、中学も高校も授業の一環でディベートをしたり、世間のニュースに対して自分の意見を問われたりすることが多く、同い年は皆こういうものをやっているものだと思いこんでいたし、何事に対しても自分の意見を持っているのが当たり前だと思っていた。しかし、大学には自分の意見を持っていない人がほとんどだった。もしくは、自分の意見を持っていても発信しない人だったのかもしれない。(言わないのであれば言っていないのと同義ではあると思うが)
皆が自分の意見を持っているのが当たり前を思っていた私は、それがない同級生らを勝手に見下していたように思う。
そんなことも考えてない想像力と思考力に欠けた人たちだな、と。
そしてこの評価のせいで同級生を信じるという選択肢を持っていなかったと思う。
一概に自分の意見がないことが悪いことではないし、彼らには他に色々な突出した武器があった。3年間一緒にいて、様々なことに意見を持ち始めているなと成長を感じた場面もいっぱいあった。いっぱいあったのに、ナシはその最初の印象で勝手に見下して、頼ることとか自分の考えを晒すという選択肢を最初から切り捨てていたように思う。
自分の手がいっぱいいっぱいになった時に、その"上から目線"を捨てられていたら自分はもう少し荷物を下ろせたのかも。
上から目線じゃなかったらもっと溶け込めていたのかも、なんて思ったりもする。
まあ、上から目線じゃなかったところで彼らがこの蛇足を極めたナシの思考を分からないと一蹴するのは変わらないし、海外など興味のない人たちであったことは変わらないので、おそらくはそもそも溶け込もうとすること自体が間違いであったのだろうと思うし、問題は上から目線だったことではなくハズレものになりたくないと思ってしまったことなのだろうなとも思う。

マルヨン。組織の中での動き方が全く分からなかった。
不登校の一番の弊害であると言えるが、ナシは同年代で組織された団体の中での人間関係が上手に形成出来ない。そのくせしてボーイスカウトに所属していたからリーダーシップの取り方だけは上手い。それに、ナシはマイペースに人のお世話をしたがり、無駄に真面目なのだ。
ナシは、大学のサークルで副会長をし、学部自治会の下部組織で執行部をしていた。どちらも自分から立候補したわけではなかったが、仲良くしていた先輩に頼み込まれて断りきれずに引き受けたものだ。(組織内で動くのは苦手だという自覚はあるとだけ保身のために言っておきたい)
当初は問題無かったと思う。だけど、次第にサークルでは真面目に働くのはナシだけになり、自治会では会長とぶつかり孤立した。グループ活動において問題が多少生じるのは大方想定内だろう。問題は、ナシがここで上手く立ち回れなかったことだ。
ナシは元々あまり周りを頼るのが得意ではないが、この時も1人でどうにか解決しようとしてエンジンをずっとふかしていた。しかし実際それらは1人で解決出来る問題ではなかったので、前に進めなかったのだ。そしてふかし続けたナシはついにエンジンを切らして、唐突に全てを止めた。抱えきれずに全てを投げ捨ててしまった。しかし、自分から投げ捨てておきながら投げ捨ててしまったことに対する罪悪感だけでっかく抱えていた。
不器用で、アホである。
周りから見れば1人で動いてていつのまにか黙って、唐突に爆発したように見えたんだろうな。


先輩後輩と名のつけられた人たちとの関わり方もあまりよく分かっていない人物が、縦も横も関係が深い学部で上手いことやるのがまず難しかったのかもしれないな、とここまで書いて改めて思った。
総じて全てが全ての原因であり、全ての理由だった。
現実になってくれとは思わないがこれだけ言わせてほしい。

今の記憶を持って大学一年に戻りたい。

学びではあった。と、思う。
無駄ではなかった。


傾向と対策

これまでのナシは休むことを知らなかった。多分。
ナシは、人との関わりで心のエネルギーを充電するタイプなので、エネルギーを充電しながらも同時に同じだけ消耗していて、だから元気いっぱい!にもならなかったし、うわ疲れたもう無理、にもならなかったんだと思われる。それが繰り返された結果、今までは少しのエネルギーで済んでいた活動が少しずつ多くなっていって、燃費が悪くなった結果充電が追いつかなくなってしまった。ナシは1人でいる時間でもエネルギーの充電は出来る、というところをしっかり認識していてほしい。そして、消費量は変数だが充電スピードは定数ということを認識してほしい。
余分なエネルギーを持ち合わせていなかったから人の気持ちを考えることも出来なかったし、自分を省みることも出来ていなかった。足を止めるか、走るか、の二択ではなくて、速度を緩める、歩く、という選択肢があることを認識してほしい。
そしてやはり、今回の適応障害発症の原因は一つじゃなくて、色んなことが重なって起きたのだろう。自分のキャパシティの空き容量も気にしていたいところだ。

まあこんな感じで色々考えているが結局のところ未来に起き得る楽しいことを無責任に追っている状態がナシの正常な精神状態だと思うので、やはり今は外より自分にアンテナを向けているべき時なのだと思う。

課題はこの先も

色々なものが同時進行していて、人や物事が目まぐるしく動く環境の中に自分を置くことが好きな性格というものはどうやっても変わらない。忙しい方が好きだし、やっぱりパーティーが好きなのだ。人と話している時間が好きだし、しばらく1人でいるとやはり人と会いたくなってくる。多分これはこの先も変わらないし、性懲りも無くまた無駄にエネルギーを消費するのだろう。
だからこそ、これからは自分のエネルギーをチャージ出来る時間を適切に取れるようになっていきたいし、走りすぎると人間疲れるということを頭の片隅に常に置いておきたい。
自分という軸は持っておきつつ、柔軟性を持ち合わせたい。
きちんと少し先の未来を見据えて、行動を選択したい。

何となくやらされている人は労働を搾取されているがその労働に目的を見つけて動いている人は同じ労働でも搾取されていない、という話はどこで読んだ話だったっけな。
適応障害は再発の可能性がとても高い病気である、らしい。
ストレス耐性がそこまで高くないことを自覚して、きちんと自分を労わりながら生きていけたら理想だろう。

これからは、今まで忙しくて手を出せていなかった興味のある分野を学んでみることにする。離れてみれば自分がしっかりと専門的な知識を身につけていると気がついたので、そのうち何かの役に立てばいいなと思う。

とにかく

自分が無駄に真面目で自信家で、プライドが高く、人の気持ちを考えるのが心底苦手なのに、異端にはなりたくないということが認知出来ただけ、今回の大学生活は実りがあったと言って良いことにする。
大学に入ったのは無駄ではなかったし、これから無駄にしなければ良いだろう。
無駄にしないためにも、まずは、回復である。

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