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なんとか生きているって話。2

長いので区切りました。
前回の続きです。
誤字脱字スルーしてください。

前回のあらすじ
初診の病院(評判悪い)に2回目かかったら医者にマジトーンで怒られ大きな病院を(強めに)紹介されたよ!

「急性虫垂炎。既に膿は溢れてる……それ以上は今現時点では分かんないね。とりあえず入院で」
紹介状を掴んで紹介先にRTA。受付時間スレスレにタクシーで紹介状を持って飛び込み、無線タクシーの迎車先わからないオペレーターやら行き先わからないタクシー運転手やら診察券の入力ミスやら紹介状に同封されてるROMがCTだかMRIだかわからん受付やらに対応後、発熱しふらふらの私に告げられたのは上記の一言でした。(書き出してみるとありありと分かる……ひでぇ不運の嵐かよ)
病状説明を聞くような余裕が無く腹の痛みにひたすら耐える私。
代わりにもろもろ聞いてくれる駆けつけた旦那。
右から左へ、溢れた膿が体中を周り――下手したら敗血症になる――云々、まあ手は尽くします、等まるでドラマのワンシーンのようなアレコレが聞こえては脳内で消えていく。
気がついたら抗生剤でまずは膿を叩き、そこから様子を見て考えましょう、といった話に落ち着いていました。

そこから3時間半後、無事に入院。
すぐに点滴スタート。
戦いが始まったのです。

とりあえず点滴を打ち続けたらマシに眠れるようになりました。まとまった時間としては1日に4時間ぐらい。
食事ももちろんとれないので点滴ですべてを補完しました。点滴に生かされている。ビーフリードがまじで痛い。よく点滴の針も皮膚の下でズレるし(4日ごとに位置変更)手も腫れるし血管が細いのか採血は何度も失敗、
「あの腕から血とって(点滴)ルートとらなきゃいけないなんてマジ地獄」
なんて看護師長に泣かれました。ごめんな。あんたが泣こうが喚こうがなんもできん。違う人に変わってもらえ、なんて言わないけれど、どうやら看護師泣かせの腕らしいとは嫌というほど自覚しました。
鎮痛剤切れるたびに腹の痛みがずくずくするのでひたすら寝ていました。寝られるうちに寝とかにゃいかん。
ぽたぽた落ちる点滴の音に生かされてるなんて……なんて無常。

敗血症ねえそんな話もあるんだねえ、いつ死んだっておかしくないわけ。不思議なもので。
はじめての感覚で頭がぼんやりしていました。

入院開始5日目、やっとお腹が空きました。
お腹空くっていいことじゃん! と希望を抱いた矢先、またもや医師に告げられます。

「絶食継続! そして抗生剤……効いてないね!」
当時抗生剤のレベル2でした。
レベル3は本当にまずい時用に取っておきたいとは言われていましたが、突然でした。

「元々さあ、抗生剤効くか効かないか微妙な大きさだったんだよね。溢れた膿」
おん?
「まあ、効かなかったということで」
で……で? で、だと……⁈
「今度は物理的に抜こうね」

医療はトライアンドエラーなのは知ってる。
しかし、まじかよ、しか出てこない時があります。今です。
その日のうちに腹にチューブをブッ刺して膿を抜くことになりました。

適度に
「もういち早く仕事に戻りたい? 手術する?」
と聞いてくれる担当医師。(近所の病院の医師よりは説明してくれるしわかりやすく絵に書いてくれるしだいぶマシ)
「君の体の状態ね、めちゃ今手術の難度上がってるの。腸出してもちゃんと戻すのも大変だし(膿だらけになってる)腸洗うのも面倒だし、若いから大幅に切るのめっっっちゃやりたくないわけ。失敗したら人工肛門になります。……やる?」
わーい、わかりやすい。ニコニコしながら答えました。
「仕事どうでもいいっす。そのままの路線でやってください」
「仕事大丈夫?」
「仕事と一緒に死ぬ気はないんで。ダメと言われても休みます」
いやほんとに。仕事とともに死ぬ気はない。
今の仕事や人数少ない部署で新任の上司をバブバブし、同僚をバブバブし、既に元々少ない私のキャパもオーバーしている。そんな奴ら――強いて言えば会社のために体を犠牲にしてまで戻る気はない。
笑顔で了承してくれた担当医師とにこにこ笑い合って、都度治療方針を相談しました。
これを好機とし、会社には苦労をしてもらおう! その意志は強かった。
(実際復帰したら「マジで苦労した!」と新任上司には泣かれました。知るか)

担当医師よ、でもチューブのルート取り誤られてめちゃくちゃ唸って泣いてしまったのはおまんのせいとしてしばらく忘れないからな!
なにが「ベテランの技師さんだからそんなに痛くないよ!」だ。
なにが「気持ち悪くないよ!」だ。
泣いてえずきながら終わった後動けず、横になったまま病室に運ばれました。ユルサナイ……ユルサナイ……。

悪いが私は巳年生まれなんだ。

チューブブッ刺して1週間半ぶりに飯を食べました。
血液検査も上向き、順調に臭い膿が体の外に出ていきます。あまりの臭さに訴えたところ、
「お腹の中で醸造してたからしゃーないよね!」
と明るく告げられました。おい、醸造て。酒か。

そして1週間後、念の為CTを撮って、膿がすべて出たことを確認――今度は小腸に穴が空いてることを告げられました。
は????

「この穴がね、扉に例えると……片開きなら来週に退院。両開きならすぐ手術します」
分かりやすいが例えるな。笑う。

様子見でそこから5日、問題無しと判断されたのか手術からは流れられました。ハレルヤ。

しかしこのチューブ、刺すのも突然でしたが抜くのも突然でした。

朝の回診で突然
「抜くよ!」とのお達し。
はい。

この頃にはおかゆ上澄み200g→半粥400g→全粥300g→白米200g、おかず付き。
順調に食べ物が通常に戻ってきている。
素晴らしきかな。

点滴も24時間体制から抜かれ、寝返りが打てて超楽。ルート取り地獄と嘆いていた看護師長もニコニコです。
悪いが泣かれたことは覚えておく。
巳年生まれの人間なので。(2回目)

苦節22日間。
やっと、許可が降りて退院です。

季節は春がすぎもはや初夏。
毎週なんかあるな……トラブル体質かよ……とぼんやりしながら迎えにきてくれた旦那に開口一番、伝えました。

「なんかうまいもん食べたい」

完! とは問屋が卸さない。
まだ虫垂は結局取ってないし通院も続きます。

本当はマッチングアプリで知り合った私よりも年下の女の子にフラれた掃除のおじさんの話だとか、私が入院中に入院した同室のおばちゃん(めちゃくちゃロックな人)だとか、たぶん書くことはたくさんある。

それでもなんとか生きていてこうやって備忘録を書いているという顛末です。

この入院中に貯金がとんでもないことになるのですが(医療費で)もろもろ書くのはまた気が向いた時で。
今は小腸の穴を塞ぐために食べます。
生きてます。

今回学んだこと
早く病院行けよ!

終わり




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