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第22話 ちくわとビール

お客様は神様とよくいうけれど、本当にそうかなと思うことがよくある。


私の嫌いなタイプのお客さんは、とにかく偉そうな人だ。雇われてた頃は、それでも我慢して働いた。今は違う。嫌いなお客さんがいると、他のお客さんにも迷惑になる、だから、いらない。


私は、嫌いなお客さんのことを、チムと呼ぶ。チムの語源をここに書くことはやめておこう。


今後、私の書く話の中に、チムという言葉は何度もでてくることになる。チムは10人くらいはいる。


初代チムとの出会いは13年前になるが、今思えば、その前から、あてはまる人間が二人はいた。


今回は、そのチム語源前チムの一人の話をしたいと思う。


その人は、有名な会社のまあまあ偉い人だった。雇われて働いてた店の大事なお客さんだった。店のママにしたら良いお客さんだっただろう。お金はたくさん払ってくれたと思う。自分のお金ではない。


店に来てくれて、カラオケ一緒に楽しんでるくらいなら、私も我慢できた。会話も、めんどくさいとは思ったが、毎回同じ話を聞いてればよかった。


カラオケについては、なぜか輪唱のように歌う人だった。私にも歌うように勧めてくるので、仕方ないから歌った、けれど、必ず途中から歌に参加してくる。そしてそれが輪唱だ。めんどくさい。けど、もちろん、そんなことは我慢できた。


ある時、ゴルフに行こうと誘われた。ママもゴルフする人だったので、一緒に行くものだと思った、しかし、二人きりだった。全然楽しくなかった、けれど、それも仕事だ、我慢できた。


けど、その頃から、さらにめんどくさいなとは思い始めてた。ある時は、家にゲームを買って持ってきてくれた。マンションの入り口で受け取ると、接続がわからないだろうからと家の中に入ろうとする。


私はテレビの配線とか、電化製品は自分でできる。だから、あっさり断って帰ってもらった。ゲームも、別に欲しくなかった。


その後、私は店のママと喧嘩して、店を辞めた。次の店で働くまで、一週間くらい実家に帰ろうと思った。その事を知った、チム語源前チムは、二度と会えなくなるかのように、しつこく連絡してきた。


たかだか一週間、実家に帰るだけなのに、見送りに行くというのだ。


私は寝台特急北斗星が好きだった。北斗星の個室をとれば、ワンコも一緒に実家に帰れたし、北斗星に乗って、ゆっくり駅弁を食べるのが楽しみで仕方なかった。


子供の頃、まだ、姉も一緒に夏の家族旅行に参加してた時、新幹線の中に10時間くらい閉じ込められたことがあった。台風の影響だった。


その時に、食べ物が何もなくて、父親はテンパって機嫌が悪かったし、今みたいに携帯電話もなかったから、なんだかすごく大変だった。その時から私は、旅行に行く時は、非常食を持っていくようになった。


とくに電車での移動には、駅弁のほかに、パンを必ず買った。飲み物も多めに用意した。


まだ小さかった、まーちゃんとみーちゃんを連れて実家に帰る時は、カートに乗せてるワンコをデパ地下に連れていくわけにはいかないので、駅の売店が大事な場所だった。


チム語源前チムは、見送りに行くとしつこかったけど、私が弁当を買うことを楽しみにしてることと、電車に乗る前は、自分なりの時間を楽しみたいことなどを言って、とにかく来ないでほしいと頼んだ結果、わかったと言った。


その日私は発車時間の30分くらい前に駅に着いた。ワンコたちのカートを押しながら、改札を通ると、チム語源前チムがいた。


ニコニコしながら、私に、高級店の弁当を渡してきた。


わかったと言ったのは、見送りに来ないことではなく、弁当を用意するということだったのだろうか、とにかく迷惑なことではあったが、自分では買うことのない、高級店の弁当に罪はない。


ありがたくいただくことにした。


しかし、発車の時間まで、チム語源前チムがずっと一緒にいる。


困った話だ。高級店弁当をもらってしまったから、他に買うことができない。


仕方なく、ホームで北斗星が来るのを待った。チム語源前チムに気を使いながら、苦痛な時間を過ごした。


本当ならば、私は北斗星がホームに入ってくるところから、写真を撮りまくりたかった。まーちゃんもみーちゃんも初めての北斗星だ。私は写真を撮ることも楽しみにしていた。それなのに、できなかった。


いつもなら、北斗星が走り出す時も、ワクワクしながら窓の外を見て、これから始まる長旅を充実したものにしようと、私なりの過ごし方があった。それもできなかった。


見送るチム語源前チムに、ひきつった笑顔で手を振るとは、旅の始まりは楽しくなかったけれど、やっと解放されたとホッとした。


私の楽しみは、とにかく電車で食べる弁当だ。


今回は高級店の弁当だ。三段の弁当箱だった。


開けてみると、一つ一つおかずが仕切られてて、一つ一つが小さい。少ない。けど、食べたことのない高級店の弁当だ。大事に食べよう。


私は、一つ一つ、しっかり噛んで味わった。


最大のミス
だった。


寝台特急北斗星は揺れる。しっかり噛んで食べた私は、函館に着く頃にはすっかり消化されて、お腹が空いた。


函館に着くのは夜の12時近くだったから、車内販売も最終の時間だった。私は、このままでは上野まで空腹に耐えられないと、車内販売に走った。


残っていたのは、ちくわだけだった。


ちくわとビールで、私は楽しみにしてた北斗星の夜の旅を過ごしたのだ。


チム語源前チムのことが許せなかった。


その後、今の私の店に最初の頃に来てくれてたが、色々あって出禁にした。


『お金はいらないから、二度とくるな』と言ったら、『俺は来る!』と言ってたけど、さすがに来なかった。


店で色々あったことは、とにかく腹立たしいことだったけれど、高級弁当事件の方が私は許せない。

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