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#3尻ズ~ぼくらの夏の交差点~

コンビニの前に、襟足の長さに定評のある公務員が集団でいる。

醤油の溜まり具合から考えても、他にはない異様な空気を感じる。
のちに、脇にかけた香水のせいだと気づくのは、まだ先の話。

入店できないコンビニ利用者は、「ブレーキとアクセルを踏み間違えたわい」と正攻法のいいわけを繰り出すか、市外局番から警察に訴えようかと考えているのだろうと、店の中から思う。(ニヤつく)

さて、どうするのか。

角刈りの店員として、小粒の瞳で見届ける。

どうやら「エビデンスをください!」と、彼女は言ったようだ。
だが、自分の語彙力のなさで、何を言っているか分からない。

なんて?と俺は呟いた。

黙認を続ける襟足の長い公務員たちは、朱肉をたっぷりつけた印鑑で、彼女のことに、目もくれず書類に判を押し続けた。再度、朱肉に戻らずに。

「エビデンスをください!」、防犯ブザーのように鳴り続ける。
集団の押印作業で、工事現場と同等の振動が響く。

固唾を飲み続ける。するする入る、まるでお水みたい。
裏では、店長が天災だと、カラーボールを持ち始めた。

「やめてくださいよ!店長!今いいところなんですから!」



ー夏の湿った風と共に、公務員の手元の書類が舞い上がるー


「上」「か」「ら」「の」「圧力」と、印鑑で押した文字が確認でき、月の光で朱肉が強くついてるところは透けて見える。

そう彼らは、上司の指示で動くことが出来なかったのだ。

「みなさん、中間管理職…だったんですね(泣)」、涙ぐむ彼女は朱肉の濃度で自己主張する彼らの奥ゆかしさに、目がしらの熱量を止めることが出来なかった。


見逃した俺は、なんで彼女が泣いているか見当もつかなかったけど、湿った風のせいか、それとも店長と揉めたからか、体温が上がったことで異様な空気の犯人が香水だったと気づいた。

ぼくらの夏の交差点

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