Ikuyo Matsubara

風景の中にいろんな愛のカタチを歌う弾き語りシンガーソングライターikuyo。 平日は都…

Ikuyo Matsubara

風景の中にいろんな愛のカタチを歌う弾き語りシンガーソングライターikuyo。 平日は都内バイリンガル保育園で音楽を教える保育士Ikuyo先生。 南九州生まれ東京在住。温和に見えて猪突猛進おうし座O型。 独特な人生は、そのまんま音楽で仕事で私生活。出る杭を育てる保育者でいたい。

最近の記事

その段階やタイミングでしか見れない景色を大切に歩きたい

表面的には何も変わってないし、日々のことを淡々とこなしていってるだけなんだけど、見えない内側や水面下ではすさまじい変革が起こっている。 もしかしたら、今の私はそういう時期なのかもしれません。 たとえば日々の筋トレとかストレッチとか楽器のスケール練習とかみたいに、いま大声で叫ぶよりも淡々と進めていきたいこと・いまは内に秘めておきたいことが、いまの私にはものすごく多いのかもしれません。 わかりやすく短い言葉で言えば、「言うよりやれ!」なんだと思います。 内側に熱いマグマを秘め

    • 光の道へ

      私は泣き虫で、映画・アニメ・音楽・本・人や動物には感情移入してすぐに泣いてしまうんですが、じつは自分のことでは滅多に泣きません。 自分の問題でなにか大変なときやつらいときは、逆に誰にも言わずに「これをどうするか」で頭が忙しくなることが多いです。 ごく身近で近しい人にだけ時々、ボキッと折れる前に弱音や愚痴を言うことがありますが、正直な話、聞く方はしんどいだろうなと思います。 なので相談は基本、相談したいことの専門家のプロに話すことが多いかもしれません。 私がプライベートで

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        こいのぼりと白竜がラッキードラゴンになりますように。

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          ばいばい、私の誕生月4月。美しい季節でした。

        その段階やタイミングでしか見れない景色を大切に歩きたい

          分岐点

          いま、書きたいことというよりも4月のうちに書き残しておきたいことが複数あって、どれかひとつに絞れません。 写真も、ものすごく沢山あるし。 今週末ゴールデンウィークが始まったら、複数書きます。 正直すぎてドン引きですが、それがいまの私のリアルでした。 ただ、4月は美しい季節の風景や色彩の中で、いろんな気づきがあり、大切な時を過ごしてます。 向き合いたいものが沢山あり、それらはこの季節の風の温度や匂い・色彩が大切なことや必要なことを私に思い出させてくれる。 だって私、4月に生

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          桜ふる日、7年前に1歳だった保育園の子が成長した姿に再会した奇跡

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          差し押さえでピアノもオーディオもなくなった家庭の女子高生が、なぜピアノ弾き語りシンガーソングライターikuyoになったのか。

          6日のお昼、以前からお会いしたかったボイストレーナーのフェルナンデスユウコ先生の発声トレーニングを都立大学前という駅で受けてきました。 ボイトレに限らず、ここまで生きてきて解決しなかったいろんな問題の共通した根っこの原因を、ユウコ先生のレッスンで気づかせて頂けた有益なひとときでした。 その帰り道、都立大学前で桜並木を散策中、なつかしいポルトガル語の看板が…。 そんな曲があったことも忘れてたけど、私が高1か高2の時に作詞作曲してピアノの弾き語りで歌っていた「CARNAVAL

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          『さくらさくら』を2〜7歳の子供達と歌った音楽レッスン

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          卒園式。爆笑スピーチ。ピアノの機材トラブル。

          3/23勤務先のバイリンガル保育園の卒園式が無事に終わりました。 私がこの園に来たときは2歳クラスだった彼等が、4月には小学生になるんですね。 ひとりひとりとの初対面や小さい時の姿を覚えてるから、大きくなった今の姿を毎日見てるだけでも正直な話、毎日こっそり感激してました。 そんな彼らとも、明日でお別れです。 私は毎年、どこの園でも卒園式は号泣していました。 てっきり今年もそうだと思ってた。 ところが… 毎年そうだと言えばそうなんですが、今年の卒園児達はキャラかぶりなしに

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          プレゼントは、子供達の五感に。

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          生きるために私が発信をやめない理由

          2日間早遅寄りの遅番で仕事してた間に、国内外で愛される漫画家の鳥山明さん・ちびまる子ちゃんの声優のTARAKOさんが亡くなっていました。 たまたま自分が発信しているX(Twitter)を開いて知ったのですが、そうでなかったら… 半日働いてニュースもろくに見ずにいた私は、国民的な文化と時代を作ったお二人の死をまだしばらく知らずにいたのだろうなと思いました。 そして、私が昔あることに危機感をもち、一度保育士を辞めたきっかけになった出来事のひとつを思い出しました。 かなり昔、

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          あのときも今も、一瞬一瞬が今だから出来ること・今だから学べることです。

          保育士になった頃のことを思い出す機会がありました。 当時の私は医療施設の院内保育士・シンガーソングライターとしてのアーティスト活動の二足わらじ生活でした。 (いまのように保育士をメインにしてアーティスト活動を制限しているのでなく、当時はメインがアーティスト活動というスタンスだった) 保育士の仕事のあとはスタジオリハに直行したり、自宅やスタジオでの曲作りや練習。 月数回のライブに他のアーティストとのユニットやピアノサポートやラジオ番組レギュラー、毎日アメブロ更新と自己管理のた

          あのときも今も、一瞬一瞬が今だから出来ること・今だから学べることです。

          横道坊主・中村義人さんの還暦祭ライブ。

          私は九州の出身なんですが、生い立ちは子供の頃から結構いろいろある環境に育ったかもしれません。 その中で、最も辛かったいくつかの節目には、決まってカッコいい音楽・カッコいいミュージシャンの方々との出会いに助けられてきました。 やがて故郷を離れ、大人になった私がなにも知らずに東京に来てから後の未来には、その中の何人かの憧れのミュージシャンの方々との再会がありました。 10代だった私のことを覚えて下さってた方も、覚えてなかったけど温かい笑顔を向けて下さった方もいた。 そして先

          横道坊主・中村義人さんの還暦祭ライブ。

          再生

          前回記事のライブで歌った曲から起こった奇跡のドラマ

          前回記事の4年ぶりのライブで、私ikuyoが実話ベースの3つのストーリーとして作詞作曲した楽曲を歌ったことを書きましたが… なんと、その中のひとつ「I'm here」(作詞作曲/ikuyo)で歌われたご本人から、SNSにご連絡を頂きました。 (ちなみに私は、その場では何も言わずに後でしれっと曲にして歌いつつ、曲のモデルや登場人物にされた人達にはずっと黙ってることが昔も今も多いです) それが今回添付した私のライブ動画の曲「小さな願い」という曲を私にくれた路上詩人firiaくんです。 「小さな願い」作詞作曲‘/路上詩人firia        編曲・歌唱・ピアノ/ikuyo firiaくんとは20年前、私が喉の病気で歌えなくなってた時に当時22才で旅の路上詩人だった彼と、吉祥寺の井の頭公園でドラマみたいな不思議な出会い方をしました。 色彩鮮やかな錦絵みたいに地面に散らばった彼の絵と詩に私が足を止めた時、 「詩が好きなんですか!?」 と、ものすごく嬉しそうな笑顔で話しかけてきた金髪で全身黒づくめのV系ホストみたいな美形のお兄さんが、初対面の彼。 メディアにとりあげられて活躍してる人だとは全く知らず、たまたま同郷で隣の高校だったことで同窓会みたいにナゾに話がはずみ、楽しくなって詩を書いてもらいました。 というか私のマシンガントークに絶妙の返しをしながら(しかもおもろい)、なぜ彼が15分で私の話した内容から繊細で美しい詩と絵を描けるのか、ほんとナゾでしかなかったな。 この時に彼から15分で書いてもらった詩に突然メロディが降りてきて、私は20分で曲をつけてすぐにピアノをアレンジして歌い、4時間後その日のうちに吉祥寺のスタジオに行って簡単なデモ音源を作りました。 牡牛座の王道みたいな牡牛座だけに牛のようにドテッとして中々動かない私が、こんなに速い仕事をしたことは多分あとにも先にもありません。 (作詞15分・作曲15分で出来た曲だと後で自慢しようとワクワクしてたのに、私が5分負けたぜ…と、内心くやしく思いながら。笑) そして半年後。 東京で再会した彼に詩のお礼を言って、その「Wish Letter」という曲のデモを渡しました。 このことが後々、私の運命を変えることになる。 その後、九州に帰った彼とは物理的に離れましたが、主に彼の作詞・私の作曲で数曲を共作しました。 離れたあとも、沢山の人達とのご縁を作って頂いたり、ご本人と何回か音楽や人間関係や言葉のあやで大喧嘩をして疎遠になったり、節目には助けられたりまた再会したり… ほんとつかず離れずと数奇な、不思議な運命をそれぞれがマイペースにたどりつつ、その先にある「現在」が、今回だった気がします。 言葉を紡ぎ、旅をしながら路上で詩を書き、自分が辛いときも沢山の人達を感動させて、ありがとうを言われてきたかつてのfiriaくん。 綺麗な奥様と、ご両親似の美少年の息子さんを授かった現在も、その才能から他の分野で言葉を紡いで活躍されていて、やっぱり沢山の人達からありがとうを言われてます。 そのことや、今回のご連絡が、ほんとにうれしかった。 音楽やってて一番私が幸せだと思うのが、こういうことなんだと思います。 firiaくん、ほんとにありがとう! 私はこういう性格だから、いちいち話してなかったけど、あなたやあなたの言葉には、自分の翼が折れた時に何回も羽をもらってました。 それが、私自身が思ってもなかった意外な時も含めて、この20年間に何回もです。 その羽をくれたあなたは、あなたが生きてきたことが出会った人達を幸せにしていることに、一生誇りを持って下さいね。 あなたもあなたの周りの人達も幸せになることを、歌いながら一生願ってます。 人生、ほんとなにがあるかわからないし、どんな出会いが、後でどんな未来につながるかわからない。 ひとつひとつのドラマを、音楽でも保育でも大切にしていきたいです。

          前回記事のライブで歌った曲から起こった奇跡のドラマ

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          池袋FIELDライブありがとうございました!

          池袋FIELDライブありがとうございました!

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          2/4池袋FIELDで4年ぶりに配信ありライブをやる理由

          4年ぶりのライブになりますが、舞台女優でシンガーの竹之内麻里さん企画のお誘いで、池袋FIELDの配信ありライブNO-TITLEに出演させていただきます。 当日チケット・配信チケットは、1/31までこちらでご購入いただけます。 私には4年間のブランクがあるわけですが、そのあいだコロナ禍や身内の高齢化をはじめ、いろんな変化が世の中にも身内にも私自身にもありました。 まず、生きていくための生活や自分や身内を支えるための経済力・そのための実力をつけることを最優先させる必要があり

          2/4池袋FIELDで4年ぶりに配信ありライブをやる理由