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映画『銀河鉄道の父』視聴感想

門井慶喜作の第158回直木賞受賞作『銀河鉄道の父』の映画化作品を観たので感想などしたためてみます。ちなみに大変恐縮ながら、原作は未読です。

宮沢賢治は定期的に読み返すし割と好きではあるんですけど、小学生の頃に学習漫画を読んで抱いたホントこいつ……という呆れの気持ちがぶり返す映画でした。

■映画情報

【公開】2023年
【監督】成島出
【原作】門井慶喜
【脚本】坂口理子
【上映時間】128分

■ざっくりあらすじ

宮沢政次郎は岩手県で父の代から続く質屋の主人を務める実業家。一家の長としての責任感のもと厳格に日々を過ごすが、一方で子育てにはとても熱心かつ愛情深く、長男・賢治にはつい甘い態度をとってしまうところがあった。

賢治は長男としてゆくゆくは家業を継がなくてはならない立場にも関わらず、中学校では大した成績を取れなかったのに進学したいと言い出し、商才も無い癖に勝ち目のない商売を始めたがり、商人は嫌だ農業をやりたいと言った挙句に宗教に傾倒し。あまりにエキセントリックな賢治に政次郎は振り回され、時には怒り、時にはなだめ、時には涙し、全力でぶつかっていく。

どんなに振り回されようとも、対立しようとも。
政次郎の愛情は、賢治がたった37歳で病に倒れるその日まで、決して失われることはなかった。

■ざっくり感想

役所公司はずるいだろ
なんかもう、政次郎さんのキャラクターがずるすぎる。

だってもういっそ哀しい。とてもかわいそう。
真面目で素直ですっごく良い人で責任感も強くて、正しく生きられる人で。だからこそ、自分の心を無視してでも成すべきことを成せる人で。
本当だったら自分もやりたかったこと、どこかで諦めたこと、本当は甘えたかったあのとき。それを、自分が我慢したからお前も我慢しろじゃなくて、自分がやれなかった分、子どもたちにはできる限り自由にやらせてやりたいと思えるタイプの人だっていうのがもうすごく哀しい。

生まれたての賢治の小さい手を握ったときに、俺はこいつを一生かけて愛して守って立派に育てあげるんだって誓ったんだと思うんです。
そして政次郎さんは自身に課したその至上命令を愚直に守ることこそが、人生において最大の成すべきことになっている。

こんなにも厳格な雰囲気で、でも愛情深くてちょっとおかしくて愛嬌たっぷりなんて設定盛りすぎなキャラクターはもう役所公司にしかできないでしょ。ずるいよ。

映画全体としては邦画らしい静かな展開で、賢治ファンからするとちょっと史実からの改変や削られたエピソードが気になってしまうかもなぁという感じ。
でも今作のメインは賢治の人生を描くことじゃないですから。そこは割り切らないと作品として散らかってしまうので仕方ないところでしょう。

広告などでは割と笑って泣ける家族の愛を描いた作品みたいな感じを打ち出してるんですが、実際はそういうハートフルな感じというよりかは全編通してずっと死の匂いをまとった作品だと思います。
それは賢治の作品に漂っている匂いにも似ている気がしました。

■宮沢賢治を知らなくても

宮沢賢治の半生を描く作品という訳ではなく、あくまで主人公は賢治の父・政次郎なので、そんなに賢治に触れてきていない方でも特に問題なく観られる作品だとは思います。

ただ同時に、これを宮沢賢治の生涯を描いていると思うのはちょっとストップ!って感じです。あくまで父・政次郎の視点から宮沢家を描くという体の創作物なので、あくまでノンフィクション映画ではないことは理解して観るべきです。
なのでもしあまり宮沢賢治本人のことは知らないなぁという方は、視聴前でも後でも良いので、軽くWikiくらいは読んでおいた方がいいかもしれないです。

私は小学生の頃に宮沢賢治の学習漫画だか伝記だかを読んだんですが、そのときに強く感じたのが「なんやこいつ」だったんですよね。

だって賢治が(言い方は悪いんですが)好き放題できたのって、結局のところ実家が裕福で、しかもそれを許してくれる家族がいたからじゃんって思ったんです。
菜食主義を気取ってるけど、食べられるのにあえて食べなかっただけで本気の本気で食べるものを選ぶ余裕もないほど飢えきったことなんか無いし、いざ病気になったらあったかい屋根の下で手厚く看病してもらってるじゃんって。

学習漫画とかでも、実家は質屋という農民を搾取する家業も扱っていたので賢治はひどく心を痛めたとか、心の支えだった宗教を父親に否定されたとか。なんかそんなようなことが書いてあった気がするんですけど。
もちろん人生は失敗と苦悩の連続の上に成り立つのが当然なので、それが良いとか悪いとかは思っていなかったし今も思っていないんですけど。

ただ小学生ながら、いやでもお前最終的には好きなことさせてもらっとるやんけ、と思ったことは覚えています。
いやなガキだな。

一応補足しますが、むちゃくちゃ書いてますけど賢治の作品は好きで割と読んでいる方だと思います。でもどんなに作品が好きだからって、作者の生き様まで好きにはなれないって話であって、決してアンチとかではありませんので……。

■よかったところ

・画の美しさ

日本独特の空気の色というのか、賢治の感受性の土台を作ったと言われて説得力のある、風景の描写が美しい映画だと思います。

なんとなく緑が強いというか、いつもほのかにオレンジの光が被っている感じというのか……フィルムカメラで撮った写真のようなノスタルジックな雰囲気があります。
あと賢治の作品をふまえてなのか、光の使い方にとてもこだわりを感じました。

特に感じたのはトシのお葬式のシーンで、すっごい絶妙な時間帯なんです。まだ陽がある夕暮れでも、完全に真っ暗の夜でも無い。今まさに陽が落ちたような薄暗さの青い夕方の時間。
そこにメラメラと燃え盛る火が置かれて、その向こうに白い装束の人々が並んでいる。人々に落ちる影は柔らかい青、照らす光は強い炎の赤。
すごい色彩だ……と思いながら見ていました。

・賢治の描き方

全体として、実際の賢治のエピソードの中でもよりピュアな部分をクローズアップしている印象を受けました。例えば多少はあったらしい異性とのあれこれだとか、交友関係だとかについては全く触れていません。
そのせいか、なんだか生々しさみたいなものをあまり感じないんですよね。そこが余計に、なんなんだこいつ感を強くするんです。

パッと見、今作でも賢治はマジでなんなんだこいつなんです。家の宗教は浄土真宗だっつってんのに葬式で太鼓叩きながら法華経叫ぶ長男とか怖すぎる。

でも観ていて、賢治がものすごく繊細な心と鋭敏な感受性を持っている、どうしようもなく素直で優しい性分であることだけは疑わずにいられるんです。
間違って人間に生まれてしまった別の生きものみたいな懊悩も痛いほど伝わってくる。

でもどんなに苦しくても辛くても、人間に生まれてしまったからには人間として生きなくちゃいけなかった。だのに、人間として育ててやれなかった。そんな両親の痛みのようなものを感じました。

その辺り、菅田将暉があの独特の雰囲気を存分に使ってうまく演じていると思います。坊主に気を取られている場合ではない。しかし頭の形が綺麗だ……。

■ちょっと気になったところ

・CGはちょっとイマイチかも

そこが大事な映画では無いのでスルーできる点ではあるんですけど。

こう、窓を開けて目の前に広がった風景の美しさに心が動いて……みたいなシーンとかで、あからさますぎるCGなのがなーーー。なんかそっちが気になっちゃって若干集中力が削がれちゃいました。
特別にCGが変だったとかではないと思うんですけど、なんであのシーンで突然気になっちゃったんだろう。CMに使っているくらいなので、制作側としても推しているシーンだと思うんですけど。うーん?

あとラストはやりたいことがハッキリしすぎてるのでこっちである程度補正して受け止められるんですけど。やれますけど、うん……。うーーーーん。
むしろ他を捨ててここに全てをかけて作り込むくらいしないと、ちょっと演出効かせすぎちゃってるというか。ドラマティックにしすぎちゃったかなぁって感じがしました。
悪いシーンじゃないと思うだけに、本編の画作りとの落差がちょっとなーーーーーってなってしまいました。

・主題歌がなぁ……

先に言っておきますけど、いきものがかりは悪くない。
でもこの映画のエンドロールで流れて欲しい歌ではなかった。

CM(永遠にラブだぞ!のやつ)とかもそうなんですけど、本編の雰囲気に比べて明るすぎる気がするんですよね。
で、明るいにしてもちょっと明るい方向が違うかもね……という感じ。

だって例えば有名な『よだかの星』を考えてみても、醜い醜いとからかわれ続けたよだかが最後に残った矜持の果てに美しく燃える星になるってオチですよね。
私は宮沢賢治は基本的に生きていること、生まれたこと自体に一種の罪悪感のようなものを抱いた作家だと考えています。だからこそ、いきすぎた自己犠牲を美徳のように考えているところがある。

ちょっと表現が難しいんですけど、いきものがかりだと優しすぎるんじゃないかと思うんです。歌詞を読んでみても、星とか愛とか、明らかに本編に寄せて書こうという感じはあるんですけど。
なんかこう、家族愛を描いてるとはいえホームドラマでは無いんだよなぁみたいな違和感があってなんかミスマッチ感が拭えないというか。

メロディが明るいとか歌詞が不穏とかの問題じゃない、そのアーティストの持つ雰囲気みたいなものってあるじゃないですか。

めちゃくちゃ抽象的なことを書きますけど、いきものがかりって朝っぽい気がするんです。しかも、眠れぬ夜に今まさに日が昇る、とかではなく、あーまだ眠たいけど起き上がって今日も1日頑張って生きるぞ!みたいな朝。
それがなんかラストシーンからの余韻をかき消して、ちょっと悲しい物語だったけど笑顔で劇場を出てね!みたいな励ましを与えてしまっているというか。いやあの臨終のシーン見て笑顔で出るのは無理だろって話で。

なので、いきものがかりが悪いんじゃないんです。歌自体は素敵な歌です。
でも、今作の主題歌では無かったかな……。

■まとめ

宮沢賢治は熱狂的なファンが多い作家だし、実際にかなりドラマティックな人生を送った人物なので、そういう姿を描いた作品だと期待して観ると相当がっかりすると思います。
あと日本映画特有の淡々とした進行や静かな場面転換、息遣いで見せるようなシーンの連続で眠たくなってしまう方もちょっと苦手かもしれません。

正直、割と人を選ぶ映画なのかもしれないなと感じています。
でも私は画の作り方がすごく好きだと思ったし、歴史(時代)を感じる風俗などもかなり楽しめました。

求めて観るものがマッチすれば十分に楽しめる作品だと思います。

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