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ソルフェージュとインヴェンションの今昔


Chère Musique

イントロダクション

今日はおもに、約50年前のピアノ教室生徒だった方々へのメッセージ。

その方々のほとんどが、「ソルフェージュ」という言葉を聞くと、いやーな顔をします。
そして「バッハ」「インヴェンション」を「つまらない、難しい」と言います。

高校生くらいでピアノ教室を辞めてしまって、何年も経って大人になってから今度は自分で稼いだお金で、自分の意志で自分の癒しや趣味として、大人のためのピアノ教室の門を叩く。

そして、
「素敵な曲を弾きたいんです」
「ソルフェージュとかはもうイイから」
「バロック?またインヴェンションを弾くのはイヤだなぁ」

今はもうそんな時代ではないのだと、本物のソルフェージュはゲームのようでとてもおもしろいものだ、バロック音楽はとても美しく楽しい興味深いものなのだ、とお伝えするのが、今のピアノの先生のお役目なのです。

当時のピアノ教室

私も含め、この頃は’ピアノ教室’全盛期でした。
とてもたくさんの子ども達がピアノを習っていた時代です。
私は運良く音楽大学へ進学させてもらいましたが、私よりもずっとピアノの上手な子が、たくさん普通の高校大学へと進んで行きました。
それくらい多かったんです。

でも、レッスンの内容はというと。。。

生徒はみんなバイエルからブルクミュラー、ツェルニー、ソナチネという同じテキストを使って同じコースを進んでゆく、そういう指導でした。
ほとんどの先生方が、それらの指導を出来るようになるだけでも苦労されていました。

そんな中でも、ずっと勉強を続けて独自の指導法を研究したり、その頃から少しずついろいろな国で開発され始めてきた教則本を使った新しい指導法を学んで取り入れたり、そんな革新的な先生はほんの一握りでしたがいらっしゃいました。

私はなんと中学まではピアノ教室でソルフェージュはほんの少しだけしか教わらず、音大附属高校に入ってからいろいろ知らないことを発見しましたが、アンサンブルがお好きな先生だったので楽しいレッスンでした。
インヴェンションはとても苦労した覚えがありますけどね。

今は世界中のピアノ指導法が研究し尽くされ、それらを学びたい研究したいピアノの先生は、いつでもどこでも勉強して自分を伸ばしてゆくことができますし、日本にも自分の指導法を作り出している先生もたくさんいます。

ソルフェージュ

日本でのこの世代にとってのソルフェージュというと、その内容は、まるでみんなが音大の学生かのような小難しい課題。

初見視奏や新曲視唱といって、初めて見る楽譜を1分後に弾かなくてはならない、歌わなくてはならないものや、聴音といって、三回だけしか聞かせてもらえない初めての曲を数分間で楽譜に書かなくてはならないものでした。または、世界中で使われているドイツの教則本で、正しい音感を養う訓練をしたり。
そういう課題を必死でこなすのがソルフェージュでした。

小学生や中学生でこれを楽しいと思うのは、はっきり言って変人。

ここに出てくるメロディやリズムはほとんどが魅力的とは言えないもので、やっている間中ずっとみんなの眉間にシワが。。

音大やその附属高校などの専門の学校では、プロを養成するわけですから、今でもそんな感じです、たぶん。
演奏家や音楽指導者になるためには、それくらいのことは出来る基礎を持っていないといけない、とは思います。

でもね、まだ将来が見えていない子ども達にまで、その方法で基礎を教えるの?
いや、方法はそのままでもイイから、楽しいと思える指導をするべきではないでしょうか。

というわけで、今のピアノ教室では、ダルクローズやコダーイやいろいろと、ゲーム感覚で楽しめる指導法や、感動できる魅力的なメロディやリズムを使った教材、演奏力にその場で直結する教材を使う指導を出来るようになっています。

大手の音楽教室では教材自体がそうですし、講師の養成の方向性もそちらを向いています。

個人教室の先生でも、そういう良い指導法や教材が世界中にあるのだということ自体は情報として入ってくるので、それを学んで取り入れるかどうかは先生自身の問題ですね。

音楽教室のバロック

今では世界中のピアノの先生が、古楽ということを多かれ少なかれ理解しているでしょうし、音楽界全体で、その魅力と価値を広めて根付かせていこうとしていることははっきりわかります。

チェンバロやフォルテピアノが注目されて弾きたい聴きたいという人が飛躍的に増えて、古楽器による古楽の視点からのショパンコンクールが新たに発足したり、いろいろな国で古楽を専門に研究し演奏する機関が活動を広めたりしています。

ピアノ教室の世界でも、子どもや初心者のためのポリフォニーの曲集ができたり、教則本の中に当たり前のようにポリフォニーの演奏法を学ぶ要素があったりします。
ポリフォニーというのは、メロディと伴奏という役割構成ではなく、いくつかのメロディが折り重なって演奏されるという曲の構造です。

こういうステキな状態になったのは、やっぱり私たちの世代が闇雲にインヴェンションを弾かされた、そこに疑問を感じたからその反動で、というのが発端ではないでしょうか。

バッハの作品、それも鍵盤楽器の演奏を学ぶ人たちのために書かれた作品達というのは、本当に素晴らしいものです。
内容が「これほどまでに!?」と驚くほど考え抜かれていて、一曲弾くたびに大きな何かを掴んだ実感があります。
なのに少しも無機質なところがなく、本当に美しくて楽しくて奥行きがある。
バロックの他の作曲家達のいわゆるその人らしい作品、というのとはちょっと違って、生徒という立場の人々への深い愛情が感じられます。

でも、バロック時代ではなく現代の生徒さんにとっては、どんなに上手な人でも、音楽の形も弾く目的も弾き方も、すべてがあまりにも違うのですから、しっかりした説明を受けて、そしてかなり簡単な曲からバロックに入ってゆくべきです。

それに耳からもね。
鍵盤楽器以外の、または素晴らしいチェンバロ奏者の魅力的な曲をたくさん聴いてほしい。

そしてバロックの良さを楽しめるようになってから、インヴェンションでバッハのすばらしさを存分に楽しんで欲しいです。

インヴェンション

昔は、それまでバイエルとブルクミュラーしか弾いてこなかった子どもが、いきなり何の説明もなく、二つのメロディを同時に弾くインヴェンションの本を渡されて、「これからはこれも練習してきなさい」、、だけ。
まず、それまでとの違いに「何これ?」となりますね。
レッスンの内容もそれまでの曲達と同じように、ミスを直され、指の動かし方を教わり、間違えずに最後まで弾けたら終わり、という感じ。
あまりの大変さに嫌になってしまうのは当たり前でした。

今では、子どもの頃からいつの間にかバロック音楽やそれに類するものを弾いていて、自然な流れでバッハの作品に入って行ったり、インヴェンションを弾く前にしっかりと、「なぜこれを学ぶのが良いのか」を説明してもらえるはずです。
弾けるようになるまでの指導のやり方も、他の曲達とはバロックは全然違いますから、そこを分かって、楽しくなるように工夫している先生もたくさんいるでしょう。

そして何より、広い視野で音楽全体を見た時に、バッハがいかに大切で素晴らしくて魅力的で、すべての音楽の基礎となっていることを、子ども達がワクワクするような持っていき方でジワジワと教えてあげなくては。

今はそんな時代なのです。

昔にピアノ教室でインヴェンションが辛くて辞めてしまった方々は、今のこの古楽ブームがよく解らなくてハテナ状態でしょうね。
今からでも遅くはありません。
あらためて、もっと簡単に弾けるバロック作品から楽しんでみてはいかがでしょうか。

エンディング

大人の生徒さんが増え始めた数十年前から、昔習っていたことがある方に限って必ず「インヴェンションでやめました」「バッハは難しいから嫌です」「ソルフェージュは教えてくれなくて大丈夫です」と言われることに、ふむふむ、そうであろう、と、誤解を悲しんでいました。

「今の」やり方で、ぜひあらためて教わってみてほしいと思っています。

Musique, Elle a des ailes.

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