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【本の紹介】『自転しながら公転する』『無人島のふたり』(山本 文緒著)

小説家の山本文緒さんがお亡くなりになって2年半ほどになります。享年58歳でした。

『自転しながら公転する』は2021年春に発刊。最後の長編小説となりました。

実は私は、山本文緒さんの小説を初めて読みました。
教員時代は仕事に関連するものを読むのに精一杯で、現代の作家さんの本が読めなかったのです。(「現代文」という名の授業なのですけれどね)
退職後、青春を取り戻すかのように読んでいます。

文緒さんは、『自転しながら公転する』が発刊された年の2021年4月、膵臓がんステージ4の診断を受けます。さらに、抗がん剤以外の治療法はなく、それをしたとしても余命9か月、しなければ4か月と告げられます。

その翌月の5月24日から亡くなる直前の10月4日までの毎日の日記が、『無人島のふたり‐120日以上生きなくちゃ日記』です。

自転しながら公転する

『自転しながら公転する』の主人公は、30代の女性、都(みやこ)。
東京でアパレル系ショップに勤めていましたが、母親が更年期障害からうつ病を発症し、茨城の実家に戻ることになります。
都は茨城で派遣の仕事に就くのですが、将来の展望が見えません。

ある日、回転ずし屋で働く貫一と出会います。
貫一は元ヤンで学歴もお金もありませんが、読書家で物知りで人からの信頼が厚い男です。

都は仕事、親の介護、自分の恋愛や結婚など悩みが尽きません。
何が正しいのか、答えのない問いにひとり悶々とします。
自己否定に陥ったり、人と比べてしまって羨んだり、逃げだしたくなったり、手を差し伸べてくれる人の思いに気づかなかったり。
ぐるぐると思考が回ってしまい、まさに「自転しながら公転」します。

母親との関係の描かれ方も秀逸です。
物語は「都」の視点で語られるのですが、時々母親視点で語られます。
母親から見た「都」の姿は、都が自分で語るものとはかなりズレがあります。そのズレも、ごく自然にリアリティをもって描かれています。親の心子知らず、子の心親知らずです。

プロローグとエピローグにも仕掛けがあります。最後まで読まなければ答えがわからない仕掛けです。昨年テレビドラマになっていましたが、残念ながらプロローグとエピローグはズバッと切られており、非常に残念でした。
「仕掛け」は本を読んで確かめてみてください。

この本は、人と比べてしまって自分が嫌になってしまったときにおすすめです。きっと元気になれることばに出会えます。

無人島のふたりー120日以上生きなくちゃ日記

突然末期の膵臓がんの宣告を受け、抗がん剤治療をしない「緩和ケア」を選択されてからの日々の生活や思いを綴られた日記です。
『無人島のふたり』という題は、ちょうど新型コロナが蔓延していた時期に夫婦二人で過ごしておられたことから付けられているのですが、コロナでなくとも、二人きりで死にゆく病に向き合っておられる状態はやはり「無人島のふたり」そのものだったと思います。

ここには、
体調のこと
仕事の進み具合
近所のステキなカフェのこと
往診に来てくれる看護師さんやお医者さんのこと
見舞いに来てくれる人への感謝やねぎらい
過去の回想
などが綴られるのですが、
いつもそばには旦那さまがおられることが感じられます。

旦那さまの膝枕で動画を見て笑ったり
旦那さまが作ってくれるものを食べたり
一緒に泣いたり
気遣いに感謝をしたり
傍にいてくれることに幸せを感じたり

だんだんと身体は弱っていかれるのですが、
たぶん死への不安はあるのだと思うのですが、
旦那さまとの生活は最期まで淡々と続くのです。

亡くなる1か月ほど前、9月7日の日記にこのような文章があります

それにしてもガンって、お別れの準備期間がありすぎるほどある。いや4月に発覚して今は9月なのだからあっという間の時間だったはずだけれど、とても長い期間お別れについて考えた気がする。別れの言葉が言っても言っても言い足りない。

『無人島の二人』9月7日の日記より

淡々と続くように見えますが、大切な人との「別れ」を常に思いながらの生活なのですよね。

生の続きに死があるのだということを、あらためて感じさせていただきました。
最期まで書き続けてくださった山本文緒さんに感謝します。



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