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映画レビュー『吉原炎上』(1987)艶やかさだけではない、過ぎし時代の空気感

吉原遊郭とは

吉原遊郭は、江戸幕府によって
公認された遊郭でした。

江戸初の遊郭
「葭原(よしわら)」が
設置されたのは、
1617(元和3)年、

この時に幕府が提供した土地は、

日本橋葺屋町(ふきやちょう)
2丁四方(約220平方メートル)の
区画だったそうです。

海岸に近く、
江戸の僻地だった
この土地には、
ヨシ(葦)が生い茂っており、

「吉原」という名は、
これが由来になっています。

1656(明暦2)年、
江戸市中(中心部)が
拡大し続ける中で、

幕府は吉原遊郭に、
移転を命じました。

こうして吉原遊郭は、
日本橋葺屋町から、

浅草寺裏の日本堤
(にほんづつみ)へ
移転することになります。

本作の舞台は、そんな時代から
250年以上経った
1907(明治40)年です。

お話自体は
フィクションではありますが、

本作は遊郭に生きた女性の
生きざまを本格的に描いた
はじめての作品
とも言われています。

また、タイトルのとおり、
劇中で吉原遊郭が
炎上しますが、

この「吉原大火」は、
1911(明治44)年に
実際にあった出来事です。

あどけなかった女性が
立派な花魁に

物語の主人公は、
上田久乃(名取裕子)、

船乗りだった父が
海難事故で他界し、
その賠償金の工面のために、
19歳で吉原遊郭に売られました。

本作を観ていると、
このような家庭の事情で、
遊郭に入らざるを得なかった

女性が多くいたことが
よくわかります。

劇中でも描写されていますが、
遊郭に遊女として入る時に、
誓約書を書かされ、

そこには、雇い主の許可なく、
遊郭の外に出ることを
禁じるといった制約も
書かれていました。

とはいえ、
遊郭に入ったからといって、
すぐさま「遊女」に
なりきれるわけでもありません。

久乃も自ら望んで、
こんな風になったわけでも
ないので、

最初は勝手がわからず、
はじめて指名された時には、
耐えきれず、

泣きながら、
逃げ出してしまいました。

その後、先輩の手ほどき
などもあり、
(同性愛の要素)

徐々に遊女らしい
振る舞いが
さまになってきて、
心にも変化が出てくるんですね。

そういった人の変化が本作の
おもしろいところでもあります。

艶やかさだけではない、
過ぎし時代の空気感

「遊郭」を描いた作品なので、
やはり、ヌードや
濡れ場が多い作品です。

公開当時も、
そういった部分が話題の
作品だったようですが、

今の視点で観てみると、
そういった部分よりも

ひとつの時代を描いた
という点で貴重な作品に
感じられます。

まずは、遊郭の雰囲気ですね。

こういった特定の業界の
裏側を描いた作品を
「内幕もの」
と言ったりしますが、

本作は、その「内幕もの」
としても、
秀逸な作品だと思います。

「遊郭」がどのような
システムに基づいて
運営されていて、

そこで働く女性たちの
成り上がり、
それとは逆の没落も
見ものの一つです。

また、見落とされがちな
ポイントとして、

この遊郭で働く男性たちの
描写も挙げておきたいですね。

この役を演じるのは、
左とん平、岸部一徳といった、
稀代のバイプレーヤーたちです。

男たちが店の前に立って、
客を呼び込む声は、

まさしく江戸弁のそれで、
チャキチャキとした
リズムのある調子が
なんとも心地よく感じられます。

もしかすると、
今でも東京の下町などに行くと、
こういった呼び込みの声は
聴けるのかもしれませんが、

個人的には、
久しく聴いていなかった
調子の声だったので、
なんとも新鮮でした。

また、男女のやりとりも
今の時代とは違っていて、
(急に二人で歌いはじめたり)

そういった描写も
本作ならではの
雰囲気があります。

もちろん、
この物語の主役は
女性の生きざまです。

この時代の女性が
何を感じて、
どのように生きたのか、

男女を問わず、
その想いに心を寄せてみると、
何か得るものがあるはずです。


【作品情報】
1987年公開
監督:五社英雄
脚本:中島貞夫
原作:斎藤真一
出演:名取裕子
   二宮さよ子
   藤真利子
配給:東映
上映時間:133分

【原作】

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