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フェンタニル過剰摂取の問題(上)

<注意!薬物の過剰摂取、依存症に関する記事です>
<薬物依存に苦しんでいる方、サポートを必要としている方は、こちらのページに相談先一覧があります。特定非営利活動法人ASK:https://www.ask.or.jp/article/6502


*最初に公開した文章を編集、追記しています*

アメリカのオピオイド危機

1990年代以降、アメリカではオピオイド依存症と過剰摂取が問題になってきた。「オピオイド」という言葉自体は、カタカナではあまりピンとこない人も多いかもしれないが、「モルヒネ」や「ヘロイン」「アヘン」という言葉は知っている人も多いだろう。

モルヒネ、ヘロイン、そして今急速に過剰摂取の問題が広がっているフェンタニルに共通するのは、全て強力なオピオイド鎮痛剤だということ。そう、痛み止めである。急速かつ強力に効果を発揮するオピオイド鎮痛剤は、末期癌や手術などの耐え難い痛みを緩和する上で重要な薬物である一方、依存性が非常に高く、激しい中毒症状が現れ、ひどい場合は呼吸停止から死亡に至るので、過剰摂取による死亡が後を絶たない。

オピオイドの過剰摂取問題を複雑かつ深刻にしているのは、これがディーラーからこそっと買うような、いわゆる「違法薬物」の売買のみで広がったのではなく、合法的に処方された鎮痛剤による依存症が発端になるケースが非常に多いこと。

処方された鎮痛剤の過剰摂取による死者は、1990年代から徐々に増え、1999年から2021年の間に28万人近いアメリカ人が死亡している(CDC 2023)。鎮痛作用だけでなく、多幸感を感じさせる効果もあり、偶然に多く摂取してしまったり、アルコールなど他の薬物と一緒に摂取したり、多幸感を得るために使用することなどを通じて依存症になり、中毒症状を引き起こす。依存性が非常に高いため、個人の努力だけで過剰摂取を抜け出すことは非常に難しいことが知られている。だから薬物乱用ではなく、依存症という病気として理解し、刑事罰ではなくリハビリの治療が必要なのである。

アメリカで長く続いてきたオピオイドの過剰摂取問題ですが、ここ数年で急激に中毒死者が増えてしまっているのが、フェンタニルだ。非常に安価で購入でき、モルヒネの100倍、ヘロインの50倍の強さがあると言われます(DEA, d.n.)。ごく少量で簡単に過剰摂取となり、意識を失い呼吸が止まることで、極めて短時間で死亡するケースが多い。


(フェンタニルの作用をブロックする解毒剤のナロキソン[商品名はナルカン(NARCAN) ]は、症状が出てすぐに使用すると高い効果を発揮し、これまで多くの命を救っている)


アメリカとカナダを中心に、多くの痛みとトラウマと共に生活する人々、特に路上での生活を強いられている人々の間に急速にフェンタニルの使用が広がっている。別の薬だと思って購入したのに、中にフェンタニルが含まれていて、知らないうちに中毒症状を起こす事例も多く報告されている。そうした意図しないフェンタニルの摂取を防ぐため、、ポートランドの所々でフェンタニルの検査キットが無料配布されている。


近所のリサイクルショップの入口に置かれていた検査キット

また下の画像のように、レインボーフェンタニルと呼ばれるカラフルな錠剤状のものもあり、子供がお菓子と思って摂取してしまう場合もあり、意図しない過剰摂取が多く起こっているのもフェンタニルの特徴といえる。

スポーツとの関係

医者でも薬物依存の専門家でもない私がこの問題に関心を寄せるのには色々な理由があるが、大きな理由の一つはスポーツとの関わりだ。

スポーツは取り組み方によっては大きな健康効果や達成感、幸福感をもたらしてくれる一方で、激しい接触を伴うスポーツや過剰なトレーニング、練習や試合における事故などで深刻な怪我をすることもある。

スポーツ大国アメリカでは、アメリカンフットボール、バスケットボール、ベースボール、アイスホッケーの4大スポーツをはじめとして、多くの人が多様なスポーツに親しんでいる。この中でも、特に深刻な怪我が発生しやすいのがアメフトとアイスホッケー。これらのスポーツでは小学生からプロの選手まで、全てのレベルで怪我が起こるが、競技レベルと年齢が上がるほど選手の体は大きく重く、スピードは速く、衝突する際の衝撃が増大し、その結果怪我の深刻さも度合いを増す。

特に脳しんとうを伴う頭部への怪我は、それが繰り返されたり十分な休養を与えない場合は、ひどい頭痛や鬱、気分のムラ、倦怠感など長期的で深刻な後遺症が残ることがある(University of Utah, Health, 2023)。

骨折や打撲、捻挫、靭帯損傷、脳しんとうの後遺症としての頭痛など、スポーツによる怪我の痛みに対してオピオイド鎮痛剤がしばしば処方され、そこには高校や大学のアスリートたちも含まれる。

特に競争が激しくなるほど、怪我が十分に治っていない段階で練習や試合に復帰しようと焦るアスリートは多く、また勝利にこだわる指導者がそれを許す場合もあり、結果として痛み止めに頼るというサイクルが生まれてしまうことがある。怪我が治り切らないうちに復帰すれば、二次的な怪我を負ったり、生涯に渡って後遺症に悩まされる可能性があるにも関わらず。私自身、選手時代に両膝の前十字靭帯を断絶し、再建手術を受けましたが、20年経った今でも痛みが出るし、腫れが伴う場合は鎮痛剤を使うこともある。

つまり、競争が激しく、プレッシャーが大きい環境でプレーする選手ほど、十分な回復期間を経る前に競技に戻ってしまう傾向があり、結果として深刻な後遺症や痛みと共に生きていく可能性が増してしまうのである。

そこに登場するのがオピオイドだ。上に書いたように、アメリカでは高校生アスリートでもオピオイド鎮痛剤が処方されることがあり、これが負傷直後の短期間の使用だけでなく、日々の練習の中で発生する痛みを紛らわせたり、後遺症への対処として長期的に使用されることが依存症につながっていく(Health, Life, Recovery, d.n.)。

こうした処方された鎮痛剤がいわゆる「ゲートウェイドラッグ」として機能してしまう側面もあり、怪我の治療からヘロイン使用、現在ではフェンタニルの使用にいたるケースがある。日本でもアスリートや元アスリートによる違法薬物の使用が話題になることがありますが、オピオイド系鎮痛剤の過剰摂取については、それを単に個々の選手の責任とみなしているうちはこの問題は解決できないだろう。

日本でも競争性の高い競技会が低年齢層にドンドン広がっているが、競争性を高める先にこうした問題が横たわっていることを、もっと多くの人に知って欲しいと思う。競争ばかりでない、自分のペースで楽しく取り組めるスポーツの場を守ることは、命を守る上でも重要なのだ。

ポートランドで緊急事態宣言

ここポートランドでは、ちょうど昨日(1月31日)フェンタニルの過剰摂取問題に対し、90日間の緊急事態宣言が出された(CNN, 2024)。それほど事態は急激に悪化しているということなのだろう。

私もちょうど昨日、ポートランドに到着してすぐに、1回目の遭遇があった。すっかり長くなってしまったので、続きはまた別の記事で。

出典一覧

Centers for Disease Control and Prevention. (2023). "Opioid Overdose". https://www.cdc.gov/drugoverdose/deaths/opioid-overdose.html

CNN (2024/1/31). "Oregon leaders declare 90-day state of emergency in downtown Portland to address fentanyl crisis" https://www.cnn.com/2024/01/31/us/fentanyl-crisis-portland-state-of-emergency/index.html

DEA. (d.n.). "Fentanyl". https://www.dea.gov/factsheets/fentanyl

Health, Life, Recovery. (d.n.). "Athletes, Injuries, & Opioids". https://healthyliferecovery.com/athletes-injuries-and-opioid-abuse/

University of Utah, Health. (2023). "Concussions: How They Can Affect You Now and Later" https://healthcare.utah.edu/healthfeed/2023/11/concussions-how-they-can-affect-you-now-and-later



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