とある元ライトノベル作家の備忘録①

はい、元ライトノベル作家です。伊神一稀と申します。
第9回小学館ライトノベル大賞の優秀賞を受賞し、ライトノベル作家としてデビューしました。
受賞作は「異世界錬金メカニクス」(後に「クロスワールド・アルケミカ」に改題)でした。

主にTwitterを楽しんでいる身なのですが、そこではよく作家の生存率という話題が盛り上がります。
私がフォローしている人たちがエンタメに属している方が多いので、定期的に出てくるんですね。
定期的に出てくるくらい皆が気にしていることだし、業界のあるあるネタなくらい当たり前だし、厳しい現実があるという事実が浮き彫りになります。
重版できない、続刊できない、新作が発売できない、メディア化できない、専業になれるほど売れないetc…色々と皆さん悩みを抱えているようですが、中でも目を引くのは
「作家の生涯平均冊数は3冊」
という話だと思います。
つまりほとんどの作家が3冊程度出すだけで消えていくわけです。

はい、「元ライトノベル作家」の伊神です。
私もこの「3冊出すまでに消えた」作家の一人。
デビュー作「クロスワールド・アルケミカ」は2巻まで刊行できたので、2冊です。作品数で言えば1つだけです。
もうドンピシャな事例ですね。

ちなみにライトノベル界隈には3冊の壁があります。
まず新人賞を取った作品は基本的にシリーズ展開を前提にします。1巻で完結していても、続刊できるような「仕込み」が行われることが多々あります。場合によっては1巻で完結して次の新作に取り掛かる場合もありますが、それは一種の戦略でしょう。そういう意図がない限りはシリーズとして2巻、3巻を続けるのが新人賞の「お約束」でした。

※注 個人の経験をベースに語っています。古い情報である可能性が高いので、現在のライトノベル新人賞の実情とは異なる場合があります。

そうして新人賞を取った作品で1巻、2巻、3巻…と続刊を続けていずれはメディアミックスも展開され、レーベルの定番シリーズになり継続的に稼いでもらう、というのがライトノベルの稼ぎ方でした。IP化すればグッズ販売にも繋がります。
しかし、出版社も商売です。
採算ラインに合わない作品を続刊させていくことはできません。
ライトノベルはシリーズ展開を前提にしていると上に書きました。ようはお客さんに作品を継続的に買ってもらいたいわけです。
なので1巻ではい終わりとはならず、2巻を出して1巻のお客さんがついてきてくれるかを測ります。この継続率が高ければ続刊していきますし、1巻よりも売れることがあれば想定以上のポテンシャルを持っていると判断されます。
逆に、継続率がガクンと下がったり、そもそも1巻の売れ行きが芳しくなければ、シリーズ展開はできません。

つまるところライトノベルは2~3巻くらい様子見してくれる、作家にとってはありがたい制度設計でもあるわけです。
とはいえ商売なので判断もシビア。2~3巻を超える作品は本当に稀です。ラノベ刊行点数からして2~3巻以上続いている作品はほとんどないはずです。
しかも最近は様子が変わってきているようで。3巻様子見どころか2巻まで、更には1巻の売上で続刊中止、なんて話も漏れ聞こえます。
作者はせっかくシリーズ展開できるようにあれこれ考えて1巻で仕込んでいたのに、それらは世にも出せずおしまい…
これだけで厳しい世界と分かるのではないでしょうか。

上記は新人賞受賞の話です。
近年は「小説家になろう」や「カクヨム」などのウェブ小説サイトから書籍化できるケースが散見されます。これらの特徴は

  1. ストックがある(数十万、数百万の文章がすでにある)

  2. 固定客が見込める(ウェブ小説を読んでいた読者が買ってくれる)

が挙げられます。ようは続刊しやすい土壌があります。
加えて大判というラノベよりも高価格な価格帯で販売しているため、一定の売上を固定客でまかなえる作品であれば、続刊率は新人賞より良いのではないかと考えています。
まぁここらの事情はよく知らないのですけど。

じゃあ新人作家は、いわゆる「打ち切り」にあったらそこで小説家を諦めるのか?
筆を折るのか?
そんなことはありません。
新人賞はあくまで登竜門。自分の実力を出版社に認めてもらったわけですし、出版社も投資対象と見込んだので即放り投げることはありません。
次回作について、編集と二人三脚の創作活動が始まります。
なので新人作家は水面下でもがいています。それはもう白鳥が水面で頑張ってバタ足するかのごとく必死に知恵を振り絞っています。

ただ、このあたりの事情はあまり表にはでてきません。
理由はわかります。
だって、格好悪いですし、みっともない話です。
新作出しました!という報告ができれば良いんです。実はこうこうこういう大変なことがあって~、編集と何度もやり合って~、取材もたくさんしました~、なんてことをあとがきに書いてらっしゃる作家さんもいますし、苦労話として水面下の話を堂々と書けます。
が、新作を出せずもがき苦み続けている場合――。
それは愚痴であり、弱音であり、結果を出せない人間のぼやきです。
辛い状況を公開したがる人はそうそういません。
なので具体的な話というのは、新人作家の胸のうちに留まるか、あるいは作家仲間との酒の席で吐き出されて終わり。
私はそれで良いと思います。なんなら出版社側だって苦しんでいるんだから、蒸し返す必要はない。

ですが、こうも思うんです。
ラノベに限らず小説家を目指す人は跡を絶ちません。
成功者がほんの一握りでも、実際には高い壁がそびえ立っていても、作家に憧れて自分もいつかはあの先生のように…なんて夢を抱く人がたくさんいる。
私もそうでした。
なら、新人賞作品が打ち切りになった後の現実を知っておきたい人もいるのではないか?と。

最初に書いた通り「元ライトノベル作家」です。
言い切ってしまったということは、私は諦めた側です。
いえ、正しくは「新しい企画を立ち上げて新作を発表する」ということを諦めた作家であり、小説を書かなくなったわけではありません。
備忘録のどこかで書きますが、別PNでウェブ小説サイトでぽちぽち書いたりはしています。
本業の忙しさだったり家族のことだったり年齢のことだったり、色々あって編集と二人三脚で作る方法は諦めました。
それでも小説を書く楽しさ、読んでもらえる楽しさは自分の根底にあって、いずれはまた出版できるといいな~なんて考えながらマイペースに書いている日々です。

で、この備忘録を立ち上げた理由ですが。
諦めた身だったらもう未練はないし、数年前なのでそろそろ思い出も色褪せて客観視できるようになってきてるし、どういう経験を経てきたのかを書いてもいいんじゃないかなーと考えた次第です。
格好悪くてみっともない過去ですが、それでも貴重な体験談。
これからの新人作家のために、そして自分がこれからも書いていく礎とするために、新人賞受賞から今までのことを書き記すことにします。

あ、最初に断っておきますが。
出版社との関係に触れますので、名前や事実関係はぼかします。
残念ながら?出版社の悪口も書きません。というかお世話になったことは数あれど、理不尽な扱いを受けたことは一度もないので。
ビジネスなので辛いことはありましたが、SNSで見かけるような凄まじく腹立たしいことや人格を疑うような出来事は、幸いなことに経験しませんでした。
なのでそういうセンセーショナルなことは期待しないように。淡々と書いていくと思います。

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