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Claiming Minority|主張する少数派

 毎日毎日、大きな声をもつ人が大きな声で多数決をとっている。鳴り止まないその声は五月蝿くて、頭がどうにかなってしまいそうだ。ロッカーの上に沢山の習字が貼られたあの教室で、次の休み時間はドッヂボールかそれとも鬼ごっこかを決められたらもうそれで良かったじゃないか。もうおしまいで良かったじゃないか。 僕はあの時間が実はこわくて逃げたかった。でも僕はまだあの時間から逃げられないでいる。あの懐かしい小学校の教室は、僕を、皆んなを1人残さず含んだまま宇宙よりも速い速度でどんどん膨張し続け、日本くらいの大きさへと肥大化した。そして今だに僕は、四角く薄い机と椅子の板の間にスーツの太ももをぎゅうと挟み込ませている。代わる代わるしていったのは、大声を張り上げて多数決を決める人物。あの頃はクラスで1番身体がゴツくて少年野球のエースで、担任によく気にかけられていた阿部だった。僕は、阿部が掃除の時間に机と椅子を持ち上げずに引き摺って移動させるのが五月蝿くてうざかった。そういえば誰だっけ、なんか臭くて挙動がおかしかったあいつを菌とか呼び始めたのも阿部だった。そして今、大きな声で多数決をとっているのは誰なのか僕にはわからなくなっていて、でもウジ虫みたいにうじゃうじゃ増えている気がして、出勤時に地下鉄ですれ違う無数の顔がすべて阿部に見える時がある。こんなことを考えているなんて僕は少しおかしいのだろうか、それともとっくにおかしくなっていたのだろうか。  それでもやっぱり、僕は鬼ごっこが良い。ドッチボールはしたくない、どうしても。なぜなら白い粉の枠線のなかに収まるのがなんだか窮屈だから。皆んながドッチボールだと言っていても、やっぱりぼくは鬼ごっこがいい。当たり前だろ、ぼくはぼくなんだから。だから僕は今日も右手を上げては下げて、また上げてという動作を、永遠みたいな茶番を繰り返す。右手が痺れて痛くても、最初から負けるとわかっていても、僕はこの茶番の1員としての役割を、絶対に降りない。  負けたから謝れって?なにに対して?負けたから罪を被れって?ぼくが一体、なにをしたんだ。

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