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−赤朽葉色− 25番の段ボール

冬服を出した。
「引っ張り出した」という表現の方が正しいかもしれない。

10月も終わりが迫ってきているのに、タンスの中はまだ半袖の服が占拠していた。
衣替えしようと腰を上げるのに、ぼくには1ヶ月を要した。
普段の洗濯物を畳むのでさえぼくには億劫なので、衣替えなど重労働も甚だしいのだ。


冬服たちは、クローゼットの中の、引越し屋さんの大きな段ボール箱の中に入っている。

7ヶ月ぶりに開く段ボール。
箱の側面には「25」と書かれたシールが貼ってあった。
引越しの時に、段ボールに過不足がないように引越し屋さんが貼ったシール。
この箱が、最後の25番目の箱だった。

25個の段ボール箱のうち24個は、引越し前に自力で集めたものだった。
スーパーに行くたびに、サッカー台の近くに置いてあるものを貰ってきた。

「25」の段ボールだけは、引越し屋さんのもの。
引越し当日、引越し屋さんが来てもまだ箱詰めをしていて、段ボールが足りなくなったから引越し屋さんがくれたものだった。

衣替えを重労働と呼ぶぼくにとって、引越しの箱詰めがいかなる苦行か、想像には難くないだろう。


でも、ぼくにだって、季節の到来とともにタイムリーな衣替えを実現できていた時期はあった。

健康とともに失ったもの、できなくなったこと。


25個の段ボール箱と家具家電たちが全部出て行った後の部屋で、
ぼくはスーツケースとともにぽつねんとして、
その部屋で過ごした時期に失ったものを思い返し、
それでも生きてこの部屋を去ることを実感し、
新しい部屋に越せば、失ったものをまた取り戻せるんじゃないかという淡い期待も抱いた。


それから7ヶ月経って、25番の段ボールを再び開いたぼくは、
前の部屋で慌ただしくそれにガムテープを貼ったぼくとちっとも変わっていなかった。

ぼくは、失ったものをまだ失ったままだ。

それでも、いつか、25番の段ボールが、季節の移り変わりを真っ先に知らせてくれる時が来ると、ぼくは信じていたい。


【赤朽葉色】あかくちばいろ
赤みを帯びた朽葉色。
秋らしい色。



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