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『約束はできない』Revisited

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雨の粥が二十歳の頃に初めて作った薄い冊子を十数年ぶりに再現しようという企画です。
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記事一覧

バスタブの中で『約束はできない』その7

バスタブの中で『約束はできない』その7

混沌の中に落ちている、僕は風呂に潜る
恋人は独りきりで歩いている
線路の下で手摺りがゆっくりと燃えている、ビラ配りの人びとがいる
スーパーマーケットでポップソングが流れている
布団を干してあるベランダを見て、寝室のベッドに潜り込みたいと考える
公園で、自分が着る服のことを考えている
僕らは何かを我慢している、バイクが風を切って走る、僕らは不満を持っている
放課後の職員室の前を歌いながら歩いたことを

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詩をめぐる『約束はできない』その5

詩をめぐる『約束はできない』その5

机上の紙に何が記されていたのか、今となってはもうわからない
紙の上の文字は姿を消してしまった
かつてそこに描かれた軌跡は残されていない

プールサイドにあるジャグジーの泡だけがその内容を知っている
それは飛び込み台について書かれた不思議な詩だ
有名ではないが誰もが知っている詩、つまり電光掲示板に映し出されるロケットだ
詩人は口笛を吹くように呪文を唱えている
森の木々の最初の一本はどれだろうかと考え

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瞬間『約束はできない』その4

瞬間『約束はできない』その4

結び合う雨と、響きあう雨
文章が意味をなしている詩と、ちぐはぐな詩

それは生活だ
マンションの陰で、ふたりは期待を膨らませている
自転車は六本の電柱を通り過ぎる
勇気の出る靴下を履いている、ドアノブの色について考える
美容室で順番を待っている間、紅茶を飲みながら眠る
家に帰って洗濯をする、部屋で歴史や環境に関する記事に目を通している
それらは木々の夢を見せる詩だ

すっかり暗くなったグラウンドで

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幼い魚たち『約束はできない』その3

幼い魚たち『約束はできない』その3

ろうそくの信頼が、おやすみのキスと夜明けのさよならの間で揺れる
生命の割れたガラスは椅子の上で動けないでいる
どこへも行けない幼い魚たちがそこではわずかな言葉をもち、窓枠で悶えている

石鹸のないバスルームの陰で、幼い魚たちの声が聞こえるだろうか
それぞれの鼓動は泡の中で涙を流している
真夜中の悲しさがこだまするのは、ヘアドライヤーの音が沁みこんだ冷蔵庫
コードの繋がっていないそれは、新しいドレス

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捉えどころのない森『約束はできない』その2

捉えどころのない森『約束はできない』その2

捉えどころのない森

捉えどころのない森がある
それは雨傘のゆううつを感じさせる午睡の夢

窓の外の天気に気分を左右されてはいないだろうか
曇り空から天使が降りてくる瞬間に賭けていると言ってもいい
天空は歩行者たちの願掛け井戸だ
だが投げられたコインが落ちてくることはない
それらは世界を見守る星たちの卵なのだから
そして夢で見るその森の光景だけが、そのことを証明する鍵であるように思われる
木々の間

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無人遊戯『約束はできない』その1

無人遊戯『約束はできない』その1

無人遊戯

それは
夜毎、静かな空間を求め、そこに身を置きたがる
白い壁に囲まれた閉じた場所で
そこでは無機質な草木が植えられ、月の光がアスファルトを包む
人工的な照明がわずかに残る無人地帯で
微かな光は闇に溶ける

婦人服のマネキンを集めた部屋がある
リノリウムの床は静かだ、コンクリートの壁は白い
ブラインドの降りていない窓から月の光が差し込む
時刻とともに月は上空で弧を描き、プラスチックの体表

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