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中古(ジャンク)コーナーの常連大正琴たち その1


SUZUKI(鈴木楽器製作所)|砂丘 ソプラノ

▶ 中古(ジャンク)コーナーの常連機種

さて、ごあいさつを終えたあとの第2回目ということで、いまや考えようによっては「一般人がもっとも(そしてたくさんの)大正琴に触れやすい場所」ともなっているリサイクルショップ(ハードオフなど)の中古(ジャンク)楽器コーナー常連の機種を紹介して、そのあとそこに並んでいる大正琴を手に取る際に気をつけたいポイントなどを書いていきたいと思います(全2回予定)。

そんな次第で今回はSUZUKI(鈴木楽器製作所)の「砂丘 ソプラノ」(生産完了品)の紹介です。

SUZUKI | 砂丘 ソプラノ(生産完了品)

音域 :下5~上6#(G3~A5#) 27鍵
素材:木部/? 絃/スチール
寸法(cm):69.5(長)×17.0(幅)×高さ(8.2)
重量(kg):1.7kg(ケース 0.8kg)
税込価格(当時)¥30,800(本体 ¥28,000)

琴本体とともにブラウンのソフトケースとセットになっていることが多いと思います。

この砂丘ソプラノは1980年代登場の機種と思われ90年代の後半にさしかかったあたりでカタログ落ちしていたようです。ただ、いまでもSUZUKIの公式サイトに最低限とはいえ機種単独のページが残っていて取扱説明書をダウンロードすることができます。

・SUZUKI(鈴木楽器製作所)- 砂丘 ソプラノ

こういった情報やマニュアル類が公式で公開されているかどうかは中古で楽器を購入する際に見逃しがちなポイントです。

今や大正琴の中古相場はあってなきがごとしで、この砂丘ソプラノの相場は330円から3,300円の間ぐらいでしょうか(令和5年12月現在)。ジャンクコーナーに積みあがっている光景をよく見かけますけれど、そのなかに美品を見いだすのも珍しいことではありません。とあるリサイクルショップの店員さんからいまや大正琴は引き取り価格が10円が相場と伺ったことがありますが、つまり売れないのだそうで、よほど著名な高級機でも無い限り美品であってもそうそう検品等にも手をかけてられないということなのでしょう。

そんなわけで中古/ジャンクコーナーの常連だからといってけっして安物、故障品(ジャンク)というわけではないことを頭の片隅に置いておくと色々と見え方が変わってくるかもしれません。(もっともそこで欲をかいてしまうと、次は石ころをダイヤモンドと見誤るはめになるのですが…

▶ SUZUKI製大正琴の世代と命名規則(今後の課題)

さて「砂丘」の名前のいわれは分かりませんが、SUZUKIからはこの砂丘を名乗る大正琴がモデルチェンジを重ねて出し続けられていたようです。

いずれ別項で書きたいと思いますが、SUZUKI(鈴木楽器製作所)は戦後の大正琴ブームを支えてきた楽器メーカーといえます。元々は子会社のサフォー楽器がオーソドックスな大正琴を作っていた(前回触れた古賀政男モデルの生産を引き受けていたところでもあり、一方でKOGA TONEといった当時先進的な機構の大正琴を手がけてもいたようです)のですが、それを本体に吸収してからSUZUKI HARPを名乗るブラックを基調とした現代的なイメージの大正琴を作るようになったようです。それが1970年代らしく、この時点で「松」「竹」「桜」または「梅」などのグレード設定が見受けられます。

そのあと、SUZUKI HARP特有の膨らみを持たせたボディのデザインを引き継ぎつつ、黒塗りから木の風合いを活かした塗装に切り替えていったようですが、「砂丘」のブランド名はこれ以前から併記されていたらしいのです。大まかにSUZUKI HARP → 砂丘と移りかわって、ブランド内のグレード表記であった松・竹・桜などが機種名として前面に押し出されていくという流れだったのだろう…ととりあえずは言えそうです。

このあたり色々と錯綜していて、現状ではSUZUKI製大正琴の世代と命名規則はおおまかにしかつかめていません。当時のカタログが手に入ればすぐ分かるのでしょうから今後の課題としていずれ追記するか、前述したように別項でまとめるつもりです。

(2024/02/28 追記)砂丘シリーズ 説明書の前書きよると、80年代初頭までに桜のエレアコ版が「電気 桜」として登場し、そのあとアルトとバスのエレキ大正琴が登場するにいたって砂丘シリーズ(砂丘アルト・砂丘バス)となり、その際に電気桜が「砂丘ソプラノ」と改名されてシリーズのなかに位置づけ直されたという流れのようです。

とまれ、この世代の大正琴がリサイクルショップの常連なのは、まさにこれらが活躍した時代が大正琴の全盛期だったからで、入門機~中級機に位置して時代の期待に応えるだけの作りの楽器になっていると思います。

▶ 「砂丘 ソプラノ」所感

砂丘 ソプラノの鍵盤(キー)上1=C5にドが振ってあるのが見える

・鍵盤(キー)周辺について

大正琴の鍵盤(キー)はもともとタイプライター的な丸型だったものが、次第に楕円や四角、より大サイズへ、または押しやすいようにカバーをつけたり、中心をくぼませたりとメーカーごとに様々な進化をしていきました。かえって今でも伝統型を守り続けているメーカーもあり、それが意外に弾きやすかったりするのが面白いところです。

ギターや、ベース、あるいはウクレレなどがそうであるようにある程度弾き慣れるとどの機種でもそれなり弾けてしまうものですが、それがしっくりくるかどうかは別問題で、そこに多様なメーカーが様々な機種を市場に送り出してくれる豊かな楽器市場が存在することの価値があります。メーカー内でも違いがあったりしてどの機種のキーが気に入るかは大正琴選びの醍醐味となるかもしれません。

これ以前のSUZUKI HARP世代までは丸だったキーが、このころには楕円型で一回り大きなものになっています。周囲が盛り上がっていて引っかかりがあり、演奏時に滑りにくくキーを取りこぼさないようにしているのも特徴です。

鍵盤の下 フレットの刻まれた指板(フレット板)が見える

キーを支えるレバーもしっかりしていて不安定さはありません。大正琴には演奏時にキーを揺らしてビブラートをかける奏法があるのですが、キーが大きすぎないことでビブラートもかけやすくなっています。しっかりした作りでありつつしなやかさも兼ね備えているある辺りに、楽器としての素性の良さを感じます。

・エレキ大正琴(電気大正琴)

さて、ジャンクコーナーではおそらくスズキの「桜」を砂丘ソプラノ以上に見かけるはずです。「桜」を名乗る機種は複数あるのですが、砂丘ソプラノの同世代の機種はシルエットがほぼ同じで全体に明るめの色彩をしています。(旧型の桜は丸形の鍵盤を採用しているので見分けはつくでしょう)

砂丘 ソプラノのコントローラー・ジャック部分

桜と砂丘ソプラノとの違いはアコースティック=生音(桜)かエレアコ(砂丘 ソプラノ)かということになります(ただ、エレキの「桜」も存在したようです)。このあたりよい資料に行き当たっていないのですが木材も違うように思います。SUZUKIの現行機である「特松」はこの流れをくむ機種でしょう。

コントローラーは音量(ボリューム)と音色(トーン)でジャックはギターやベースなどでもおなじみの標準(6.5mm)モノラルジャックです。なお、エレキ大正琴ではミニジャック(3.5mm)やミニミニ(超ミニ 2.5mm)ジャックを使う機種もあります。

ところで大正琴界隈でエレキ大正琴/電気大正琴といったらエレキギターでいうところの「エレアコ」を指すようです。エレキギター・ベース界隈でのエレキ=ソリッドボディの大正琴も決して少なくはないのですが、主流はエレアコかアコースティック(生音)ということの反映なのでしょうね。

・譜面台サポートの存在

この世代のSUZUKIの大正琴では背面の天板を支える金具の一部が斜めになっているのですが、ここには専用の譜面台を差し込むことが出来るようになっています。いまのところジャンクコーナーでは譜面台セットの個体は見かけていないのですが、あってもおかしくないでしょう。

右側のシルバーの金具中央が譜面台を差し込む箇所

大正琴の天板はチューナーを置くなどを除けば意外に活用策が見いだしにくい場所のようなのですが、ここに譜面台が差し込めるなら筆記具を置くなど色々有用そうで優れたアイディアに思います。

・ピックホルダーを接着する文化

接着されたピックホルダー

さらに余談に余談を重ねて、次に予定している中古(ジャンク)の見分け方の記事でも触れるつもりですが、大正琴には奏者それぞれが使いやすいと思われる場所に後付けでピックホルダーを貼るという文化があるようです。この個体は天板下、サウンドホール脇に貼ってありました。この場所に貼られる例は多くはないようですが、どうもアグレッシブな演奏を試みた奏者が好む場所のような気がします。

この個体のピックがあたる辺りにはかなり傷がついていて、前の持ち主には使い込まれた琴であることが分かってなんだか嬉しくなってきますね。

・総評

そして弾いてみた印象ですが、非常に素直な音作りの琴だと思います。かえって特色を述べづらいぐらいに。

リサイクルショップの店頭ではカラカラに乾いてしまっていたようですが、私の湿気の多い北向きの書斎にしばらく置いておくと鳴りが良くなってきました。弦を張り替えたのもあって(これも次に書きたいと思いますが、中古の大正琴を買ってきてまず最初に、絶対にやるべきことは弦の張り替えです)サスティーンもほど良い感じなのです。

にも関わらず、どうもこの琴は音の印象が残らないのです。なんというかパーツごとの作りの感触は良いのに、全体の印象が残らないと言いますか。あくまで私の主観ですが、かえって同世代のアコースティック大正琴である「桜」のほうが、響きに膨らみがあるように感じます。

しかしこの砂丘ソプラノがエレキ大正琴であることを考えると、その素直な主張しない音はアンプを通した音作りに素材を提供することに徹しているともいえます。この時代の大正琴がアンサンブル(合奏)を前提としたことを考えるといぶし銀の職人肌の琴なのだと言えるかもしれません。

Youtubeなどで海外の大正琴奏者が自由な音作りと演奏スタイルを探求していることを思えば、格安に美品が入手可能なこの砂丘 ソプラノは、発売当初は不人気で投げ売りされていたRoland・TB-303がアシッドハウスから火が付いて歴史的な名機へと評価がうなぎ登りになっていったのと同じようなポテンシャルを秘めているといえるかも知れません(この砂丘ソプラノは少なくとも当時は大ヒット機なのでそこは違いますが)。

なんにせよ、いまの相場なら手元に置いておいて損はない一台でしょう。その際はエレアコ(ギター)用のアンプと、おもしろそうなマルチエフェクターのひとつもあれば無限に遊びつづけられること請け合いです。(了)

次回予告

最初に書いたとおり、次は中古(ジャンク)コーナーに並んでいる大正琴を手に取る際に気をつけたいポイントについてまとめてみたいと思います。

・2023/12/15 第1版
・2024/02/28 砂丘シリーズの登場の経緯を追記


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