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短編小説/わたしはゲーム(#夜行バスに乗って)

「取材してもいいですか?」
 と声を掛けてきた女の人がいて、彼女も新宿行きの夜行バスを待っていた。駅前のバスターミナルで突然取材の申し込みと同時に名刺を渡される。でも、本名じゃなくてトレローニーって呼んでください、と彼女は言う。髪はぼさぼさで牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡をかけている。月の光で水晶玉が…と言い出して瓶底をきらきらさせたりはしないのだけど、にやついている。不気味。
 名刺に記載された会社はスマホゲームの開発運営を行っていると言った。
「バスの旅をテーマにゲームを作る予定があって、でもわたしはいまいちぴんときてません。だから実際にバスで旅する人を取材してみたくて」
 と、彼女は言って、上着のポケットからぐちゃぐちゃに丸められた紙を取り出した。わたしはそれに見覚えがある。
「それ……、あなただったの?」
 その紙は、高速バス利用者専用の待合所にあったものだった。待合所には女性専用スペースのパウダーブースがある。わたしは歯磨きをしていて、そこで見た。
「読みました?」
 と彼女はもじもじした。わたしはいらっとしてつい、読むにきまってる、と声を荒げそうになる。だって、紙は読んでくださいと言わんばかりに堂々と開かれていて、そこにはこう書いてあった。【バスに乗ったら後ろの席は振り向かないでくださいね。ゲームオーバーになっちゃいます】
「読んだというかあんなの目に入らないとしたらおかしいし、幼稚ないたずらだとは思ったけど意味わからなくてこわかったです」
 わたしが言うと、怖がらせてごめんなさいと彼女は謝って、「乗車前にお試しで、イベント発生させました」ともじもじ話した。そして続ける。
「じつはこっそり見てたんです。その紙を読んだ人に声を掛けようと思って、そしたらあなたが現れて、紙をぐちゃぐちゃにまるめてパウダーブース内のごみ箱に投げ捨てたところも見てました」
「そうですか、それってすごく怖いです。正直に言って、バスに乗ろうか迷いました。でももういまさらキャンセルできないし……」
 ごめんなさい、と彼女は何度も頭をぺこぺこ下げた。そしてこのあとに、わたしが謝罪を受け入れたり取材を承諾する流れがあって、けれどそれは長くなるので割愛するとして、とにかくわたしは取材を受けることにした。それは単なる暇つぶしというか、気晴らしになったらいいな、くらいの軽い気持ちだった。

「らんちゃん(仮)は、大学入試に落ちたコナンくん好きの十八歳。この春から浪人生。受験の敗因はHuluでコナンくんの一気見をしていたからだと本人は考えている。上京のために予約していたバスはキャンセルするのを忘れてしまった。だからといってバスに乗る? それって変だけど、乗るらしい。乗車前に待合所で不気味な手紙を見つけたけれども、乗る。自暴自棄? まあそんなところでしょう。そしてらんちゃんは……」
 と、彼女はスマホに向かって喋っている。その内容はわたしがざっと自分の状況を説明したもので、彼女は目が悪い。それはあの眼鏡を見たらわかるけど、夜は人ならざるものの目になるから音声入力に頼りますと訳のわからないことを言った。
 バスが来る。
「らんちゃん、乗りましょう」
 彼女はそう言って、先に乗る。わたしはすこし躊躇した。
「あれ? らんちゃん、はやくおいでー」
 とバスのなかから不気味な笑みを浮かべて手招きするトレローニー…? が見えて、なんかやっぱり怖い…、あのひと、変じゃない…? と不安になってきて、チケットを握る手におもわず力が入る。でも、乗った。自暴自棄…かもしれない。
 そうして自我を失いつつ新宿行きの夜行バスに乗り込むと、車内は銀色だった。乗車している誰もが否応なくねぼけ顔を銀色に染められていて、席を探してここかと座ると窓越しに銀色の光がやってくるのが見える。その光はドリンクホルダーにさしたペットボトルの水できらきら乱反射した、とまではさすがにみえないものの窓のそとをのぞけば月が高く昇っているのが見えた。
「らんちゃんはそこですね、わたしの席はふたつ後ろです」
 トレローニーがわたしの席に近づいてきて、発車するまですこし話しましょう、と言った。
「らんちゃんの話を聞いて、すこし考えたことがあります」
 と、彼女はそれが癖なのか、またもじもじしはじめて、
「はっきり言って……、この設定はつまらないです」
 すこしためらってからそう言った。
「つまらないですか?」
「はい、いや個人的にはひとり旅して大暴走するような設定は好きですけど、でもそのパターンには正直飽きていて……」
「え、そんなこと言われても困ります。だってわたしひとりだし…」
「ですね。でも考えてみれば女ひとり旅のゲームなんてだれもやらないし、そうなるとやっぱり相手役が必要です。ということで、わたしがちょっと妄想してみます」
「妄想ですか?」
「はい、らんちゃんは彼氏とかいますか?」
「います」
「じゃあその人とバス旅する妄想をしますね。名前はどうしましょう、適当になにか…」
「わたしがらんちゃんなら工藤くん」
「それはやめておきましょう」
「じゃあ泉くんで」
「わかりました。それは名字ですか?」
 わたしが頷くと、彼女はすかさずスマホに向かって喋り出した。「らんちゃんは彼氏を名字で呼ぶタイプ」
 それから彼女は、ゲームの始まりを考える。
「ふたりが旅するきっかけが必要です。十八歳ですから爽やかさもありながら不純な感じがいいですけど…、どうですかね、今回は泉くんを置き去りにしてきたようですが、それに理由はありますか?」
「ううん、わたしに理由はないです。理由があるとしたら泉くんで、彼はアルバイトがあるからついていけないって言ってました」
「なるほど。泉くんは何のアルバイトを?」
「靴屋さんです。泉くんは靴が好きです」
「わかりました。じゃあらんちゃんは何が好きですか?」
「コナンくんです」
「そうでしたね…、残念ですけど著作権の関係で使えません。他には?」
「他にはとくに好きなものはありません」
「そうですか、じゃあたとえばですけど今バスに乗ってきてはじめに目に付いたものとか…」
「ああ、それなら銀色です。月の光りって銀色だなあってよく思って、今もバスに乗ったらいろんなひとの顔がぎ……」
 トレローニーはわたしの言葉をきって、頷く。
「わかりました。月が銀色で靴ですね、そして旅。サービスエリアに着くまでそれでなにか妄想してみます」
 彼女はにたにたと不気味に微笑みながら、席に戻って行った。
 変な人。と思いながらわたしは目を擦る。瞼はふにゃふにゃしていて抜けた睫毛が手の甲のまるい骨に付く。ふうっと息を吹きかけると睫毛がはらはら揺れて落下して、発車直前にあわてて乗り込んできた怪しげな男の人の靴に踏まれた。わたしはなぜか落ちた睫毛が自分のように思えて、
 きちくー……
 と男の人に聴こえないくらいにちいさく呟いてから瞼を閉じた。
 いったいどんな旅になるんだろう。
 バスが大きく揺れて走り出す。

「らんちゃん、ふたりの旅は勘違いからはじまります」
 サービスエリアに到着すると、彼女はアイスクリームを買ってくれた。本当はソフトクリームが良かったけれどお店が開いていなかったから、販売機でセブンティーンアイスを買った。わたしは眠気覚ましにチョコミントを選んだ。
「勘違い?」
 首を傾げるわたしに、「はい、らんちゃんはsixpence non the richerの曲を聴いていました」とトレローニーは言う。
「聴いてませんよ。知らないし」
「そういう設定です」
「わかりました。それで?」
「らんちゃんは泉くんに『お気に入りの靴を履いてみて、わたしはあのドレスを着るから』と言います」
「なんですか、それ」
「歌詞を引用して言いました。『お父さんの地図を頼りにふたり旅に出かけよう』とも言います」
「そんな人います?」
「ゲーム上の話ですから」
「そうですか。で、それはどういうことなんですか?」
「それは総じて、キスしてってことです」
「え、そうなの?」
「はい、そういう歌です」
「ごめんなさい、泉くんそんなの気付きません」
「ですよね。わたしのなかの泉くんもKPOPしか聴かない設定なので気付きません。推しは牛乳ちゃんで、泣かせたいの?こんな日に、泣かせないで?こんな日に、しか聴きません。だから、泉くんは本当にふたり旅を用意します。しかもバス停にお気に入りの靴を履いてくる」
「なるほど、そうして勘違いの旅がはじまるんですね」
「はい、でもらんちゃんは勘違いだよって言いたいけどいまさら言えなくて、本意を伝えるのも恥ずかしくなっています」
「でもそしたら泉くんかわいそうですね。勘違いしたまま、しかも旅まで用意して…」
「そうですよね。わたしもこの設定を思い付いたとき、なにこの女、とは思って、でも現実ではなくてゲームの話ですからご容赦ください。この設定で旅しましょう」
 彼女はそう言ったけど、わたしはやっぱり嫌な気分だった。ゲーム上の設定だってことをわかってはいる。でも泉くんがかわいそう。と正直に話すと、彼女はスマホに向かって喋り出す。「ここでらんちゃんは泉くんを想って心を痛めた」
 なにこの女? とここでわたしの頭はそう喋った。
「らんちゃんは優しいですね」
 と彼女がへらへら笑う。わたしは嫌悪感から彼女を無視して黙々とアイスを食べる。すると彼女は、「じゃあらんちゃん、さっさとキスしてゲームを終わらせましょう」と意外なことを言った。
「え、いいの?」
「もちろんいいですよ。だってゲームはクリアすることが目的ですから、らんちゃんは頑張らないといけません」
 そのために、まず何をしますか? と彼女が試すような顔でわたしを見た。
「本意を伝えればいいと思います」
 当然、それがいちばん良い。
「それはだめです。伝えられない設定になっています」と彼女は困る。
 ああ、そっか…とわたしはしばらく頭を悩ませて、そして思いついたことは、バスガイドさんに伝言を頼むということだった。自分で言えないのなら他の人に言ってもらえばいいのだ。けど、
「でも夜行バスってガイドさんいないような気がします…」とトレローニーはもじもじして、スマホに向かって「このキャラは他力本願?」と吹き込み、それから、「もう少し暴走する感じをお願いできませんか?」と顔の前で両手を合わせた。
「暴走ですか?」
「はい、十八歳って感じの」
 それってどういう感じ? とわたしは思いながら、アイスを舐めて……、そうだ、アイスだ。
「わかった、アイスです。サービスエリアでひとつのアイスをふたりでなかよく食べたら、雰囲気的に、泉くんその気になるかもしれません」
「なるほど! それはいいかもしれません。らんちゃんはキスしてほしいことに気づいてほしくてアイスを口のまわりにぐるぐる塗るんですね」
「いや塗りませんけど」
「いえ、塗ります。それで泉くんは、なにしてるの?ってたずねてきて、らんちゃんは、なにしてると思う? と聞き返す。それで泉くんはそれがチョコミント味だから、『歯磨き?』ってボケるんです。で、らんちゃんは、そんなわけないじゃんって思って泣いちゃう」
「なんですか、それ」
「でもらんちゃんは優しいから『そんなわけないじゃん』って言えないし、さらには泣いたことをごまかそうとして、『このミントの清涼感すごすぎる』とか、『ミントがすーすーするの』って言って涙を拭う。つまりここではクリアならずですが、うん、らんちゃん良い感じです」
 彼女が言うようにわたしは全くいいと思わなかったけれど、第一会議はこれにて終わった。
 バスに戻る途中、銀色のことを思い出してたずねると、「それも同じ曲の歌詞です、聴いてみてください」と彼女は満足気。わたしはバスの中でイヤホンを付けた。バスはますます銀色になる。

「らんちゃん、深夜2時です」
 ふたつめのサービスエリアに到着して、おなかすいたと言うわたしに彼女はコンビニでパンを買う。わたしはたまご蒸しパンを選んだ。安定の美味しさだけど口のなかの水分を奪われて、ココアもいっしょに買ってもらえばよかったなあと思いながら「はい2時ですね」と頷く。
「らんちゃんは眠くないですか?」
「眠くないです。というより最近悪夢ばかり見るから寝るのが怖くて」
 とわたしが言うと、大丈夫ですか? と彼女は心配顔をしつつもスマホに向かって「らんちゃんは不眠気味。理由は泉くん?」
 でも、わたしはそれにいらいらしない。慣れてきた。
「2時ってチャンスですよね」
 とわたしに言われ、チャンスですねっ! と彼女は分厚い眼鏡をきらきらさせる。まるでそれ自体が発光体かのようにぎらぎらだった。だから、わたしはこのときはじめて彼女と意気投合できた気がしてすこし嬉しくなった。
「だって深夜って頭もふわふわしてくるし、もうなんでもいいやーとか思ったりするし、そのくせ人恋しくなってきたりして、だから泉くん、そろそろわたしにキスすると思います。バス移動にも退屈してるし」
 とわたしは言う。と、
「あ、そっちのチャンスですか?」
 とトレローニーは驚く。彼女は呪いのことを考えていて、ここでイベントを発生させると言う。
「いいですか、らんちゃん、深夜2時といったら草木も眠る丑三つ時です。テイラースウィフトなら元カレの名前を呪っている時間です。ということで、このサービスエリアでらんちゃんは、なかなか自分の気持ちに気づいてくれない泉くんのことを呪いはじめます」
 がっかりだった。ため息まじりに「そんなのおかしいです」とわたしは呪いを拒む。
「そうですか…、でもそういう謎のイベントが発生しないとプレイヤーが納得してくれない…」
 と彼女はもじもじして、わたしはそのときたまご蒸しパンをちょっと喉に詰まらせていた。だから、人を呪わば穴二つと言ってやりたかったけど出来ず、息を奪われ苦しそうにしていると、「なるほど、それはいいかもしれません」と突然トレローニーが笑った。
 そうして深夜2時、呪いのかけられたたまご蒸しパンで泉くんは息を奪われそうになるかそれとも回避で旅は継続かのイベントが出来上がり、それが原因ではないけれどもその後、朝方4時に寄ったサービスエリアで、わたしは、キレた。

 春はあけぼのやうやう白くなりゆく山際、まだ見えない。
 はたして本当に朝なんてくるのかな…、と白みはじめる気も無さげな空を窓越しに見ていると不安になってきそうで、だから、さすがに4時だから寝ているだろうなと思っていたトレローニーが起きていたことにはすこしほっとした。真っ赤に充血した目をぎらぎらさせながらわたしの席にやってきて、「降りましょう」と掴まれた腕はちょっと痛かったけど、こんな人でもいてくれるとありがたいこともあるのかな…と思っていた矢先、
「本物の泉くんはどんな人ですか?」
 と最後のサービスエリアで彼女がわたしに訊いたことが発端でこの旅はゲームオーバーになる。
「本物の泉くんはふつうの人です」
 とわたしは答えた。それから、泉くんが地元の大学に合格したことや、いまは春休みだから車の教習所に通ったり、アルバイトをしたり、友達と遊んだり、という感じで青春を謳歌していることをわたしが話して彼女が聞いていた。
 その後の話の流れで、東京の大学に落ちて上京がかなわなかったことに実は私が心底ほっとしていることだったり、受験に失敗したことをコナンくんのせいにしていることを本当は後ろめたく思っていたり、来年は泉くんと同じ地元の大学を受験しようかなと迷っていることが明るみになる。
「いろいろ迷いますよね」と彼女は言った。
「あなたも迷うことがあるんですか?」
 とわたしはいじわるな言い方をした。そのいじわるな顔を見られたくないから俯いていると、ありますよーと語尾を伸ばした呑気な声が聞こえてきたから、「でも全部ゲームでしょ?あなたと話しているとそう感じます」とわたしは続けて、たぶん泉くんも同じ、とおもわず言ってしまった。
「どうしてそう思うんですか?」
 と訊かれて迷う。でも言った。「だって、わたしが振り向いたとたんに変わっちゃったから」
「それはつまり?」
「それは…説明するのが面倒だから要点だけ話すと、東京の大学に行こうとするわたしと、落ちたから離れなくて済むってほっとするわたしでは泉くんが違うってことです。急に冷たくしてくる」
 彼女はすこし沈黙して、なるほど…と呟いた。
「なるほど…って、ほかに何かいうことないですか」とわたしは図々しくも言った。
「何かって……」と彼女は言葉を詰まらせた。
「わからないけど、励ましたりとか…? そんなことないんじゃない? とか…」
「あ、そうですね…」と彼女はしばらく考えて、「ごめんなさい…、励ますのってあまり得意じゃなくて…」と言う。
 だからわたしはとりあえず、「べつにいいですけど」と言ってみたものの、「でもそれで友達付き合いとかどうしてるんですか? そもそも友達います?」と訊く。彼女は弱々しい声でかろうじて二人いますと答えた。
「けど、とある映画を観てから女友達を下手に励ますのは控えるようにしています」
「どんな映画ですか?」とわたしが訊く。
「女のカンチガイと男のホンネ、です」
「………タイトルは?」
「………そんな彼なら捨てちゃえば?、です」
 わたしは黙った。彼女も黙る。短い沈黙があって、「でももしかしたら泉くんはアルバイトとかあるし、いまはちょっと忙しいとか、それでつい冷たくしちゃうっていう可能性が無きにしも非ずです」と彼女が言う。いまさらそんな取って付けたような励ましされても、とわたしは返した。
「それに、振り向いたらゲームオーバーになっちゃいます、でしょ?」
 わたしが言うと、ええ?と彼女は驚いて、「あの紙に書いた言葉に意味なんてないですよ」と言う。わたしは、「じゃあ無意識の本音ですね」と言い返した。わたしだってあの紙に意味なんてないと思っていたのに、彼女と旅を続けているうちに意味があったような気がしてきて苦しくなっていた。
「それはこじつけです」
 と彼女は反論してくる。それがやたらとむきになって大人げない感じだったから、わたしもこじつけなのかもと内心思いつつも、「じゃあどうしてゲームするの?」とむきになって責め立てた。
「だって、勘違いがあるならはやく訂正すればいいし、伝えたいことは素直に伝えればいいのに、そしたらこの旅はもっと楽しくなったはずなのに、どうしてゲームするの?」
 彼女が黙っているので、そういうビョーキですか? とわたしは続ける。
「もういいですそういうことです、きっと泉くんもゲームが楽しかっただけです」
 とわたしは言いながら泣きそうだけど、泣く設定を付け足されたら嫌で堪えた。彼女も黙り続けていた。けど、そのうち彼女は鼻を啜り始めた。
「どうしてあなたがそうなるの」
「ミントが……」
「食べてないですよね」
「ごめんなさい、らんちゃんがあまりにも真っ直ぐだから眩しくて…」
「ばかにしてますか」
「ううん、していません。わたしが作ったらんちゃんの設定よりずっと良いと思います」
 彼女はそう言ったあと、ゲームはゲームでお仕事ですとか言ったけど、わたしは先にバスに戻った。席に座って、変な人との長かった旅もようやくこれで終わる、とひと息つき、新宿までの残り数時間を微睡のなかでゆっくり過ごした…、
 が、
 空は青いというより、黄色く濁って見える旅の終わり。バスを降りると早朝の新宿駅はやけにひっそりと感じられて、東京でも朝は静かなんだなあとぼんやり思いながら朝焼けに向かって背伸びする。すると呪いから解き放たれるような妙な解放感に包まれて、きもちいいなーと思っていたそのとき、
「らんちゃん」
 と呪いをかけた張本人が目の前にやってくる。わたしはすこし警戒しながらも、一応、「お役に立てなかったと思います。ごめんなさい」と言って、ほんのすこしだけ頭をぺこっと下げた。
「いえ、こちらこそ嫌な思いをさせてしまってごめんなさい。でも、途中までは楽しかったです」
 と彼女が言うから、「そうですね、途中までは楽しかったような気がします」とわたしも言った。
「すぐに戻るんですか?」
 と彼女にたずねられて、わたしは頷く。「来年もまた来ますか?」という問いは来年も東京の大学を受験…という意味だと思うから、首を捻る。
「東京って楽しいですか?」
 取材のためにバスに乗ってはいたけど彼女は普段東京に住む人らしいから、わたしは訊いた。彼女は首を振って、自分はいつかガラパゴス諸島に移住する予定だと答える。「あっそ」とそっけなくわたしは言う。そして立ち去ろうとすると、
「あの、らんちゃんは嫌だったかもしれないですが、わたしはらんちゃんと旅が出来てよかったです。自己確認と新たな発見の旅になりました」
 と彼女はもじもじ話しはじめた。
「でもゲームオーバーですよね?」
「そうですね…散々自分でゲームを仕掛けたくせに、わたしはゲームかよってキレちゃいましたからあそこでゲームオーバーです」
「しょうもないゲームですね」
 とつい言うと、「精進します。らんちゃんを幸せにしたいです」と彼女は瓶底眼鏡をきらきらさせる。それはもう銀色じゃなくて太陽と同じ黄色に煌めいて、「だから帰りのバスもついていっていいですか?」と彼女は次のゲームをはじめた。

(了)


 豆島さんよろしくおねがいします( ᴗ ᴗ)
 長話…を最後までお読みくださった方、
 ありがとうございました🚎✰⋆。:゚👾・*☽:゚

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