『無職転生』にこれでもかと込められた切実すぎる実感

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「小説家になろう」で長らく累計ランキング1位だった(現在は『転生したらスライムだった件』に次ぐ2位)のが『無職転生』である。

 出版社11社から「書籍化しませんか」というオファーがあったが、著者はウェブに連載開始して早々にオファーがあったところがいちばん熱心だなと感じ、そこに決めたという。

『無職転生』の主人公である(元34歳無職童貞ニートがかわいらしくて魔術の才能に長けた男の子に異世界転生して0歳から人生をやり直した)ルーデウス少年は、10歳そこそこなのに性欲にまみれており、ときどき『ドラゴンボール』の亀仙人みたいな口調になる。

 ちなみにやはり初潮がくるかこないかくらいの年齢のヒロイン・エリス(ツンデレ。懐かしいタイプ)に欲情してもギリギリのところでがまんして別の部屋に脱出、賢者タイムに突入して「ふぅ」みたいなシーンもある。ゲスなのか草食なのかわからない。
 誤解させてしまうといけないが、『無職転生』は、下ネタで売っている作品ではない。
 むしろ「子供の成長をじっくり描いたファンタジー」としておもしろい。『無職転生』は、『ドラクエⅤ』に近い、ほっこりする空気感が良い。主人公の子供が、序盤は父親といっしょに行動するも、ある事件があって離ればなれになり、自立をしていく。
『無職転生』は設定だけみると「うだつの上がらない負け組が死んで異世界に転生して特別な能力を得てちやほやされる」というアレだ。迷宮探索、封印していた邪悪な存在の復活、ギルドで仕事を請け負い資金稼ぎ、二周目ゆえの経験と知識と持ってうまれた才能を活かしてブレイクスルー……よくある剣と魔法のファンタジーだ。

 もっとも、獣族の土下座は「仰向けで寝て両手足を挙げてゴロゴロ転がる」(犬が敵意のないことを示すときと同じ)といった思わず笑ってしまうような設定もあるが、「緻密な世界観」をウリにしたタイプの作品ではない。
 だが、やはり超巨大小説サイトで1番になる作品は違う。世の中には「器作って魂入れず」な作品が少なくない。転生やチートといった「器」を真似る作品は多いが『無職転生』は「こんなふうに人生やり直したい」「あのころ、女の子とこんな風に接してみたかった」という実感がめちゃくちゃこもっていることだ。

 社会の汚濁にまみれて人生を見失い、あるいはただただ無為に時間を費やし「こんなはずじゃなかった」とふと思う日々を送る30代男性の、「もし、生まれ変わったら……」が詰まりまくっている。
 見て見ぬフリをせず、いじめられっ子をいじめっ子から助けてあげる、強さと優しさ。魔術の先生(といっても少女)のロキシーから少しずつ魔術を習い、日々、成長を実感しながら習得していく、学びの喜び。

「生前、何もできなかった俺が、一つのことを成し遂げた」(1巻140p)。

 これは、泣く。

 逆にいえば「不安もあるけど、人生に対する夢と期待でいっぱい!」みたいな10代には、この良さはわからないかもしれない。それなりに生きてきた結果、「自分の人生って、こんなもんなのかな」という諦念が入っている人ほど、染みる物語である。
 ひとつひとつのイベントを、決して急がず、キャラクターたちの心情に寄り添って丁寧に、ゆっくりと描いていく。主人公はすぐれた能力をもつが、それでも困難に直面し、迷い、ためらう。しかし「俺は昔の自分とは違うんだ」と、前に進む。これが気持ちいい。「器」だけを見れば簡単に書けそうに見えるかもしれないが、上っ面な気持ちでは決して書けない作品である。ここには切実な願いが、「魂」の機微が刻み込まれているからだ。

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