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偽情報を特定するのは中立的な仕事ではない #偽情報の神話 #2

「誤・偽情報対策を見直すために読むべき論文や記事のガイド」https://note.com/ichi_twnovel/n/n06d3fda04ac2 )で紹介したDan Williamsの偽情報にまつわる神話をデバンキングするシリーズ。神話は全部で5つ。

1.私たちは前例のない「偽情報の時代」あるいは「ポスト真実」の時代を生きている
2.偽情報を特定するのは政治的に中立な仕事である
3.フェイクニュースは蔓延し、大きな影響力を持つ
4.人々は偽情報に簡単に騙される
5.偽情報は、大衆の誤った認識の主な原因である。

今回はその第2話「偽情報を特定するのは政治的に中立な仕事である」の神話がテーマだ。つまりは、偽情報を特定することは党派的ということだ。

Debunking Disinformation Myths, Part 2: The Politics of Big Disinfo
https://www.conspicuouscognition.com/p/debunking-disinformation-myths-part-e14

●概要

・誤・偽情報専門家=Big Disinfoの台頭

昔からプロパガンダや陰謀論などのナラティブは存在したが、現在のように民主主義や国家安全保障の脅威として大々的に扱われ出したのは2016年以降だ。そこからこの分野に関してさまざまな分野で「専門家」が登場し、政府やテクノロジー企業に対して影響力を与え始めた。こうした専門家=「Big Disinfo」たちは海外からの干渉や国内の陰謀論者などが仕掛けてくるプロパガンダ、陰謀論、偽情報作戦を見つけ出し、対抗している。政治的に中立で公平な立場で、問題のあるコンテンツに対処している。……というのが彼らの自己イメージだ。

・Big Disinfoはリベラルな体制派のプロジェクト

しかし、Big Disinfoは体制側のプロジェクトであり、反エリートのポピュリズムに対抗するためのものである。Big Disinfoには中道左派の進歩主義的バイアスがある。社会的にリベラルで、経済的には中道もしくは中道左派であり、経済的不平等よりも非経済的不平等(人種やジェンダーなど)にはるかに関心がある。伝統的な社会主義者やマルクス主義者の左翼政治ではない。
ただし、Big Disinfoの担い手である専門家たちが意図的に自分たちに都合のよいものを優先し、都合の悪いものを偽情報として排除しようとしていると言っているわけではない。Big Disinfoには共通の世界観や価値観があり、研究にもそれが影響を与えているということだ。間違いというよりは意図しない特別扱い、選り好み、高い優先度を与えているのである。

・Big Disinfoが政治的に偏向している理由

もっとも大きな理由は、偏らないと考えるのが難しいからである。政治においては、中立的な観察者など存在しないし、ましてや全知全能の観察者などいない。もちろん、自分は中立的にものごとを見ていると主張する人はいるだろう。しかし、実際にそうであることは事実上不可能だ。(著者ははっきりとは言っていないが、現在のBig Disinfoは人権を重視する民主主義的価値観に準拠しているため、取り上げるテーマや対処はそれに基づくものになっているはずだ)

1.対象となるコンテンツは誤報である。コンテンツを誤報と分類する人が無謬でない限り、分類する人間の主観や党派性を反映したものになる。たとえばあるWEBサイトについてGDIは信頼度を低く評価、NewsGuardは高い評価をつけた。

2.誤報の分類は有害性の認識によって左右される。すべての宗教的主張は誤・偽情報に分類できる。しかし、そのようにしている専門家はいない。その理由はほとんどの専門家は宗教を無害と考えているからだろう。有害性の評価は明示的に行われているわけではなく、そうである場合、政治の世界では、人々は政治的な友人や同盟者が与える害を最小限に抑え、イデオロギー的なライバルや敵が与える害を誇張する方向に強く偏る。

3.偽情報であるという判断には、コンテンツが誤解を招き、有害であるだけではなく、コンテンツを拡散する人々が、虚偽であることを知りながら、意図的に人々を操作し、誤解させることを目的としていることが含まれる。誤った情報を拡散する人の精神状態を正確に特定することは非常に難しい。政治においてはなおさらである。人々は自分の見解を無意識に正しいものとして扱う傾向があるため、虚偽であることを知りながら拡散する人はそれが虚偽であることを知っていて、そうしていると思い込む。

・Big Disinfoの露骨な選り好み

Big Disinfoが対象とする範囲は限定されている。たとえば不正選挙や気候変動に関する右翼の誤報、人種差別、性差別、反LGBTQ運動などはよく扱われる。その一方で主流派のリベラルや社会正義運動に関連する虚偽や裏付けのない主張にはあまり注意を払わない。たとえば2020年の選挙に不正があったというトランプの主張は根拠のない陰謀論に分類されるが、2016年の大統領選でトランプとロシアが共謀したという話は根拠がないにもかかわらず自明な陰謀論とは考えられていない。
より根本的な問題をあげると、誤・偽情報に関連したリベラル派の常識(誤・偽情報の規模、普及率、影響力など)のほとんどは誤っているか根拠がない。なぜその誤情報に対処しないのだ?
2004年、イギリスのブレア政権内の専門家は、中欧と東欧の8つの新EU加盟国からの自由な移動によって、イギリスへの移民が年間約1万3千人増えると予測していた。実際には、2004年後の数年間で、年間およそ13万人の移民がイギリスにやってきた。しかし、2016年のブレグジットが「誤った情報」によって引き起こされたという話では、専門家の大外れの予測とそれに対する人々の怒りが取り上げられることはない。

Big Disinfoの台頭が既存の体制に対するポピュリズムの挑戦が始まったためというのは注目すべきことだ。前回、現代が偽情報の時代ではないということを紹介したが、同様にポスト真実というのも、まるで、以前に真実の時代があったという誤謬に基づいている。

ただし、いくつか注意すべきこともある。
Big Disinfoは偏っているが、それが悪いこととは限らないし、利益がないわけでもない。
Big Disinfoが偏っていることが、誤・偽情報やプロパガンダが存在しないことを意味しないし、対処すべきものある。
Big Disinfoが偏っていることは、Big Disinfoを批判している人が中立であることを意味するわけではない。多くの場合、Big Disinfoの批判も偏っていることが多い。

●感想

今回のレポートには誤情報産業複合体(Misinformation Industrial Complex)という言葉まで出て来た。回りくどい感じもするが、言っていることは単純だ。
さまざまな角度から中立的であることが難しいことを指摘し、いくつかの事例をあげることで実際に中立ではないことを確認している。とりあげるテーマに選り好みがあることはかなり露骨だ。

そもそもBig Disinfoがよく参照、引用する誤・偽情報に関する過去の調査研究の多くが誇張されていたり、有効性が限定的であったりすることが確認されている。このnoteでもいくつか紹介している。

最近の論文や資料から見えてくるデジタル影響工作対策の問題点 偏りがあるうえ有効の検証が不十分
https://note.com/ichi_twnovel/n/nc658fc12d401
誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f673e3d2b3e

それにしてもBig Disinfo、つまり誤・偽情報、認知戦、デジタル影響工作対策の重要性を訴え、対処している専門家はリベラルな体制派であり、反エリートのポピュリズムに対抗するためのプロジェクトなのだという指摘は、切れすぎで危ない。現在、我々が目にしているのは「偽情報の時代」でも「ポスト真実の時代」における民主主義を守る戦いではなく、リベラルな体制派と反エリートのポピュリストの主導権戦いということになる。

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現代は偽情報の時代ではない #偽情報の神話 #1
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https://note.com/ichi_twnovel/n/n113ad9659065
誤・偽情報対策の決め手? 公衆衛生フレームワークは汎用的な情報エコシステム管理方法だった
https://note.com/ichi_twnovel/n/n51fa79a327ab
最近の論文や資料から見えてくるデジタル影響工作対策の問題点 偏りがあるうえ有効の検証が不十分
https://note.com/ichi_twnovel/n/nc658fc12d401
誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文
(「What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f673e3d2b3e
ニュースの信憑性を調べるために検索すると偽情報を信じる可能性が高まる Nature論文
(「Online searches to evaluate misinformation can increase its perceived veracity」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n1a495ff32969
偽情報への注意喚起や報道が民主主義を衰退させる=警戒主義者のリスク
(「Negative Downstream Effects of Alarmist Disinformation Discourse: Evidence from the United States」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n02d7e7230e8b
デジタル影響工作対策の基本方針についての論考
(「From Panic to Policy: The Limits of Foreign Propaganda and the Foundations of an Effective Response」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n8f97847a69b4
関係者全てにとって都合のよい誤・偽情報の脅威というナラティブ
https://note.com/ichi_twnovel/n/n55d166483331
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欧米の轍を神速で駆け抜ける日本の誤・偽情報対策
https://note.com/ichi_twnovel/n/nd3935bd3046a

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