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あたらしいなまえを呼ぶ

数年前に専門学校に通っていた。基本的には通信教育なのだけれど、ときどきスクーリングの授業があった。
わたしはその頃から、人が苦手だった。うしろの方の机に一人で座って、休憩時間は音楽を聴いているのが好きだった。気難しい顔をしていて、話しかけないでくださいというように見えていたと思う。

いつの間にか、ひとりの男の子がクラスの中心的な存在になっていた。誰にでも笑顔で明るくて、授業中もみんなに気を配っていて、わたしはそういう人がもっとも苦手だった。

ある日いつものように一人で音楽を聴いていたら、その子が近寄ってきて、
「僕は○○っていうから、○って呼んでくれたらうれしい。僕はあなたのこと、○○ちゃんって呼んでもいい?」とびっくりするほど唐突にいった。
誰も寄せ付けないように過ごしているわたしに、よくも無邪気にそんなことが言えるものだなと思って、呆気にとられてしまった。

なまえを呼ぶとは、おそろしいことだ。たとえば誰かとなまえを呼び合うとき、お互いの魂に触れてしまう。たとえば誰かにあたらしいなまえをつけるとき、その瞬間だけ、人は神さまに近づいている。なまえを呼ぶことは、もっとも畏るべき行為のひとつだとおもう。

とにかく、あたらしいなまえを呼ばれてしまった。
だから結局、とても苦手だった男の子とあっという間になかよしになって、そうして一緒に遊んだり、クラスの先生や他のみんなにも、あたらしいなまえをつけたりした。


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