生成AIモデルの作成のために著作物を利用する際、著作権法三十条の四や四十七条の五などの権利制限規定を適用できれば許諾なく利用することができる。
ただ、その権利制限規定は著作者人格権を制限するものではない。
文化庁が令和6年4月に公表した「AIと著作権に関する考え方について」では著作者人格権とAIとの関係についての検討はなされなかった。
検討が待たれるが、どういった場合に著作者人格権の侵害となりうるか考えてみる。
自分は法律に詳しいわけではないため、個人的な憶測に過ぎないということを始めに断っておく。
権利制限一般規定ワーキングチーム 報告書について
平成22年1月の「権利制限一般規定ワーキングチーム報告書」では「第2章 仮に権利制限の一般規定を導入するとした場合の検討課題について」で「C 著作物の表現を知覚するための利用とは評価されない利用であり、当該著作物としての本来の利用とは評価されないもの」と著作者人格権との関係について検討されている。
上の文中に書かれている条文は次のとおり。
著作物の提供・提示や改変を伴わないことを想定した上で、問題が生じたとしてもやむを得ないと認められるという考えだ。
一方、令和6年2月の「「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関するパブリックコメントの結果について」では
とあり、著作物の提供・提示や改変を伴う場合には著作者人格権の問題を無視できなくなるものと思われる。
そうした考えも踏まえ、生成AIに著作物を利用することで著作者人格権を侵害することとなる場合を考えてみる。
1.公表権
公表していない著作物が利用され、かつその著作物の複製物や二次的著作物と評価されるAI生成物が同意を得ないで公表された場合に公表権の侵害となりうる。
2.氏名表示権
著作物の複製物や二次的著作物と評価されるAI生成物が公衆へ提供若しくは提示され、かつ氏名の表示を取り除かれていた場合、氏名表示権の侵害と考えられる。
学習段階において取り除かれるにとどまる場合には、「その著作物の公衆への提供若しくは提示」を行うわけではないため氏名表示権は及ばないと思われる。
氏名の表示を取り除いた後、データセットとして公開等をした場合は公衆への提示に当たると思われる。
3.同一性保持権
判例によれば、同一性保持権の侵害と認められるには表現上の本質的特徴を感得できることが要される。
やむを得ないと認められる改変に該当するかによるが、著作物を改変した複製物や二次的著作物と評価されるAI生成物は同一性保持権の侵害になりえる。題号の改変も同一性保持権の侵害になりえる。
また、下記のような場合も同一性保持権の侵害になりえる。
4.名誉声望保持権
「著作者の声望名誉とは,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的声望名誉を指すもの」(最判昭和61年5月30日民集40巻4号725頁「パロディ事件」)とされており、ここでいう名誉声望とは客観的な評価であって主観的な名誉感情ではないとされている。
「著作者の名誉・声望を害する方法による利用行為であるためには,具体的には著作者の名誉・声望が害されたことを立証する必要はございませんので,社会的にみて著作者の名誉・声望を害するおそれがあると認められるような行為であれば足りるのでございます」(加戸守行「著作権法逐条講義5訂新版」著作権情報センター(2006年)666頁)とされており、著作者の名誉声望を害するおそれがある行為を行うために著作物を利用する場合に名誉声望保持権の侵害となりうる。
著作物の類似性がなくとも、結果として著作者の名誉声望を害するおそれがあると評価されれば「著作者の名誉声望を害するおそれがある行為」となるのではないかと思われる。
ただし
ため、AI生成物に創作性が認められる場合は表現の自由との調整のため名誉声望保持権の侵害と認められない範囲が一定存在すると思われる。逆に言えば創作性が認められないAI生成物は相対的に名誉声望保持権の侵害が認められやすいのではないかと思われる。
以上を踏まえ、次のような場合に名誉声望保持権侵害になりうると考えられる。
生成AIモデルやAI生成物が著作者Xの著作物を利用し、その生成AIモデルやAI生成物から著作者Xが特定または(一般人の判断力による)推測が可能であり、著作者Xの名誉声望を害するおそれがある場合。(特に表現の自由との関係から、その生成AIモデルやAI生成物が創作的表現に該当しない場合。)
具体的に、名誉声望を害するおそれがある場合を考える。
(1)生成AIに起因する諸問題に対処すべく生成AIモデルの作成や追加学習のために自身の著作物を利用することを禁止し、規約や技術的手段によって対策を講じるなどしている著作者Xの著作物を、著作者Xの著作物を利用したことが特定または推測可能な様態で生成AIモデルの作成や追加学習に利用する行為によって名誉声望を害するおそれ
(以下を参考に)
(2)(元の著作者Xが特定または推測可能である)創作性のないAI生成物を大量に作成するまたは作成可能にする行為に著作者Xの著作物を利用し、著作者Xの既存の著作物の創作性に疑念を抱かせることになるおそれ
(3)著作者Xが公表して間もない著作物について、類似する生成物を大量に作成するまたは作成可能にするためにその著作物を利用し、著作者Xが得られたであろう名誉声望を喪失させるおそれ
(4)(元の著作者Xが特定または推測可能である)元の著作物群にはなかった性描写等が付加された生成物を大量に作成するまたは作成可能にする行為のために著作者Xの著作物を利用し、著作者Xと性的要素を関連付けさせるおそれ
(5)(元の著作者Xが特定または推測可能である)生成物を粗製濫造し廉価で売るなどの行為のために著作者Xの著作物を利用し、著作者Xの社会的評価が低減するおそれ
(以下を参考)
5.権利管理情報
権利管理情報を故意に除去、改変するなどすると当該権利管理情報に係る著作者人格権を侵害したとみなされる。
権利管理情報については第二条二十二に記されている。
電磁的方法については第二条二十に。
権利管理情報とは人の知覚によって認識することができない方法によって著作権等の情報を著作物等に記録又は送信されるものをいい、具体的には電子透かし(digital watermark)等を指す。(電子透かしについて参考:Insider's Computer Dictionary:電子透かし とは? - @IT)
いわゆるウォーターマークと異なり、視聴によって認識することができないものである。
権利管理情報に著作者人格権に関する情報が記録されているとき、次のような場合に著作者人格権の侵害となるのではないか。
(1)AI生成物に異なる複数の電子透かしが残存し、虚偽の情報の付加とみなされる場合
(2)やむを得ないと認められるかによるが、電子透かしを故意に除去又は改変したと見なされる場合
また、AI生成物に電子透かしが残存すれば依拠性の証拠になりうる。(例:
小野真弓さんWeb写真集を無断複製、オークションで販売した男性を送検 | 著作権侵害事件 | ACCS(https://www2.accsjp.or.jp/criminal/2005/0504.php )
無断転載された著作物が情報解析に利用されている問題もあり、無断転載対策としてアップロードに同意したサイト名を電子透かしやウォーターマークで記録することも有効ではないかと思う。
簡易的な権利管理情報として思い付いたのが、極度に透明度を下げて情報を表示する、QRコードのような暗号を作り著作物内に忍ばせる、などだ。(不正利用に対し抑止よりも証拠としての機能を持たせるために、なるべく除去されないようわかりづらい独自の方法を取ることが望ましいだろう。抑止の機能は知覚可能なウォーターマークのほうが優れている)
著作物が改変されても残るように著作物全体に繰り返し付与することが望ましい。生成AIの特性を考えると、パターンはなるべく一定のほうがよいのではないかと思う。