法政大学出版局◉別館

1948年設立の学術出版社・法政大学出版局の離れにあるらしい、公式な〈別館〉です。新刊…

法政大学出版局◉別館

1948年設立の学術出版社・法政大学出版局の離れにあるらしい、公式な〈別館〉です。新刊や重版を中心に、本の情報があつまる場所にしていきます。本館のサイトは https://www.h-up.com/ です。えこぴょんも出版局の愛読者、かもしれません。

記事一覧

連載第3回 『ケアの贈与論』

あるヤングケアラー岩野卓司 ケアラー時代  1897年9月10日、フランス中部のピュイ゠ド゠ドーム県のビヨンという町にひとりの子どもが生まれた。  その子はジョルジュ…

李舜志著『ベルナール・スティグレールの哲学──人新世の技術論』の「はじめに」を公開します!

はじめに  本書は、フランスの哲学者ベルナール・スティグレール(Bernard Stiegler 1952〜2020)の哲学を取りあげる。スティグレールは現代においてもっとも重要な哲学者…

連載第2回 『ケアの贈与論』

イントロダクション(後篇) ケアにおける贈与と共同性岩野卓司  他者との非対称な関係、誰も取り残さないという理想と複数の性の声の解放、何も共有しない共同性。これ…

連載第1回 『ケアの贈与論』

イントロダクション(前篇) ケアと共同性岩野卓司  今の時代は不安に満ちている。  雇用の不安、老後の不安、先行きの不安。何となく生きづらい、安心できない社会で…

マーティン・ジェイ『うつむく眼』新装版の刊行にあたり「訳者あとがき」を公開!

訳者あとがき  本書は、Martin Jay, Downcast Eyes : The Denigration of Vision in Twentieth-Century French Thought, University of California Press, 1993の全訳で…

フィリップ・ブローム『縫い目のほつれた世界』より「プロローグ」を一部公開!

プロローグ──冬景色  いかにもうれしそうにみえる。氷上を勝手知ったるわが家よろしくと動いている。世界はぴかぴかに磨き上げられた舞踏場だといわんばかりに、スケー…

竹本研史著『サルトル 「特異的普遍」の哲学』、「序章」冒頭を公開します!

序 章1 問題設定  20世紀フランスの哲学者、作家であったジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre, 1905–1980)は単に、20世紀のほとんどを生きた作家、哲学者で…

古井義昭 『誘惑する他者──メルヴィル文学の倫理』 序章の一部を公開!

序 章  「書記バートルビー」(1853年)において、バートルビーという厄介な書記を雇うことになった語り手は、この謎の人物を知ろうとさまざまな形で接近を試みる。しか…

ファブリツィオ・デッラ・セータ 『19世紀イタリア・フランス音楽史』(園田みどり訳) 「日本語版への序」 公開!

日本語版への序  2019年秋に『一九世紀のイタリアとフランス』の日本語版を出したいとの提案を受けたとき、私はかなり驚いた。1993年の初版刊行以来、本書はイタリアで好…

権憲益・鄭炳浩『「劇場国家」北朝鮮──カリスマ権力はいかに世襲されたのか』訳者あとがき(趙慶喜)

訳者あとがき  本書は、Heonik Kwon and Byung-Ho Chung, North Korea: Beyond Charismatic Politics (Rowman & Littlefield Publishers, 2012)の全訳である。翻訳に際し…

汪牧耘『中国開発学序説──非欧米社会における学知の形成と展開』より「はじめに」

はじめに(汪牧耘)  21世紀に入って以来、中国は国内の急速な経済成長に伴い、国際開発にも力を入れている。2014年に中国から来日した筆者は、「南南協力」や「一帯一路…

川村湊 『架橋としての文学──日本・朝鮮文学の交叉路』 より、「序章 架橋としての文学」 全文掲載!

1 “他者”としての朝鮮  私がはじめて“他者の文学”に出会ったのは、釜山にある東亜大学校の図書館の片隅だった。妻と、幼な子二人の家族とともに、ほとんど着の身着…

テオドール・レッシング『ユダヤ人の自己憎悪』訳者あとがき(田島正行)

『ユダヤ人の自己憎悪』訳者あとがき 田島正行  本書は、Theodor Lessing: Der jüdische Selbsthaß, Jüdischer Verlag, Berlin 1930の全訳である。翻訳に当たっては…

『ハントケ・コレクション1』 訳者あとがき(服部裕)

『ハントケ・コレクション1』 訳者あとがき服部裕 ハントケの作品について  ペーター・ハントケはデビュー当時からきわめて評価の高い作家である一方で、さまざまな…

杉田俊介 『神と革命の文芸批評』 まえがき

  まえがき  ……思えば、大学生時代に柄谷行人の初期の文芸評論集『畏怖する人間』や『意味という病』、あるいは三浦雅士の批評集——『私という現象』や『メランコリ…

川口好美 第一批評集 『不幸と共存 魂的文芸批評』 後記

  後 記    江藤淳についてのノートを長い “あとがき” を記すような心づもりで書いたので、ここでは簡単な事実確認のみにとどめたい。  本書には、商業誌デビュ…

連載第3回 『ケアの贈与論』

連載第3回 『ケアの贈与論』

あるヤングケアラー岩野卓司

ケアラー時代

 1897年9月10日、フランス中部のピュイ゠ド゠ドーム県のビヨンという町にひとりの子どもが生まれた。

 その子はジョルジュと名づけられたが、その生誕は不幸の始まりをも予告していた。彼の父はすでに失明していたが、それは梅毒の進行によるものであったからである。

 ジョルジュが3歳のとき、病魔は進み、父は四肢の自由を失った。彼は母とともに父の介護をする

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李舜志著『ベルナール・スティグレールの哲学──人新世の技術論』の「はじめに」を公開します!

李舜志著『ベルナール・スティグレールの哲学──人新世の技術論』の「はじめに」を公開します!

はじめに
 本書は、フランスの哲学者ベルナール・スティグレール(Bernard Stiegler 1952〜2020)の哲学を取りあげる。スティグレールは現代においてもっとも重要な哲学者のひとりである。その哲学は、技術を哲学の対象のひとつとして見なすのではなく(つまり技術哲学を展開するのではなく)、まさに哲学の対象そのものと見なすところに特徴がある。スティグレールにとって技術とは、政治や経済、教育

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連載第2回 『ケアの贈与論』

連載第2回 『ケアの贈与論』

イントロダクション(後篇) ケアにおける贈与と共同性岩野卓司

 他者との非対称な関係、誰も取り残さないという理想と複数の性の声の解放、何も共有しない共同性。これらはケアにおける「根源的な共同性」の条件だ、というのが前回の結論だった。

 それでは、このケアにおける「根源的な共同性」と贈与はどう関係しているのだろうか。これを問うていくのが、この連載の主題である。今回のイントロダクションではその方向

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連載第1回 『ケアの贈与論』

連載第1回 『ケアの贈与論』

イントロダクション(前篇) ケアと共同性岩野卓司

 今の時代は不安に満ちている。

 雇用の不安、老後の不安、先行きの不安。何となく生きづらい、安心できない社会である。

 情報が足りないわけではない。メディアやネットには情報はありあまるほどある。たしかに情報は多いのだが、妙に実感に乏しい。正反対のことを言っているものもあれば、やれ陰謀論だ、やれフェイクだと言われているものすらある。何を信じてい

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マーティン・ジェイ『うつむく眼』新装版の刊行にあたり「訳者あとがき」を公開!

マーティン・ジェイ『うつむく眼』新装版の刊行にあたり「訳者あとがき」を公開!

訳者あとがき

 本書は、Martin Jay, Downcast Eyes : The Denigration of Vision in Twentieth-Century French Thought, University of California Press, 1993の全訳である。

 著者マーティン・ジェイは一九四四年五月四日アメリカ、ニューヨーク州生まれ。一九六五年に同州のユニオン

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フィリップ・ブローム『縫い目のほつれた世界』より「プロローグ」を一部公開!

フィリップ・ブローム『縫い目のほつれた世界』より「プロローグ」を一部公開!

プロローグ──冬景色

 いかにもうれしそうにみえる。氷上を勝手知ったるわが家よろしくと動いている。世界はぴかぴかに磨き上げられた舞踏場だといわんばかりに、スケートに興ずる者がいる、馬橇に乗る者もある。小人数で談笑する様子もみえる。裕福な殿方はマントを片方落とし〔訳注1〕、婦人方はレースの縁取りをした帽子や鬘を着けている。庶民は短い上着だ。冷えた手足を温める焚き火は見あたらない。凍えている様子もな

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竹本研史著『サルトル  「特異的普遍」の哲学』、「序章」冒頭を公開します!

竹本研史著『サルトル 「特異的普遍」の哲学』、「序章」冒頭を公開します!

序 章1 問題設定

 20世紀フランスの哲学者、作家であったジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre, 1905–1980)は単に、20世紀のほとんどを生きた作家、哲学者であったというだけではなく、知識人として戦後の世界に非常に大きな影響を与えたことで有名である。その証左として、しばしば引き合いに出されるのが、葬儀の際に5万人もの人びとが列をなしたという事実である(1)。

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古井義昭 『誘惑する他者──メルヴィル文学の倫理』  序章の一部を公開!

古井義昭 『誘惑する他者──メルヴィル文学の倫理』 序章の一部を公開!

序 章

 「書記バートルビー」(1853年)において、バートルビーという厄介な書記を雇うことになった語り手は、この謎の人物を知ろうとさまざまな形で接近を試みる。しかし、「しないほうがありがたいのですが(I would prefer not to)」という台詞をはじめとするバートルビーの奇怪な言動によってその試みはことごとく挫かれる。突然働くことをやめてしまい、生まれ素性も分からないバートルビーは

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ファブリツィオ・デッラ・セータ 『19世紀イタリア・フランス音楽史』(園田みどり訳) 「日本語版への序」 公開!

ファブリツィオ・デッラ・セータ 『19世紀イタリア・フランス音楽史』(園田みどり訳) 「日本語版への序」 公開!

日本語版への序

 2019年秋に『一九世紀のイタリアとフランス』の日本語版を出したいとの提案を受けたとき、私はかなり驚いた。1993年の初版刊行以来、本書はイタリアで好意的な書評に迎えられて十分な販売実績も上げてきた。シリーズ全体と同様に、大学と音楽院の音楽史の授業で用いられてきたし、今でも用いられている。だがシリーズの他の巻とは異なって、外国語に翻訳されたことはなかったので、国際的な音楽学研究

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権憲益・鄭炳浩『「劇場国家」北朝鮮──カリスマ権力はいかに世襲されたのか』訳者あとがき(趙慶喜)

権憲益・鄭炳浩『「劇場国家」北朝鮮──カリスマ権力はいかに世襲されたのか』訳者あとがき(趙慶喜)

訳者あとがき

 本書は、Heonik Kwon and Byung-Ho Chung, North Korea: Beyond Charismatic Politics (Rowman & Littlefield Publishers, 2012)の全訳である。翻訳に際しては、著者自身による本書の韓国語版、권헌익・정병호『극장국가 북한: 카리스마 권력은 어떻게 세습되는가』(창비, 2013

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汪牧耘『中国開発学序説──非欧米社会における学知の形成と展開』より「はじめに」

汪牧耘『中国開発学序説──非欧米社会における学知の形成と展開』より「はじめに」

はじめに(汪牧耘)

 21世紀に入って以来、中国は国内の急速な経済成長に伴い、国際開発にも力を入れている。2014年に中国から来日した筆者は、「南南協力」や「一帯一路」構想などといった中国の施策をめぐる議論が日本において熱を帯びてきたことを実感しながら、最初の数年間はそれを外野席から眺めていただけだった。世界に影響を与えている母国の国際開発とはいったい何なのか。その中身の本格的な探究に筆者を向か

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川村湊 『架橋としての文学──日本・朝鮮文学の交叉路』 より、「序章 架橋としての文学」 全文掲載!

川村湊 『架橋としての文学──日本・朝鮮文学の交叉路』 より、「序章 架橋としての文学」 全文掲載!


1 “他者”としての朝鮮

 私がはじめて“他者の文学”に出会ったのは、釜山にある東亜大学校の図書館の片隅だった。妻と、幼な子二人の家族とともに、ほとんど着の身着のまま、日本語講師として釜山に赴任した私は、日本語の活字に飢えていた(周りはハングルの森だった)。そのため図書館で「日帝時代(イルチェシデ)」(1910年から1945年の、日本が朝鮮を植民地支配していた時代。日本強占期ともいう)の古い日

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テオドール・レッシング『ユダヤ人の自己憎悪』訳者あとがき(田島正行)

テオドール・レッシング『ユダヤ人の自己憎悪』訳者あとがき(田島正行)


『ユダヤ人の自己憎悪』訳者あとがき

田島正行

 本書は、Theodor Lessing: Der jüdische Selbsthaß, Jüdischer Verlag, Berlin 1930の全訳である。翻訳に当たっては、戦後復刊されたDer jüdische Selbsthaß, Matthes & Seitz, Berlin 2004および英訳Jewish Self-Hate, T

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『ハントケ・コレクション1』 訳者あとがき(服部裕)

『ハントケ・コレクション1』 訳者あとがき(服部裕)


『ハントケ・コレクション1』 訳者あとがき服部裕

ハントケの作品について

 ペーター・ハントケはデビュー当時からきわめて評価の高い作家である一方で、さまざまな物議を醸してきた作家であるとも言える。それはきわめて斬新かつ挑発的な言語表現に始まり、1990年代以降のユーゴスラヴィア問題との関わりの中でピークに達した。その意味で、ハントケが2019年にノーベル文学賞を受賞したのは、訳者にとってはむ

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杉田俊介 『神と革命の文芸批評』 まえがき

杉田俊介 『神と革命の文芸批評』 まえがき

 

まえがき

 ……思えば、大学生時代に柄谷行人の初期の文芸評論集『畏怖する人間』や『意味という病』、あるいは三浦雅士の批評集——『私という現象』や『メランコリーの水脈』や『小説という植民地』などのいかにも「ポストモダン」な書名を目にしただけで時代的ノスタルジーに溺れかけてしまうのだが——などを愛読していた人間として、雑多な批評文やエッセイを寄せ集めた評論集varietybookを刊行するとい

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川口好美 第一批評集 『不幸と共存 魂的文芸批評』 後記

川口好美 第一批評集 『不幸と共存 魂的文芸批評』 後記

 

後 記

 
 江藤淳についてのノートを長い “あとがき” を記すような心づもりで書いたので、ここでは簡単な事実確認のみにとどめたい。

 本書には、商業誌デビューから現在までに書いた文章のほとんどが、おおよそ時系列で並べられている。一読してくれた方は〈こいつは7年という短くない期間、同じようなことばかり飽きもせず考えてきたのだな〉という感想をお持ちになるだろう。まったく同感で、自分自身呆れ

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