もう1つの故郷⑤

カリフォルニアのアパートに着くと僕は1番にご飯を炊いた。
真夜中だったので静かにみそ汁とおかかを作って、
帰宅の幸せを噛みしめた。
僕は目覚ましをかけて数時間の仮眠をとった。
翌日は、教授を1番に尋ねた。
教授は留守だった。僕はあと6単位とゼミの単位を取れば、
卒業だったので久々に授業に出た。
『ああ、今日は、ソラマは出席か。ギリギリだな。無断欠席の
ツケは厳しいぞ。』宇宙工学のマッド教授はそう言った。
授業終了時に、僕はマッド教授に尋ねた。
『マッド教授、欠席していて、すみません。
ボタニカル教授から話は行ってませんか?』
『いや、何も、聞いていないが・・・。』
当初、この事態は、ボタニカル教授の手抜きだと思っていたが、
マーズDのボブマネージャーの言葉を思い出して、
丁寧に行動することにした。
僕は例のレコーダーを持って、学生支援課を尋ねた。
留学生支援のベティさんに、応接室での相談をお願いした。
『今ね~、時間が無いのよ。夕方、また来てくれる?』
ベティさんは、にこやかに僕の真剣さを感じて
応接室を長時間とれそうな時間帯を選んで、予約を入れてくれた。
約束は午後4時だった。今が11時だからアパートに帰り、
洗濯をすることにした。
大学の門を出たところで、トムに会ったが、
何事も無かったように、無視された。
‘間違いない。マーズDで何か起きたんだ。
そして、査察が入り、ボタニカル教授は僕まで無かったようにする気だ。’
そんな仮定で行動しようと思った。
とりあえず、残りの5,000ドルを下ろしに銀行に行くと
口座はクローズになっていた。
財布を見たら、まだ、100ドルは残っていた。
‘この数日が勝負だな。’ 銀行のATMルームから出て、
僕は自身に言い聞かせた。
僕は、留学生支援のベティさんと話す前に
誰かに捕まるわけにもいかないので、
洗濯は2日分の衣類を洗濯機に放り込み、
大事なものをリュックからだし
机の隠し扉の中に片づけた。
USB×3本、航空チケットの半分、銀行のカードなどだ。
画用紙のメモは全て焼いて、トイレで流した。
クリスがくれたオニギリのプラスティック容器は、
念のため、容器の表面の指紋が消える様に
丁寧に洗剤で洗い、水に浸けたままシンクに残した。
リュックにデーターが無いパソコンを入れて、
4時ジャストに学生支援課を尋ねた。
ベティは僕を見つけると、すぐに応接室に入ってくれた。
『ベティさん、有難うございます。
どうも、大変な事に巻き込まれ始めてます。』
僕はソファーに座るなり話し始めた。
『大変な事に巻き込まれ始めてる?って、どういう事?』
ベティさんは、聞いてきた。
僕は時系列で話を進めた。
『4/28AM8:23にメールで、ボタニカル教授に課題のレポートを
提出します。
同日PM6:18にボタニカル教授から、僕のレポートを買いたいという
会社が現れた。レポートを提供してくれないか?という
電話連絡がありました。
4/29AM11:30、スペース&マーズ デベロッパーズ社の社員と
会いました。
4/29PM11:19、会社からの課題をメールし終えます。
4/30AM5:42、マーズ D社から来社要請がありました。
同10:00ボタニカル教授と友人に4か月ほど呼ばれてる旨の
報告とその間の授業のフォローを依頼し、快諾を受けます。
5/10だから一昨日にマーズDから、帰って良いと言われ、5/11深夜帰宅。
5/12(今朝)、マッド教授に『何も聞いていないぞ。』と言われ、
友人も僕を遠ざけている事を実感。
一体、今、何が起きているのですか?』
一気に、ここまで話した。
『じゃあ、ケンイチは、マーズDのニュースを全く見ていないのね。』
『マーズDのニュースって何ですか?』
僕は顔を引きつらせながら聞いた。
『そうそう、ニューヨークタイムズ紙があったわ。読んでみて。』
ベティさんが新聞をくれた。
なんて事だ!
マーズDの大株主に中国国営企業が並んでいて、アメリカ政府から、
軍事的危険企業指定と国外追放宣告指定を受けた事などが
記事に書かれていた。確かに、これはマズイ。
僕は斜め読みを終わらせ、ため息を一つ吐いてからベティに
ボタニカル教授の録音を聞かせた。
ベティはみるみる顔面蒼白になった。
『ベティさん、僕も無理して留学しています。退学になったり、
これから来るであろう政府系役人の取り調べで、
「勝手に当大学の生徒がマーズDに関与したのであって当大学は
全く関係ありません。」などというセリフと共に放置されたのでは
困ります。この録音を外部に出さない約束と大学を無事卒業させる
密約をまとめて戴けませんか?それが、今回の相談です。
交渉の条件かな?』そう、僕は付け加えた。
『これは、私だけで判断できません。
その録音を預からせてもらえない?』
ベティさんが言った。
『これは渡せません。命綱ですから。
ベティさんのスマホに録音してもらえますか?
それに、この録音機毎、ボタニカル教授が水に浸けたり、
壊したりした場合、ベティさんが窮地に追いやられますよ。
ここは渡してくれなかった!と伝える方が
ベティさんにとって良いのでは?』
悩んだ末、ベティさんも納得してくれた。
15分後、ベティさんとその上司、ボタニカル教授が応接室に来た。
『貴様、どういうつもりだ。』ボタニカル教授が叫んだ。
僕は黙っていた。
『君は、我々を脅すつもりか?』ベティさんの上司の学生支援課長も
大声を上げた。
‘間違いない。この人達は、僕だけに罪を被せるつもりだったんだ。
なんとも間が抜けてる。’そう思うと、僕は肩の力が抜けて
頭もスッキリして来た。
‘考えてみれば、彼らの数倍画期的な面々と時間を過ごしていたんだ。
僕は、この数週間で間違いなく成長してる。’
そんな事を考えてる間に、教授も学生支援課長も言いたいことを
言い終わったようだった。
『気が済んだら、座ってください。お答えします。
ベティさんの話を拒否されたようですから、
私の口から、また申し上げます。』
そう話してから条件を伝えた。

『私の条件は、この大学を卒業できることです。留年せずにです。
その条件さえ、守っていただければ、全て黙ります。
もし、違反があれば、ニューヨーク辺りで、このネタを売らせて戴きます。
もしくは、検察官と司法取引に使うかも知れません。』
それだけ言うと、僕は立ち上がり、英語でまくし立てる中を
静かに去って来た。
‘本当に、マーズDには残りたかったな!’
そう思いながらアパートに着いた。
僕は、インスタントコーヒーを1杯入れてから、
洗濯の続きを始めた。


それから、僕は何事も無かったように大学に通い、バイトをしていた。
通帳のクローズを銀行に解除要請しても、
『我々が対応できないケースです。』
としか返事がもらえず、海外の不便さを感じた。
仕方なく、もう1つ通帳を作り、奨学金とバイトの口座として
手続きをした。ギリギリ間に合った感じだった。もしかしたら、
奨学金の1か月分はクローズされたかもしれない。
クローズの通帳記入ができないので、今は解らない。


つづく  Byゴリ

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