もう1つの故郷 ⑨

ニューヨークシティの一角のホテルで、記者会見が行われる予定で
僕はそのホテルに1部屋、リザーブしていた。
そこの部屋には8時30分に入り、会見の準備をしていた。
ピンポーン。
‘誰だろう?’僕は、不審に思いスコープから外を覗いた。
ドアップの赤ちゃんがいた。
僕はすぐにドアを開けた。
勢いが良すぎて、おでこをこすった。
『あっつ~。』
『初めまして、ドジなお父さん。』クリスが赤ん坊を抱っこして
部屋へ入って来た。
『ジョンさんも入ってください。外にいると返って目立ちます。』
1度、扉を閉めたジョンは、手で催促した。
『ほら、お前らが、ここで楽しくしてる間に、
婚姻届けを出してきてやるからさ。』
『じゃあ、クリス、この書類にサインして。』
僕は背広の内ポケットから準備していた婚姻届けと息子の認知届を
テーブルに並べ、ペンを置いてから、
赤ちゃんを預かった。しばらく、キョトンとしていたけど、
笑い始めたことに驚いた。
『君、凄いな~、泣かれると思ったよ。初めまして、ベイビー。』
僕がそう言うと、クリスが威張って言った。
だって、お腹の中に、あなたとの思い出の画像を毎日聞かせてたもの。
『「クリス、会いたかったよ~。」が、この子の胎教だったのよ。』
『そうか、情けないお父さんで、すまない。だけど、でっかい成功を
引っ提げて君の前に戻ってくるよ。
まあ、また、泣いてるかもしれないけどな。』
ベイビーは、ボタボタ涙を落とす僕の頬をペタペタ叩きながら
笑ってくれた。
この光景に、ジョンが泣いてたのにはビックリした。
『気にするな、目からション便がこぼれただけの事さ。』
ジョンはそう笑顔で言った。
クリスが2つの書類にサインを終えると、
ジョンは、一通り届け出を読んでからジャケットの内ポケットに
4つ折りに畳んだ届け出を大事そうに入れると
無言で背を向け、手を軽く振ってドアから出て行った。
記者会見までそんなに時間はなかった。
だけど、クリスは悠然とベイビーにおっぱいを差し出し、
お乳を飲ませ始めた。そして、話し始めた。
『ケンイチ?この子は、べイビーではなくって、ケンよ!
そして、あなたと愛し合ったあの日、私は1つの任務を
命じられてたの。あなたの子種を奪う様に!
情報機関もあなたのアイデアには一目置くとこがあったようね。
でも、そんな疑いの目を全く持たずに、ケンイチは私を愛してくれた。
今まで、こんなに私は愛されたことが無かったわ。
だから、フェラーリで町中を暴走して見たり、
エレベーターを降りる時もキスを止めなかったり、
トドメは、私の生い立ちの話をしてみたの。
今までの男たちに、ここまで試すことが無かったわ。
その前に引いていくから。
でも、ケンイチは違ったわ。私を丸裸にして、
安らぎをくれたの。だから、2日目の夜、
心の底から安心して、あなたに抱かれたわ。
そして、組織から逃げる事を決めたの。
でも、見事に身籠ったのは、驚きよね。
準備はしてたけど、ピルを飲んでた身体にとっては
初回から身籠れるなんて、ちょっとした奇跡なの。
妊娠が解ってから、すぐにBB(BearBrother:熊兄)に連絡して頼んだわ。
そして、つわりが落ち着いてから、
BBにケンイチの事を話したの。
BBも腹をくくってくれたの。
だから、大事な旦那様、無理はしないでね。
あなたには、アメリカの希望もあるけど、
3人の命運もかかってるんだからね。』
クリスがここまで話すとケンはお腹いっぱいに
なって、眠そうだった。クリスはゲップを出させて
優しく微笑みながら、ケンにキスをした。

ドアをノックされた。
ドアスコープを覗くと、ジョンではなく部下のマイケルがいた。
僕も腹をくくって、扉を開け、ケンも含めた3人での会見に
することにした。会見会場の入り口でチェックを受けた。
『Mrソラマ、申し訳ありませんが、ここから1人でお願いします。』
そう、警備に言われた。
『事情が変わったんだ。家族で入室をしたい。
許可を取ってもらえないか?聞き入れられなければ、
私の会見も無しだ。』
『Mrソラマ、あなたの経歴に傷がつくかもしれませんよ?
大丈夫ですか?』
『理由は、私の家族の安全を会見と同時に、全アメリカ国民に
補償して欲しいと思ってます。今回の任務で無事生還できる可能性は
30%です。家族を思う行動です。協力をお願い致します。』
僕は引き返そうとするクリスの腰に手をまわして動けない状態にし、
セキュリティ担当者から目を離さなかった。
2分ほどのにらみ合いの末、セキュリティ担当者がスマホをかけ始めた。
上司に確認をとってくれたのである。
『すみません。Mrソラマからの伝言です。
家族で会見に臨まれるそうです。許可をお願い致します。
何かしらの事情があると言ってます。
はい。はい。それは解ってます。
だから、お願いの電話を掛けたんです。私からも、お願い致します。』
僕は、最後の言葉に感動した。
『有難うございます。感謝します。』セキュリティ担当者はそう言って
電話を切った。
『Mrソラマ、OKが出ました。コングラッチュレーション。』
僕は両手で握手をした。
会見場の僕の席にクリスとケンを座らせ、僕は盾になるようにクリスの背中に立った。
クリスは会場末席の男を見て、固まった。
それは、今回の最高責任者バミューダ指揮官だった。
‘そうか、彼がクリスの上司なのか!’
そんな事を考えていると、取材班の方々が騒ぎ始め出した。
『すみません、マイクを戴いても良いですか?
ありがとう。』
僕は司会者よりも先にマイクを握った。
『会見が始まる前に、皆様にお願いがあります。
私の前に居るのは、妻のクリスと息子のケンです。
国家プロジェクトの会見場所で、何をしてるのか?と
思われてる方に手短に説明します。
私の家族は、私のプロジェクト参加と同時に命を狙われています。
極秘にです。でも、私は子供を守れない。
父親として、これほど情けない事はない。
できるなら、国家プロジェクトを放棄したいとも
思っています。そこで、皆さんにお願いがあります。
全米の国民が証人になって、私の家族の安全を見守って欲しい。
私に安心な状況をプレゼントしてもらえませんか?
プロジェクトの成功率は70%ですが、私の帰還成功率は30%です。
そして、このプロジェクトの成功で合衆国が手にするノウハウは
莫大な資産になるはずです。
そこに命をかけるのですから、私の家族の安全を皆さんの手で
補償してもらえませんか?宜しくお願い致します。』
話し終えると会見場は静まり返った。
ケンのキャッキャと言う声だけが響いた。僕は司会者にマイクを返した。
会見は普通に進行した。最後の質問として
CNNのキャスターが私たちの前に立ち、
全TVのカメラに向けて報道を始めた。
誰も止めないし、どのTV局も静かに息をのんでいた。
『全米の皆さん、ここに我らの未来を託された若者がいます。
ただ、若者の家族、奥様とベイビーは命を狙われているそうです。
皆さん、我々と一緒に若者が戻ってくる4年後まで
温かく見守ってあげませんか?ご協力をお願い致します。
最後にバミューダ指揮官、コメントをお願い致します。』
これは、偶然だった。僕が最後に言うつもりのセリフだった。
『組織の大切な部下の家族だ。私の家族も同然だ。
私が責任を持って、対応しよう。君は頑張ってくれ。』
『指揮官、コメントを有難うございます。
私の家族は安全だという事ですね。』
『ああ、そうだ。じゃあ、これで会見を終わる。』
バミューダ指揮官は怒って会見場所を後にした。
僕は、周りの協力者たちに握手を求め、会見場所から見送って
最後の方で部屋に戻った。
部屋には、ジョンがいた。マイケルに留守番を頼んでいたのだ。
彼が戻ってきたら、部屋で待てるように。
マイケルが殺されない様に手紙を持たせて、
ドアの前に立つように言ってあるから
間違いは無かったようだ。

つづく Byゴリ


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