もう1つの故郷③

『ようこそ、ケンイチ。どうしたの、元気ないわね。
しっかり寝たんじゃないの?』
僕にクリスが話しかけた。
彼らの中に一緒に怒られるという感覚は無いらしい。
『いいえ、クリスさん。睡眠は十分です。
食事も助かりました。有難うございます。
今からの要求が怖いんですけど・・・。』
僕は恐る恐るクリスに話した。
『初回だからチーフも気を使ってくれるわ、多分。
まずは、36時間ぐらい、チーフが求める引力の計算を
端からこなす事かな?』
‘さすがは、チーフアシスタント。ジャブの威力が強力だ!’などと
思っていたが、クリスの顔は笑っていなかった。
本当に36時間以上、仕事をするらしい。
僕はこっそり覚悟した。
廊下をどのくらい歩いただろうか、
メインコンピューターっぽい機械音と
冷却装置の音が少し小さくなったと思ったら、
50名ほどが黙々とパソコンをいじってる1フロアーに出た。
その真ん中に僕は連れて行かれた。
ハンガーチーフは、タブレットを片手に渋い顔をしていた。
クリスが声をかける前に僕らに気がつき、
待ちかねていたという感じで笑顔をくれた。
『ケンイチ、早速で悪いが仕事だ。』
僕は、チーフに『ジャストモーメント、サー』とだけ言って、
ノートパソコンとUSBスティックを取り出し、
自分のパソコンを起動させた。
僕は、アダムから聞いた社内での話などから、
軌道の引力値リストが必要じゃないのか?と考え、
問題の4か月の大まかな引力値を表にしたものをチーフに見せた。
『ケンイチ、なぜ、これが解った。』
チーフは、僕の背中をバシバシ叩きながら言った。
ひ弱な僕は軽くせき込みながら
『アダムと話してから、足りなかったものに気づいたもので・・・。』
と返事をした。チーフはそれには答えず、
パソコンの画面を指しながら『ここの計算の式を教えてくれないか?』
と次の話に跳んだ。
僕は画用紙を1冊出して、細字マジックで式を書いた。
引力計算をしていたスタッフ6名があっという間に
僕らを囲んだ。『式が違うじゃないか?』
スタッフの1人が不満げに言った。
『その辺りもレポートに書いたのですが、
火星の軌道の1周を8シーズンに分けます。
1つの式よりも、その方が誤差が少ないんです。
ちょうど、チーフが指した月辺り
(時間列の月です、衛星ではありません。)から、
式の誤差が増えるんです。だから、この式でお願い致します。
ただ、これは一昨年までのデーターで計算してます。』
スタッフの1人が早速、最新の軌道に計算式を入力。
真正面の画面に火星と月の修正された軌道が映し出され、
引力値まで表示された。チーフが笑い出した。
『グレート!』
すると他の5人が一斉にパソコンに向かい、
Kプランとして僕の式を入力し、
画面のデーターが次々に修正され始めた。
この5人のマネージャーが
『チーフ、3度アプローチしましたが、99%正確なようです。
ケンイチに32シーズンぐらいに分割した式まで作ってもらいましょうか?』とチーフに言った。
『ノー、この計算は君らで続けてくれ。
ケンイチをこれから、Cセクションに連れて行って、
彼のアイデアを聞いてみたいと思ってる。
今の修正だけで、1か月は短縮できた。上出来だ。』
今、いたのがXセクションで、
マネージャーはスタッフを集めて指示を出していた。
僕がここに来てすでに2時間が経っていた。
話がデカすぎて、僕は少し気分が悪かった。酔った感じだ!
ハンガーチーフは、次々と新しい情報を僕に見せる。
‘もしかして、僕は最後に殺されるんじゃないのか?’
そう思えるぐらいトップシークレットなのが解る内容ばかりだった。
たまたま僕の計算がみんなのピースになかっただけだった。
必死な僕に、クリスがLLサイズのコーヒーを出してくれた。
ハンガーチーフは、クリスを見てニヤリとしながら、
僕にCセクションの説明をした。
『火星の大気圏外から火星に物資を運ぶセクションだ。
君ならどうする?』僕はコーヒーを一口飲んで
『思い付きですが』そう断ってから話し始めた。
『火星の表面が砂漠だと仮定して、
物資をカプセルに入れて落とす方法の採用だと、
落とし方を工夫しなければ勿体ない。
まず、月の表面を削ったものを火星に向けて撃つ。
まあ、隕石ですよね。一番簡単なのは、
火星の衛星ダイモスを火星にぶつける事ですが、
そんな事したら、国際問題ですよね。
だから、月のかけらを火星にぶつけます。
そして、火星の表面から何Km隕石が潜るかを計測。
そこから大気圏の落下速度、
隕石の表面最高温度を想像します。
上手くいけば、火星の砂漠の下に何があるか解ります。
そして、巻き上がった砂嵐がどのくらい続くかも見られます。
うっかり地表が出てくれば丸儲け。
砂漠だったら、カプセルの回収方法を再考する必要があります。
それだけでコストがバク下がりなはずです。』
そこまで言ってから、コーヒーをまた飲んだ。
Cセクションのマネージャーも何か閃いたのか?僕の話を聞きながら、
カタカタとプログラミングを始めていた。
『そうか、じゃあ、後はマネージャーに任せよう。
次はGセクションだ。』ハンガーチーフは、もう僕を褒めなかった。
だが、ますますニコニコしていた。
僕はもう少し今のテーマの続きを話したかったが、
チーフはすでにGセクションに向かっていた。
チーフは歩くのが早かった。
僕はノートパソコンをリュックに片づけながら、
手帳を取り出しアイデアのキーワードを走り書きした。
僕がメモを終わらないうちに、チーフはGセクションに着いて、
ちらっと僕を見た。そして、僕が近くに来たのを確認してから
話を始めた。
『ケンイチ、ここは地球から月に物資を運ぶ部門と
月の軌道のどの辺りから火星に物資を発射するか
の準備をするセクションだ。
Xセクションと重複する部分でもある。ボブ、来てくれ。』
チーフは、Gセクションのマネージャー:ボブを呼んだ。
ボブは、僕の存在に気づき、握手を求めながら声をかけてきた。
『ようこそ、マーズDへ。
さっき、Xセクションから新しい式と軌道の予測画像が送られてきたよ。
精度が格段に上がった。ケンイチ、ナイスだ。
そうそう、私は、ボブ・マッケンジーだが、ボブと呼んでくれ。』
僕も、握手に応じ。『ボブマネージャー、褒めて戴き、
有難うございます。ただ、あくまでも予想で、
誤差や他の引力の影響は計算に入っていないんです。
ソラマ・ケンイチです。宜しくお願い致します。』
ボブマネージャーは、僕の言葉を聞いてニッコリ笑って、
右手の親指だけを突き立てた拳をつきだし、goodと言った。
チーフは、ボブに何か質問はないか?と聞いた。
『チーフ、このセクションにも魔法が欲しいですよ。
月の裏側から、火星に瞬時に移動できる魔法がないか
聞きたいですな~。』ボブは笑いながら言ったが、
目は真剣だった。そして、このセクションの6人が
一斉に僕を見た。その中にアダムがいた。
このテーマは、ハンガーチーフと出会った時から、
ずっと考えていたものだった。
それは、ハンガーチーフも同じだと思った。
僕が沈黙していたので、
『ケンイチ、君に色々なテーマを与えたのも、
君の論文に飛びついたのも、ここが核なんだ。
多分、漠然とだが、何かイメージはあるんだろう?』
ハンガーチーフは、僕の発言を待つわけでなく、
敢えて言葉にして確認を試みた。
『確かに魔法ですよね。火星の引力を利用するとしても、
そんなに強力な訳じゃない。利用できるなら、とっくの昔に、
月は火星の衛星になってるだろうし!
すみません、これは未だ模索中です。』
僕は敢えて、答えなかった。
月の周りを回った遠心力で火星まで飛ぶ計算をしたが、
大船団を一気に火星に飛ばすのは無理があった。
あくまでPCの計算上の話だ。
『そうか、確かに難問だな。いや、有難う。
ここに来て、7時間か、お腹も減ったろう!休憩して来いよ。ケンイチ。』チーフは、そう言うとクリスを探したが、見つからなかった。
『チーフ、大丈夫です。さっき戴いたテーマで考えたい事が出来たんで、
僕に時間とデスクを貸して戴けませんか?コーヒがまだ残ってますから。』『そうか、じゃあ、ボブに面倒を見てもらうか!
ボブ、デスクを1つ用意してくれ。』
チーフは、そう言うと今までと反対方向へ走り出した。

つづく   Byゴリ

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