もう1つの故郷⑦

1週間後に卒業を控えた夕方、
どこからも就職の案内が来ないことにイラつきながら、
クリスがくれた1万ドルとバイトの金で
食いつないでいるが、3か月後にはお金も無くなる計算になった。
そんな状況だが、
ゆっくりした時間が流れている午後の事だった。
アパートの扉をノックする音がした。
‘トムもジェシーも、就職先から卒業式に参加するはずで
ここには居ないはずだし、誰だろう?’
そんな事を考えながらドアを開けると、クリスが居た。
僕は、幻を見てるんじゃないかと目をこすった。
『お久しぶりね、ケンイチ。』
クリスの声が聞こえて、やっと現実だと理解できた。
僕は泣きながらクリスを抱きしめた。
『良かった。クリス、無事だったんだね。本当に良かった。』
クリスは僕の背中をポンポンと叩きながら、
『ほらほら、抱き着き方が凄すぎると
彼女から怒られるわよ。』と言っていた。
5分ほど、この状態でいさせてもらって、
少し落ち着いた僕は、
『クリス、玄関でごめんね。まあ、上がって。』そう、クリスに言った。
クリスは物珍しそうに、僕の部屋を見て回り、
玄関わきの木刀を指さした。
『ケンイチ、すごかったわよね。
さすがに3人相手だと、助けに行かなきゃダメかな?って、
査察官に私の存在を気づかれる覚悟をしてたんだけど、
ケンイチったら、忍者の様に3人を簡単に倒すんだもの。
私、ハートがキュンとしちゃった。
あれ、カッコよかったな~!』
『えっ、見てたの?クリス。
ちょっと待って、アダムが査察官だったし、
クリスも僕の動向を見張ってる?じゃあ、クリスはCIAなの?』
『さすがは、ケンイチ。私はCIAではないけれど、
マーズDの査察をしてた人間の1人よ。
もう、あなたには、驚かされっぱなしだったもの。
アメリカ人でなく、日本の若者が奇想天外のプランを
次々に完成させる様は、感激以外の何ものでもなかったわ!
だから、NASAにスカウトしたのよ。
スティーブに先を越されるんじゃないかとヒヤヒヤものだったけど。』
クリスがマーズDの顛末の種明かしをしてくれた。
『クリス、僕は、もう君に恋しちゃってます。
君なしの人生は考えられない。
だから、「これで、さよなら」って言わないで欲しんだ。
指輪は無いけれど、僕をベターハーフにしてもらえないか?』
僕は懇願した。
『私、この仕事が好きなのよね~。
でも、ケンイチと結婚しちゃうと仕事を辞めなきゃならないのよ。
ケンイチも魅力的だけど、悩むな~。
どう?しばらく、ガールフレンドにしてくれない?
たまにデートして、お互いの成長を称え合うのって
良いと思わない?』
『そうだね。無職のまま、結婚を申し込む勇気は僕にもないから。
就職して、1~2年後に迎えに行っても良いかな?』
僕はクリスの言うとおりだと思った。
『今日は、あなたのスカウトに来たんだ。支度金だけど、
5万ドルあるの。これで、サンフランシスコの高級ホテルを
リザーブして、2人で泊まらない?
私を招待して欲しいな!』
???クリスからデートに誘われちゃった?
『はい、あなたのブラックカードよ。』そう言って、
クリスは僕にカードを渡した。
『クリスさん、あなたの時間を僕に下さい。』
僕は照れながら、クリスにお願いした。
クリスは、僕の頬にしっかりキスマークを付けてくれた。
僕は、すぐにパソコンでザ・リッツカールトンホテルの
クウィンズルームを予約した。
ブラックカードのナンバーを入力し、2泊3日で確保した。
それを見ていたクリスは、『さあ、行きましょうか!』
と言いながら立ち上がった。
アパートの前の敷地にフェラーリがあった。
クリスはフェラーリに乗り込むと僕がシートベルトをセットする前に
走り始めた。映画さながらの爆音とスピードで僕は酔いそうになった。
早くも結婚の覚悟が揺らぎ始めた。


ホテルの入り口にフェラーリを停めるとクリスはボーイに、
キーを投げ、投げキッスをしながらホテルの中に入って行った。
後に続くラフすぎる格好の僕をドアボーイが止めようと
立ちはだかる様に動き出した時、クリスはドアボーイを睨みつけた。
‘クリスって、かなり怖いかも。’
ドアボーイは後ずさりした。
受付も済まし、エレベーターホールに並び、
高級ホテルをリザーブしたことを少し後悔し始めた時だった。
僕の頭越しに、白人男性の客がクリスに向かって
『ヘイ、ビッチ』と言ってから、唾を吐きつけた。
唾は、僕が手で払いのけた。
僕は、その唾のついた右手で、左側に居た彼の肝臓に手刀を入れた。
『ジェントルマン、マナーが悪いよ。』
僕は一瞬で崩れ落ちた彼にそう言いながら、
ジャケットで右手の唾を拭き取った。
その男の奥さんは、何が起きたか解らず、
呻く旦那を見て立ち尽くしたままだった。
事態を悟ったボーイが駆け寄り始めた。
『ケンイチ、やっぱり、あなた、最高ね。クックックッ。』
そう言うとボーイに説明しようとしていた僕の腕を引っ張って
クリスはエレベーターのクローズボタンを押した。
エレベーターの扉がしっかりと閉まらない内に
クリスは僕の首に両腕を回し、ディープキスした。
羽交い絞めされた感じのまま、15階のボタンを慌てて押す僕は
エレベーターの防犯カメラにどんな顔で写ってたんだろうか?
僕も大好きなクリスとのキスを楽しみ始めた時に、チンという音がした。
エレベーター脇に控えていたクインズルーム担当のボーイが
咳払いしたことで、エレベーターの扉が全開な事に気付いた。
『すみませんが、エレベーターを降りられてください。』
そう言いながら、ボーイはエレベーターの扉を開いたままにしてくれた。
『サンキュー。』僕は伏し目がちに言った。
他に言葉がなかった。クリスはボーイなど気にせず、
キスを繰り返していた。
ここまでやってると恥ずかしさが薄れるのが怖い。
強引にクリスを抱え上げ、自室の15005まで連れていく事にした。
断っておくが、僕は非力だ。火事場のなんとかって奴だ。
ボーイは後ろをついて歩き、クリスは顔のあちこちにキスしていた。
ドアの前に着くと『カードを預かりましょう。』とボーイが進み出てきた。
僕はボーイにカードキーを渡した。
ボーイは開錠するとドアを全開にしてくれた。
僕らが中へ入るとカードキーをセットしてくれたので
照明がついた。ボーイは静かにカーテンのクローズボタンをONにして出て行ってくれた。
<残念ですが、R18にしたくないので
愛し合うシーンを割愛します。>


ベッドの上でクリスは、ミネラルウォーターを飲みながら
身の上話を始めた。
『ケンイチは、両親から大切に育てられてるわよね。
見てれば、解るんだけど。私は施設で育ったの。
両親も私が小さい頃に亡くなって、親族は誰も居ないのよ。
今の組織も、最後はその条件を見て採用したようだし。
結構、危ない橋も渡ってるのよね~、わたし。
ねえ、ケンイチ、もう1度聞くけど、
本当に、私の事、好き?』
クリスには、驚かされっぱなしだ。
『この数時間の間に、爆弾発言ばかりくらって、
もう何を聞いても驚かない自信がついちゃったよ!
ふ~。』僕は深呼吸した。そして、クリスの目を見て、
『クリス、あなたが好きです。2年後、結婚して下さい。』
クリスの目から大粒の涙がこぼれた。
そのまま、クリスに抱き着かれた。
僕はクリスが泣き終わるまで、その態勢のままハグし続けた。
クリスは何かの決断をしてたようだ。
恋愛に疎い僕は、1年後のクリスの話を聞くまで全く気付かなかった。

2日間はあっという間に過ぎた。
3日目の朝、クリスはさようならも言わずに
こっそりホテルを出て行っていた、フロントに手紙を預けて。
『Dear ケンイチ
ステキな時間をありがとう。
私、この仕事を辞めることにしたわ。
でも、最後の仕事をやってから辞めるから、
ちょうど2年ぐらい会えないかもね。
もし、本気で待っていてくれるなら、
このカードに給与を入れ続けてね。
仕事を辞めて、お金が無くなった時に、
私も下ろせるようにしてて欲しいな!
また、連絡します。クリス』
僕は、深~いため息をついて、
クリスが斡旋してくれた会社に連絡を入れた。
間違いなく、このカードに給料を入れ続ける為に。

新しい職場のボスは、あのボブマネージャーだった。
『ようこそ、ケンイチ。会いたかったよ。
また、一緒に仕事が出来て嬉しいよ。
さあ、お前の仕事は、この間の続きさ。
月のエレベーターは、誰もやりたがらないんだ。
頼むぞ、ケンイチ。』
僕の仕事は不思議だった。会社の敷地内に独身寮があって、
僕は助かったが、入社の条件の1つが3年間の独身寮生活だった。
僕は社の敷地内であれば、どこで仕事をしても良い事になっていた。
3日毎のレポートか、ボスへの連絡が義務付けられていた。
だから、職場に僕の席は無かった。フリーテーブルが僕の席だった。
とは言え、完全な監視下に置かれていたのは確かだ。
いざ仕事を始めると3日もボスと話をしないことは無かった。
USBスティック128MBを100本支給してもらっていた。
必要な論文を端からUSBにダウンロードしていたからだ。
3か月たった頃に、こんなレポートを出した。
月の人工衛星から接続式ワイヤ-をつなげ、3.3万Kmぐらいまで繋げたら
そのワイヤの先端に簡単なロケットをつなげ、月に打ち込む。
月面に刺さったら、人工衛星がワイヤーを巻き上げて弛みを無くす。
そこに、ワイヤを車輪で上り下りするリフトを設置し
月面に基地や倉庫の部品を供給する一時的な簡易エレベーターを提案した。

・ワイヤ-を何度か使用するために、
打ち込み用ロケットからの取り外しのシステム。
・ワイヤ-を月面から回収する方法は、ロケットタイプ杭から
取り外したワイヤ-を衛星を中心に反対側に引っ張るシステム。
・そのまま、また、衛星から月と離れる様に伸びたワイヤーの先に
ロケットタイプ杭を接続して、月面に打ち込むシステム

などをレポートにして、ボブマネージャーに報告した。
報告の場に、以下のレポートも添付した。
1.ワイヤーは、強度を維持するためにシームレスの鉄線を折り合わせるのが
良さそうだという日本の鉄鋼メーカーの意見を元に
500m毎のワイヤーと接続部分の強度を上げるための3段式の留め具の
採用を勧めるレポート。

2.このワイヤーを巻く軸を準備し10Km毎のロールにすること。
その数、3300個。

3.そのワイヤーの接続部分を気にせずに、上り下りできるリフトの製造も
日本のメーカーの製品のレポートだった。ワイヤーロープの螺旋を
利用したロール方法は画期的なアイデアと言わざる負えないだろう?
(こっそり作らせたのは僕だけどね。(笑))
そんなレポートを出した。
全体会議が急遽開かれ、許可が下りた。試す価値ありとの事だ。
『他のセクションのマネージャーもケンイチのアイデアに舌を巻いていた。
「そんなの無理に決まっているだろう!」と息巻いてた幹部もレポートの
説明が進むにつれて顔面蒼白になっていたさ。』
ボブマネージャーが、興奮気味に話してくれた。
『ケンイチ、お前のレポートは完璧だったよ。
後は、現場の頑張り次第だな。
ワイヤーの強度は、宇宙でつないでみない事には解らないもんな!
ただ、幹部が押してた企業がお前の所に来るかもしれないぞ!
このプランの利権はデカいからな。
つまづかないでくれよ、ケンイチ。』
最後のセリフが気になったが、
ボブマネージャーのご機嫌なことは
僕にとっても嬉しい事だ。

つづく Byゴリ

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