もう1つの故郷 ⑩

ジョンは僕を見るなり、殴った。
『バカにもほどがある。だが、大成功だ。
運は、お前に味方したようだ。』
お腹に激痛が走った。熊のパンチは破壊力がえぐかった。
屈みこむ僕を見て、ケンが笑う。
『キャッキャッ、ダ~。』
僕も生きてこの部屋に戻った実感がわいた。
『晴れて、お前さん達は家族になったぞ。
イエ~イ!ワハハハ。ケンイチ、お祝いだ、飲もうぜ。』
『待ってください、BB。アルコールは飲まないで。
BBには、元の隠れ家へクリスとケンを連れて戻って
貰わないと!町中には、必ず反対派が出来てくる。
それを待って、ボスが暗殺者を仕込まないという保証はない。
悪いけど、3年、我慢してくれ。
もし、僕が死んでも、莫大な補償金が君らに残るし
最悪、日本で暮らすという選択肢もある。
組織の他に、僕個人の死亡保険がある。特約で、バカ高かったが、
保険会社のCMに協力するオプションで、保険を受けてもらった。
受取人は、クリス、君だ。
ここまでの努力を無にしないで欲しい。』
『なんだか、辛気臭いな~。結婚式だぜ・・。』
BBは淋しそうに缶ビールをテーブルに置いた。
そして、夜中の3時に、BB、クリス、ケンはニューヨークを後にした。

そこから1か月はハードスケジュールだった。
ケン、クリス、僕の3人の映像を見れたのは、
最初の2日だけだった。

月の軌道に行くまでの確認と問題点の洗い出し。
月の軌道に乗ってからの物資の運搬方法の見直し。
月へのエレベーターの製作の段取り。
宇宙空間での労働基準の確認。
空気ボンベが不足しそうなので、そのタンクと取り扱いの訓練。
(この頃には、酸素ボンベではなく、二酸化炭素、窒素を限りなく
地球の空気の比率にした吸引ボンベと排気ボンベの循環にするのが
主流になっていた。ストレスの差が明確になったためだ。)
そんな作業に追われている間に、『明日』出発というところまで
迫って来てしまった。
『後は、宇宙通信で会議することにしよう!各自、睡眠をとってくれ。』
ボブチーフが言った。
みんなが去って、僕も会議室を去ろうという時、ボブチーフが言った。
『ケンイチ、向こうでは、実質、お前が責任者になる。
だが、無理はするな。宇宙の現場では遅れることは、当たり前だ。
途中で、お前が戦線離脱することは、この計画が失敗することを
意味している。どんなに焦っても、それを忘れるな。』
話しの奥に何かを感じたが、よく僕には解らなかった。
ただ、固い握手を交わして別れた。

あまり夜は眠れなかった。
深夜、パソコンが起動した。
『グッナイト、ケンイチ!もう寝ちゃった。』
クリスがチャットを勝手に開いてきた。
『へへ~、仲間のハッカーに頼んじゃった。最後にケンイチを見ておきたかったから。』
パソコンのカメラを覗く僕を見て、ホッとした顔をしたクリスが居た。
『もう、ヘロヘロで、宇宙船では爆睡してるんじゃないかと
思うぐらい疲れてるんだけど、興奮してて眠れなかったんだ。
クリスに会えてよかった。』
そう、答えると、クリスはボタボタと大粒の涙をこぼした。
『あん、ごめんね。ケンイチの顔見てたら、安心しちゃって!
泣くつもりは無かったんだけどね~。涙が止まんないよ。
うううう。・・・ごめんね、ケンイチ。』
『大丈夫だよ、クリス、愛してる。クリスの愛もちゃんと
届いてるよ。』
『ケンイチの意地悪。それ、私が言おうと思ってた言葉じゃん。』
ハッカーに頼んでいるとはいえ、長電話はリスクが高い。
15分ぐらいで、通信を切った。お互い、
あまり話も出来ないままだったが、
僕は少し安心した気分だった。
‘大丈夫、全て上手くいってる。’そんな思いが眠気を誘った。

明け方前に宇宙船は離陸した。
重量級ではあるが、飛行機の様に飛び立ち、
一気に大気圏を脱出した。脱出と同時に
燃料タンクを切り離し、タンクは大気圏に吸われるように
落下しオレンジ色に包まれていった。もともと省エネ用の小型タンクだから
海上に届く前に燃え尽きる計算だ。
さすがに、雲の上からの大気圏脱出のGは、凄まじかった。
10分ほどとは言え、胃が飛び出るかと思った。
Gの拷問から解き放たれると宇宙船内は省エネ灯の影響で暗い事もあるが、
月を追っかける我々が地球の影に入って行くので、
宇宙の闇を感じずにはいられなかった。
真っ暗で冷たい世界である。
どこまでも続く闇が広すぎて、僕は圧倒された。
本当に、人間が大それたことをして良いのかという
恐怖に似たプレッシャーに押しつぶされていた。
そんな事を味わっている間に、船内モニターに表示が出た。
「無事、地球外第3軌道に乗りました。シートベルトを外して結構です。
たまに、地球から引き寄せられた大きめの隕石を避ける為
大きく動くことがありますので、安全ベルトの着用をお願い致します。」
そう表示されていた。
『リーダー、初めてなのは解るが、時間が限られてる。ミーティングを
始めないか?』そう声をかけて来たのは、アンダーソン副リーダーだった。
『ああ、アンダーソンさん。ありがとうございます。
ミーティングを始めます。どの部屋を使えますか?』僕は聞いた。
『船長、ミーティングをしたいんだが、どこを使わせてもらえる?』
船内マイクをすでに付けていたアンダーソン中尉は、
船長と連絡を取ってくれた。
『やあ、アンダーソン。今日の運転はどうだった?
胃袋が飛び出たんじゃないのか?ハハッ。』
『ああ、いつも通り、酷い運転だったよ。で、ミーティングだが・・・』
『今回は、リーダーに船内放送を先にして欲しいんだ。運転室まで
連れて来てくれないか?』
『解ったよ。今、行く。』アンダーソンは船内マイクを切り、僕に
船内放送の依頼が出たことを伝えてきた。
僕は、アンダーソン中尉の後を追って、運転室に向かった。
ガチャ、ギギギ。‘フ~’
重厚な扉は手動になっている。しかも、外からしか開かないシステムだ。
運転席の分厚い窓でも、割れる可能性を考慮して、各部屋が分離した構造に
なっている。僕も3年、宇宙に滞在しなければならないが、
宇宙船やステーションを守ってる人達の命をかけた仕事の発展のお陰で
今回の僕らのプロジェクトが成立っていることを思わずには
いられなかった。
運転室に入り、出入り口の警備に扉を閉めてもらうと
ロビン船長とスチュワート副長に挨拶した。
『リーダー、記者会見、見ましたよ。メチャクチャだな~、あんた。
でも、家族を愛してる人間を俺は認めるよ。
どうしても、直で話がしたかったんだ。
わざわざ来てもらって、すまなかった。
そして、クリスは俺の元カノだ。だから、今回の運転は、俺が立候補した。
どうしても、あんたに成功して欲しかったからな!』
ロビン船長も、スチュワート副長も、アンダーソン中尉も
目が合うとウインクしていた。
‘もしかして、僕ら親戚も同様?’
僕の協力者と思うことにした。
広大な宇宙で生きて行くのに、協力者は必要だ。
『さあ、リーダー。モニターは映ってます。話してください。』
スチュワート副長が言った。
『リーダーのソラマです。まずは、大気圏外に着きました。
体調は大丈夫ですか?今日は、ミーティングのみを行います。
体調が優れない人は、今日の内に対応をお願い致します。
1つ1つ成功させて、プロジェクトの総合的な成功に導きましょう。
宜しくお願いします。プツン』
『リーダー、有難う。あんた、日本人にしておくには、勿体ないよ!
ワハハハ。』僕らは固い握手で別れた。ロビン船長との最後の記憶だった。

つづく Byゴリ


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