もう1つの故郷 ⑪

僕らは、ロビンソン船長のはからいで、
宇宙ステーションに荷物を運び出した後の
宇宙船の運搬スペースで、船外活動の訓練をすることが出来た。
宇宙船の腹部の扉を大きく開いた状態で宇宙空間の移動手順を体験できた。
慎重な行動が必要だが、宇宙船内という安心感が違う。
空気タンクと空気ボンベに余分はあまりなかったが、
いきなり宇宙空間に放り出されるストレスを
味合わなくて済むのは、有難かった。
僕が先頭を切って、宇宙空間での道具の管理・手順・作業を体験したが、
宇宙服を通しての視界の狭さ、グローブの感触、通常の聴覚・肌感覚を
遮断された不安感を持ちながらの作業はこんなに困難な事なのかと
思い知らされた。暗闇と氷の世界からの軽い歓迎は、
命を懸けた作業の第一歩だった。
僕は、宇宙船に戻るとロビン船長を探したが、会えなかった。
スチュワート副長に伝言を頼んで、僕はミーティングに入った。
この後に戻ったメンバーと意見を交わし、
大幅な作業手順の変更を話し合った。
宇宙ステーションの1/4の大きさの衛星カプセルに
最低限の荷物とメンバーの半分(6人)を乗せて、僕らは月を目指した。
動力はガス噴射のみ。使えるのは30分間が計5回。
だから、月への移動は、スイングバイをメインにした。
宇宙ステーションの接続が切り離されると、
衛星カプセルは徐々に遅れながら地球の軌道を回って行った。
2度目に月に近づき始めた時に、
1時間毎に5分のガス噴射で地球の軌道から
外れる様に出力を上げた。月の軌道に乗るためには、
地球をもう1周、回らなければならない。月も何もない空間に
大した推進機も無いのに飛び出すのは、自殺行為の様にも
感じた。だが、地上のスタッフの計算は正確だった。
誤差を訂正しながら、月の衛星軌道に乗れた。
ガス噴射は宇宙ステーションに戻るために出来るだけ
使いたくは無かった。
それが、計画より少ない量で済んだのは、メンバーにとって
明るい材料だった。‘現代の科学でさえ、こんなに不安なのに
アポロ計画のスタッフの心労は絶大なものだったろう!’
僕は、そう思わずにはいられなかった。
軌道にのったなら、月エレベーターの製作にかからねば!
空気ボンベに余分は無かった。
僕らは、作業員と補助員2人の3人グループを作業班とした。
月の衛生軌道に乗って、5日目。衛星カプセルに積んで来た材料は
組み立て終わったが、追加の材料が届かなかった。
狭いカプセルの中で、何もできないまま2日間が過ぎた。
月の影を周る様に軌道を計算しているから、僕らはずっと暗黒にいる。
これは気が滅入るが、太陽に当たってしまえば、
このカプセルの中で釜茹でになるのは、火を見るより明らかだった。
地球が太陽に照らされる姿を羨ましく見つめる時間だけが過ぎた。
それまでは気にも留めなかったが、月から見る地球が
あんなに遠い星に見えるとは想像もできなかった。
月の軌道から見る地球は、とても小さく見える。宇宙に浮く蒼のかけらだ。
そんな事を思いながらウトウトしていた時だった。
ドーン。
『なんだ、地震か?いや、ここは宇宙だ。』とっさに日本語を呟いていた。
スタッフも目が覚めたらしい。ガヤガヤしていると
当番のスタッフが月を指して、あれかもしれません。
月に大き目の隕石が落ちたらしい。
??隕石?積み荷用のカプセルじゃないのか?
急いで、宇宙ステーションに確認を取った。
『リーダー、すまない。リモートはかなり難しい。ガス噴射のガス切れで
カプセルが月に落ちてしまった。
そちらでリモートコントロールの誘導を頼めないか?』
宇宙ステーションで任務中のアンダーソン中尉が言い訳をした。
『解りました、アンダーソン中尉。1度、そちらに戻って、
必要な機材と空気ボンベの補給をしたい。
リスクは上がるが、これ以上の月上空の滞在は無理です。』
そう返事をして、月用の衛星と宇宙空間で組み立て終わっていたワイヤーを
接続して、僕らが乗っているカプセルから外した。
この努力が無駄になるのか?これからの計画の立て直しにかかっている。
僕らは、カプセルを月の衛生軌道を使ったスイングバイで
宇宙ステーションに戻るコースの設定を始めた。
幸運とは、このことだろう。
直ぐに、出発すれば、ちょうど、宇宙ステーションに出会う計算になった。
僕らは地球の衛星軌道に向けて、ガス噴射を始めた。
月に残した衛星が見る見る小さくなっていった。
30時間後、地球に近づき、宇宙ステーションの少し外側を周る軌道に
乗れたことを確認。
宇宙ステーションのスピードに徐々に合わせた。
後、5分ぐらいのガス噴射用のガスの量を残して
宇宙ステーションにたどり着いた。
宇宙ステーションと無事にドッキングすると、
カプセル内のメンバーの表情が和んだ。
もしかしたら、僕の表情が一番強張っていたのかもしれない。
スタッフ5人の交代メンバーを指名して、
各自休息をとる様に指示を出すと、
僕はすぐに、地球の司令塔との会議に向かった。
『リーダー、空間です。皆様、ありがとう。
今、月の衛生軌道から戻りました。
本来なら、これだけでも世界初を喜ぶところですが、
資材を1カプセル分、損失しました。すみません。
こちらに、資材を送る次の便の増量が必要かどうか、
これから2回目の月・衛星軌道に移りますので、
その任務完了まで待って下さい。
追加資材を載せるスペースが無ければ、計画通りでお願い致します。
次は、月の衛星軌道のカプセルからリモートコントロールで
資材カプセルを取り寄せる事にします。
ガス噴射用のガスの追加もお願い致します。
この技術は、凄いです。予想以上の能力です。
以上、現状報告が済みました。』
『了解です。引き続き、任務に当たってください。
資材、ガス噴射用ガスは後日、回答いたします。プチン』
『ケンイチ、すまない。』アンダーソン中尉は、そう一言だけ言った。
『アンダーソン中尉、あのまま、もう1週間、真っ暗闇の中は、
僕らも気持ちが持ちませんでした。空気ボンベも足りたか怪しいとこです。
僕らは、帰ってこないといけなかったんですよ。
そして、朗報もあります。
僕らは、月から戻って来れる!実証できましたから。』
僕は本音言った。アンダーソン中尉は、僕の背中を軽くたたきながら、
軽く頭を下げた。僕らは宇宙ステーションの食堂に入った。
ご飯と肉じゃがを貰った。
さっきまで一緒だったメンバーが
集まった来て、肉じゃがを味見していった。
『Oh~,Good.』
3人がそう言って食べて行ったので、無くなってしまった。
それでも、ご飯が食べられたことは、緊張の糸を解き解してくれた。
僕は、そのまま休暇を貰い、ゆっくりと眠った。クリスの夢を見た。
カリフォルニアの高級ホテルの最後の晩の
抱き合ったまま眠っていたシーンを夢で見た。
僕は泣きながら目を覚ました。
部屋中に水滴が浮かんでいた。雨の中にいる感じがした。
少し、笑えた僕がいた。

つづく Byゴリ



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