もう1つの故郷④


 ボブマネージャーと僕は、チーフの背中を見送ると
話の続きを始めた。
『ようこそ、ケンイチ。お前は、すごいよ!本当に。
待遇が悪くて済まないが、そこに見えている応接セットを
使ってもらえないか?
ここの連中は、自分の物を触られるのが嫌いなんだ。』
ボブはそう言いながら、5mほど先の応接セットを指さした。
僕は『イエッサー』とだけ言って、応接セットの椅子と
テーブルに急いだ。有難いことにコンセントもあった。
パソコンを充電しながら、画用紙にイメージを描き落とし始めた。
1時間もたっただろうか?ふっと気付くと応接セットを
取り囲むように4人が僕の後ろから、画用紙を覗いていた。
アダムと他のセクションの仲間のようだった。
僕が振り向くと、アダムが言った。
『悪いな~、のぞき見して。君が夢中だったから、
こっちに戻ってくるのを待ってたんだ。
だって、さっきから3回、呼んでるのに気付いてなかったろう?
ところで、今度は何を考えてるんだい?』
アダムは聞いてきた。
『火星や月にエレベータは作れないかな?と思って、
計算してたんだよ。』アダムは固まった。
『それで、計算上は、出来そうなのか?』
アダムの神妙な顔を見て吹き出しそうになったが、我慢した。
『いや、無理そうだ。まだ、閃きが足らないようだ。』
僕は、それだけ答えた。
『そうか、それは、残念だ。でも、形になったら話してくれ、
数字は俺らが何とかするからさ!
ところで、飯、食いに行かないか?ケンイチ。』
僕は立ち上がって、いつもの感覚のままパソコンも
荷物もそのままに移動しようとした。
だが、アダムが声をかけてくれた。
『ケンイチはお客様に違いないが、応接セットに
荷物を広げたままは良くない。
君のパソコンはここでは宝物に映っているから、
手放すと盗まれるかもしれないよ。』
とアドバイスをくれた。
確かに、頭の中がエレベーター案でいっぱいになってて、
まるで自分の部屋の様な気になっていた。
『アダム、ありがとう。言われた通りだ。』
僕は、リュックにパソコンを入れ、応接セットの周りを
片づけた。そして、リュックを肩に担いでからアダムの後に続いた。
スーツケースだけは、応接セットの脇に置かせてもらった。
そして、ボブマネージャーと目が合い、
『そうだ許可を貰わないと・・・』、やっと頭が現実に戻り始めた。
『アダム、ボブマネージャーに許可をもらってくるよ。』
アダムは、軽く右手を挙げて、OKの意思表示をくれた。
僕は走って、ボブマネージャーのもとに行き、
アダム達と食事に行っても構わないか聞いた。
ボブマネージャーは、『食事は大切だ。
ちゃんと野菜も食べてくれよ!』と許可をくれた。
今いる大部屋の右側はほとんど壁なのだが、
2か所だけ出入り口がある。
その1つから廊下に出て、僕らは社員食堂の様な場所に入った。
ボブマネージャーの言葉が気になって、
シチューのようなジャガイモとニンジンが入ったスープと
牛肉を少し頼んだ。
アパートでは、1日おきに炊飯して、ご飯を食べているのだが、
僕は浮かれていたのだろう。炊飯器とコメを持ってくること自体を
忘れてしまっていた。でも、この会社の社員は
世界各地から集められているようで、頼めば、
時間はかかるが準備してくれる事を知ったのは1週間も後の事だった。


食堂の帰り道、Xセクションの大画面の火星の軌道が見えた。
なぜか違和感を感じて、マッケンジーマネージャーに聞いてみた。
『ああ、確かに画像に出ているコースは数式のデーターではないな~。
でも、いきなり左右に星が動くことも無いから
楕円軌道の中に入れている。
何か、我々の気づかない力が働いているのかも知れない。』
そんな返事だった。
僕は他の引力が働いているのかもと思い、メモをした。
Gセクションに戻るとボブマネージャーから声がかかった。
『アダムから聞いたんだが、月と火星にエレベーターを作るんだって?
で、どんなものなんだ?』
僕はリュックから画用紙を取り出し、説明を始めた。
『エレベーターと呼べるかは解りませんが、
宇宙船からワイヤーロープを月に向かって打ちます。
このワイヤーを貨物カプセルが上り下りするイメージです。
月との連絡ワイヤーをつないだままだと物資を移動できないので、
ワイヤー用の月用衛星を作ります。
その月用衛星に物資カプセルをセット出来てから、
ワイヤーを月に打ち込む。そして、月に着いたら、ワイヤーを外して、
月と同じスピードで回っていた衛星はスピードを緩めて、
宇宙船団に戻るというイメージです。
あれ?あっ、すみません。
1つ思いついたことが出来たもので。』
僕はそれだけをマネージャーに話した。
いつの間にか、アダム達も話を聞いていた。
『もったいぶるなよ。ケンイチ、思い付きってなんだ?』
ボブマネージャーが聞いてきた。
僕は話したものか迷ったが、この程度の話、
以前に出てるかもしれないよな!とも考え話すことにした。
『マネージャー、笑わないでくださいね。』
そう前置きしてから話した。画用紙のラフ画を使いながら。
『今、話したエレベーターの様に月と同じ速度で回ると
かなりのスピードですよね。
これがワイヤー付となると加速度が上がるのかな?
と思ったんです。そして、計算通り貨物カプセルにつないだワイヤーを
いきなり外したら?』
後は、画用紙に等速直線運動を書き込んだ。
地球の重力がない計算式だが、
2か月ほどの期間に貨物カプセルの軌道を考えながら
火星に向かって貨物カプセルを放てば、
10カプセルぐらいは火星に飛ばせるのでは?
という思い付きです。』
僕は笑いの渦を待っていたが、10分ほどの沈黙の後、
ボブマネージャーは、Cセクションのマネージャーに連絡を始めた。
ボブマネージャーは、Cセクションのマネージャーが来ると
『やあ、ディック。テーマで忙しい時に悪いな!』
と声をかけながら、僕に言った。
『ケンイチ、さっきの話をもう1度してくれないか?』
なんだ?このなんの裏付けのない思い付きに
何かヒントでもあるのか?
そんな疑心暗鬼をもたげるような雰囲気の中、再度、説明をした。
『どう思うディック。裏付けを取ってみたいんだが、
それにはディックの協力が必要なんだ。どうだろう?』
ボブマネージャーは、ディックマネージャーにたずねた。
ディックマネージャーは、顎のあたりを2回なで、
右手をあげながら戻って行った。
‘う~ん、僕はディックさんに嫌われているんだろうか?’
そう思わずにはいられなかった。
だが、それを見送ったボブマネージャーは、スタッフを集めた。
『さあ、ディックが動くってことは、50%に可能性が上がったぞ。
追加で25%を我々で引き上げるぞ。』
‘えっ、今のがOKの合図なのか?僕には理解できないよ。’
僕はそんな思いで呆然としていた。
そんな僕を見て、ボブマネージャーは、
『ケンイチは、さっきのワイヤーを使ったエレベーターを
もっと計算してくれないか?』と指示をくれた。
そんな僕の思い付きを実現するプランを
進めてたGセクションとCセクションの面々が集まって
ハンガーチーフとクリスの前でデモ画像を流したのは
7日間ほどたった時だった。
‘なんてことだ、本当に実現させちゃったよ。
ここのメンバーは天才だ!’
離れた応接セットからチラチラ大画面を見ながら、
僕はワイヤーエレベーターの計算をしていた。
ワイヤーエレベーターは、意外と問題点が多い事に
計算をしながら気付かされていた。
こんなに手間取るとは思ってもいなかった。
問題点が浮かぶたびに画用紙にメモをすると、
その横に‘日本語でご飯が食べた~い!’などと書いていた。
画用紙が暗くなったので顔を上げると、そこにはクリスがいた。
クリスは飛びっきりの笑顔と
オニギリが入ったプラスチック容器を僕の前に出してくれていた。
『えっ、おにぎり!えっ、どうして解ったんですか?クリスさん。』
『だって、何、研究してるのかな?って覗いてみたら、
「ご飯、食べた~い!」とか書いてるんだもん。
笑うのを我慢するの大変だったんだから。』
『クリスさん、ありがとう。1つ、食べま~す。
うん、美味しい~。』僕はいつの間にか泣いていた。
人間、究極の環境で食べたいものが食べれる時って、
感極まるらしい。僕はボロボロ涙しながら、
オニギリを味わって食べていた。
クリスはどう対応して良いか困ったらしく。
『もう、オニギリぐらいで泣かないでよ!
私はあなたのアイデアに感動しっぱなしなんだから!』
クリスは僕からのもらい泣きを隠すように、
オニギリの容器を応接セットのテーブルに置くと、
去って行った。僕はオニギリを食べ終わると、ちょうど、
目覚ましの方法の1つとして顔を拭くためのオシボリを
リュックに入れておいたのを思い出し、手をキレイに拭いて、
ワイヤーエレベータ-に本気でとりかかった。
コツは、ワイヤの収納方法だと結論を出した。
抵抗を少なくしてワイヤーがスムーズに月まで到達する方法は?
しかもワイヤーは3.6万Km以上の長さが必要と出た。
火星なら更に長さが必要だからテストみたいなものか。
大方、出来上がったのでボブマネージャーに報告しようとすると、
ボブマネージャーは『ケンイチ、ちょうど良い所に来た。
ハンガーチーフからの指示だ。
今日中に、ケンイチはこの研究所を出て欲しいとの事だ。
そして、我々の事を調べに来る者がいるかもしれないが、
「何も知らない。」そう答えてくれ。
私は、もっとケンイチと仕事をしたかったんだが、
君の将来を潰すのは避けたいとのハンガーチーフの判断なんだ。
悪く思わないでくれ。
クリスは君との別れが辛いからって、
俺が君の退社処理を頼まれちゃったよ。
急な要請ばかりで、ケンイチには悪いことしたな~。』と話された。
僕は目が点になったが、ハンガーチーフの話を信じて、
すぐにカルフォルニアに戻ることにした。
クリスにお礼を言えなかったのが本当に残念だった。
こうして、僕の2週間の体験が終わった。
クリスがくれたオニギリの残りは、帰りの飛行機の中で
美味しく頂いた。

つづく Byゴリ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?