もう1つの故郷①

『え~、うっそ!僕って、天才かも。』
『また、自己満足の世界かい?』
トムが両手のひらを上に向けて押すように、おどけて見せた。
『まあ、見てみろよ。タン。』
僕は、月の公転軌道の画像をplayにし、enterを押した。
『ただの月の軌道じゃん。』トムがつまらなそうに呟く。
『覚えたかい?じゃあ、次は、これだ。タン。』
僕は、火星と地球が最短距離域にある時の
月の公転軌道の画像をplayにした。
『何も変わらないじゃないか?』トムは気付かなかった。
『フフッ!』僕が自己満足の世界に入りかけた時、
後ろからパソコン画面を覗いてたジェシーが声をあげた。
『なんてことなの?今まで気づかなかったわ!』
『あら、ジェシー、見てたの?』
僕は座っていた椅子を回転させて、ジェシーの方を向いた。
口元を軽く握った両手で隠すそぶりをしていたが、
目は画面から離れなかった。
ジェシーに先を越されたのでトムは、
更に2度replayした。
『解ったぞ。月に火星の引力が働いてる。
理屈では解ってはいたが、結構、引力が働いてるんだな。』
トムは理解できたことで、満足げに頷いた。
『僕は、これからレポートにするから、じゃあ。』
僕は、ご機嫌に大学の研究室のパソコンからUSBを抜いて家路についた。
完成させたレポートを教授にメールで送ったのは
それから36時間後のことだった。僕はすぐに睡魔に襲われた。
どのくらい眠っただろう?電話のベルで目が覚めた。
『ああ、ケンイチかね。レポートを見せてもらったよ。
それで相談なんだが・・・、
このレポートを譲って欲しいという会社が現れたんだ。
どうだろう、話しに乗ってもらえないか?
我が研究室に多額の寄付をしてくれるんだよ。
もちろん、君のレポートは提出済みで、
君にも慰労金が払われる。
悪い話ではないと思うんだがね。
ただ、資料全てとの交換が条件らしいのだが・・・、
この交渉、受けてくれんかね。』
僕は寝ぼけていた。
『教授、有難うございます。今、寝ぼけてて。
明日、お訪ねしても良いですか?』と
明日の再開の約束をした。
翌日、約束の時間に教授の部屋を訪ねるとそこには先客がいた。
『ああ、すみません。教授、来客中なんですね。』
ノックに答えた教授の声を聞いたつもりだったが
僕は慌てて退席しようとしていた。
『ああ、良いんだよ、ケンイチ。
こちらが電話で話した我が研究室に寄付を
申し出てくれてるスペース&マーズ開発の方々だ。』
先客は男性と女性が1人ずつ応接室のソファーに座っていたが
教授が話してる間に男性の先客はソファーから立ち上がり
教授室入り口で直立している僕に笑顔で話しながら
握手を求めてきた。
「やあ、ミスターケンイチ。素晴らしい論文だったよ。
もしかして、軌道の計算式なども持ってるのかい?」
「はい、ラフですが、引力の最大の時間は
はじき出せると思います。」
僕は先客のオーラに、飲み込まれそうだった。
‘どんな人たちなんだ?教授がちっぽけに見えてしまう。’
「教授、ミスターケンイチと少し話しても
良いですか?」
先客は僕の手を握ったまま、教授に許可を求めた。
「どうぞ、どうぞ!ケンイチも、こっちに座りなさい。」
僕は教授の横の席に座り、先客の話を聞いた。
「ミスターケンイチ、我々は、有人火星探査を
計画しているんだ。それには、まず、月の影で物資を
準備して、そこからの運搬の再始動がセオリーなんだ。
だが、ここの再始動がネックだった。
そこに、助言をお願いしていた教授から
君の論文の紹介を受けたんだ。
どうだろう、ミスターケンイチ!僕らと研究を
進めて貰えないかな?
君の柔軟な頭脳が僕らには必要なんだよ。」
先客はキラキラした目で熱く語った。
先客は有色人種だったが、とても魅力的な人物だった。
彼が、この研究のチーフであることは薄々感じられた。
押されっぱなしの僕を見ていた白人の女性が
‘頃合いかな?’という感じで、
「チーフ、自己紹介がまだですよ。
それに、彼は、まだイエスと言ってませんよ!」
冷静だが温かみのある話し方だった。
‘悪い人たちでは無いかな?’という印象だけはあった。
そして、僕の隣の教授の目が
お前、絶対に断るなよ!的な威圧を放っていた。
早い話、僕に決定権など無かったのだ。
そんな凄まじい空間で、1人だけ僕しか眼中にない
先客は自己紹介を始めた。
彼には、今、月面の影から火星を目指す宇宙船団と
僕しか見えてないらしい。
「ああ、申し訳ない。君があまりにも魅力的な
発言をくれたものだから、興奮してしまったよ。
初めまして、スペース&マーズ デベロッパーズの
開発部門チーフ ハンガー・ジョセフィードです。よろしく。」
間髪入れずに、
「私はチーフアシスタントのメーガン・クリスティーヌです。
クリスって呼んでね。うちの会社は、暴走する男ばかりなの。
大変よ~!」と先客のもう1人も自己紹介と
同時に名刺をくれた。
「有難うございます。空間健壱(そらま けんいち)です。
名刺とかないんですけど・・・。」
僕も名刺を受け取りながら、自己紹介をした。
「気にしなくていいぞ、ミスターケンイチ。
ところでだが・・・・。」
「チーフ、彼は、あなたの部下では無いのですよ。」
チーフの暴走をクリスが止めてくれた。
「だって、火星の引力が最大の時間が
我々のタイムリミットになるんだぞ、
そんなに冷静な君の方が変だよ。」
ハンガーチーフは、もう譲らなかった。
大した自信があった訳ではなかったが、
何かの約束をしないと僕は72時間でも
このソファーから解放される気がしなかった。
「ハンガーチーフ、ご評価を有難うございます。
火星の引力の計算を式も込々でメールでお返事をします。
だから、式の検証をお願いしますね。
話が大き過ぎて、計算ミスがあったら、
なんとお詫びして良いか・・・。だから、検証はお願いしますよ。
今から帰宅して、明朝までにはメールを送りますので、
それで勘弁して下さい。
その後で、必要な資料を請求して戴けませんか?
僕は1度に色々できるほど優秀じゃないもので、
期待に沿えなくて、すみません。」と僕は答えたんだ。
するとハンガーチーフは、クリスを見てから、大笑いして言った。
「君はなんて謙遜の塊みたいな奴なんだ。
私が直々にスカウトに来たのに優秀じゃないなんて・・。
そんな奴は初めて見たよ、なあ、クリス。」
「ええ、こんなスーパーシャイボーイは初めてです。」
クリスも笑っていた。
どうやら、メチャクチャ優秀な科学者の集まりから
僕は目を付けられたらしい。
僕は心の中で呟いた。
‘神様、3日前に言った天才かも!の言葉を取り消させて下さい。
大胆に呟いた僕が悪かったです。’
そんな逃げ出したい気持ちが100%の僕だったが、
奮起して返信メールを約束して、ハンガーチーフと握手をし、
教授室から見送った。
だって、教授が僕のポロシャツの裾を握っていたんだ。
‘お前に言っとかなきゃいけないことがある。
このまま返さんぞ。’的な圧力だった。

つづく。Byゴリ

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