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ドラマ『琅琊榜』で習いたかった中国語~第三十集①

サブタイトルは「切り札」。梅長蘇が言闕さまに会いに来た場面からである。ここからの言闕さまと梅長蘇のやり取りが最高。


今日无论先生来此谈论何种事情 你都可以听

言豫津は梅長蘇を父親の言闕さまのところへ案内後、退席しようとしたところ言闕さまに呼び止められて言われた。

今日无论先生来此谈论何种事情 你都可以听
ーどんな話であろうと聞いてよい

琅琊榜~麒麟の才子、風雲起こす~第30話
言闕

▼今日(jīnrì) かための言い方で「今日」

▼无论先生来此谈论何种事情
(wúlùn xiānsheng lái cǐ tánlùn hé zhǒng shìqíng)
「无论」は「~にかかわらず」「~を問わず」など、条件のいかんを問わず、結果や結論は同じということを示す。後ろに続く「都」と呼応する。

「先生」はそのまま「先生」で、高名な知識人に対する敬称である。江左盟の宗主である梅長蘇に対する言闕さまの敬語表現である。「来」は「来る」、「此」は改まった表現の「ここ」であり、通常は「这里」と表現される。

「谈论」は「議論する」、「何」は書き言葉で「どんな」「何」、「种」は量詞で「種類」を指す。「事情」は「事」「事柄」で、「何种事情」で「どんな類の事柄」となる。

この部分主語「先生」に「来此」と「谈论何种事情」2つの動詞フレーズがかかる連動文にもなっており、直訳調にすると「先生(梅長蘇)がここに来てどんな類の事を議論しようと」という意味になる。

▼你都可以听(nǐ dō kěyǐ tīng)
「你」が二人称でここでは言豫津のこと。「都」は前の「无论」と呼応しつつ「いずれも」「全部」という意味であり、「可以」は「~してもよい」という許可の意味の助動詞である。何をしていいかというと「听(聞く)」なので「おまえは全部聞いても良い」ということになる。

この言闕さまのセリフは全体で「今日先生(梅長蘇)がここに来てどんな類の事を議論しようとおまえは全部聞いても良い」という意味になり、字幕はシンプルで最低限の内容になっている。宰相を輩出する家柄の人らしい硬めの表現だ。そして「无论」~「都」の構文も連動文も中国語の授業でたくさんあったなあ。

第十三集で梅長蘇と話してからは、年末を一緒に過ごすなど息子との接し方がだいぶ変わってきた言闕さま。思いがけない父親の言葉に驚く言豫津だが、梅長蘇も当たり前にようにして、驚いている言豫津の方を見もしない。言豫津は父親のそばに行き、話に加わることになった。

侯爷可愿意

梅長蘇が誉王のために動いていると思い込んでいる言闕さまは、梅長蘇に対して皮肉を言いつつ、協力の依頼をされる前に「先生に救われた恩は忘れていないが」と前置きしつつ断る態勢でいた。

だが梅長蘇になぜ誉王のために来たと決めつけるのかと問われ、言親子は靖王のために梅長蘇が来訪したと悟る。そのタイミングで梅長蘇が切り出した。

侯爷可愿意
ーいかがです?

琅琊榜~麒麟の才子、風雲起こす~第30話
梅長蘇

▼侯爷可愿意(hóu yé kě yuànyì)
「侯爷」は爵位を持つ人への尊称。「可」は副詞で「~かどうか」という疑問を表す。「愿意」は「希望する」「願う」なので、靖王への協力を「希望してくれるかどうか」確認している。

問われた言闕さまはお茶を飲み、呼吸を整えるように軽く息を吐いた時にこのシーンで流れていた音楽が変わり、オープニング曲がドラマチックに流れだす!この状況で言闕さまが何と答えるかは次回に。

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